マヌケな珍客、賢しい主人(1)
緑の草地の先で、不自然にも美しい大地の切れ目。断崖が延々と続いている。
ゴールドスカイナーの大陸プレートは、正しく三角カットで切り離された四枚のピザであり、それらをつないでいるものが「渡り橋」である。
「ずいぶんと高いところにかかっている橋なのですね」
「あれ、ナビ高いのダメ?」
「ダメじゃないですが、痛い思いをしたもので」
サッドライク皇城の三階から飛び降りたときのトラウマだ。
「クックク、思い出すと笑えるな」
「むっ、元凶が笑わないでください。私に失礼です」
仲のイマイチさは変わらずだが、あのころと比べると二人の距離は縮まった。
足場も手すりもすべて水色に染まった渡り橋は、全長100メートルといったところ。見た目からして揺れることもなさそうな、三人どころか十人が横並びで歩いても平気そうな幅広な設計。ただし大陸プレート間には地面がないため、橋の直下にはパティール海よりも青ざめた海が広がっている。
いわば絶景の橋渡し。移住者にしてみれば良きスポットであったに違いない。
ナッツが元気よくナビの手を取り、渡り橋に踏み入れる。手と手の素肌が触れ合う、慣れない恥ずかしい感覚に「わっ、あわわっ」と顔を赤くするヘルプヤクの魔女だが、パーティ好きなピープル寄りの海ガールは気にしない。
ナッツもナッツで、初めてやってきた渡り橋にハシャいでいるのか、右に左にと幅広な大橋をジグザグ蛇行で走る。左手側には開けた海の水平線と、柔らかな夏雲が浮かぶ黄色の空。右手側には両大陸の崖にはさまれた渓谷の水路、さらに。
「あそこは……なんでしょうか。見たこともない大きな建物がいくつも」
「あー、あっちがシーズンズ・スクエアだよ。移住者の町だね~」
渓谷の先には、うっすらと細長い建物の姿。サマー・ネストの牧歌的な風景とは違う、彼女らの知らない近未来的な高層ビルが立ち並んでいる。
「むっ? ここから先で、橋の色が変わっていますよ」
「うん。渡り橋はね、各ネストの領域ごとに色が塗り分けられてるんだって~」
水色一色であった橋の中心から先が、明度を抑えた紅葉色に変色している。
ついでに橋中央がT字型になっており、右手側に五メートルほどの出っ張り。
「なら、こっから先がオータム・ネストってわけか」
「では右の道? はなんでしょう。なにか変な台座が置いてありますけど」
橋の足場、水色と紅葉色の境界線はサマー・ネストとオータム・ネストの区切りであるが、右手に伸びている足場は無機質なグレー色だった。
どこか洗練された、未知の技術を感じさせるカラーは、ここまでの橋の素材とは構造体からして違う、石と鉄とも分からない質感を持っている。
グレーの足場は五メートルほど続くと、手すりとともに行き止まりとなるが、その先端に謎の台。もし彼女たちが現実社会の情報にも通じていたのなら、その物体を「ATMのような自動支払機」とでも形容したことだろう。
「あれでシーズンズ・スクエアに行けるんだけど、移住者にしか使えないんだー」
「移住者しか?」
「うん。バルールカンとか、ネストの地主はときどき使ってたみたいだけど」
「なるほど。つまり、令嬢たちのグッディ・フルパレスのようなものですね」
サッドライク皇城の宮殿もまた、プレイヤー専用施設だった。
「れーじょー? レッドくんの言ってたサッドなんとかの人たちだ」
「ええ。この世で、いえここではありませんが、世界で最も尊く愛深き方々です」
「ざけんな。尊いヤツが、俺たちの服を剥いて指さして笑うかよ」
「でも、皆さまはよく『あー、土下座るザコ男てぇてー』って尊んでいましたよ」
「橋から落とすぞ蛮女がよォッ!」
二〇〇〇年代前半、思えば尊さの概念にも多様性の波が広がったものだ。
ナビは一応、シーズンズ・スクエア行きの道に折れ、謎の台座を調べた。
ATMじみた形のそれは、真四角の構造物が直立し、ナビの胸元あたりで手前側が低く、奥側が高く、一面ガラス張りのような平らな斜面を見せている。
彼女の知識では、書見台の形状に近しかった。
それは指紋認証風のデザインで移住者データを読み取り、シーズンズ・スクエアに送る転送装置だが、知識もなければ人ではないナビにはちんぷんかんぷん。
触れて、押して、顔を近づけて、のぞき込もうと試行錯誤するが。
シーズンズ・スクエアへの転送台はうんともすんとも言わない。
「むむむ、まるで反応しません」
「ナビぃ、もしかしてシーズンズ・スクエア行きたかったー?」
「いえ。ただ、シーズンズ・スクエアとやらはあの大陸中央にあるんですよね」
渓谷の先にうっすらと見える高層ビルを、浅緑色の目で示す。
「うん、そうそ。あれだよあれ」
「ですから、中央を渡れればスプリング・ネストに近道できるのではと」
「あーーー、そ~ゆ~」
目的の人物、春の地主「桜野サワカ」がいるというスプリング・ネストに行くには隣同士のサマー・ネストからが最適解であったが。ナッツいわく、逆側の渡り橋は深々海クラーケンなるアニマラーによって破壊されてしまっている。
よって、三人はこれからゴールドスカイナーを遠回りでグルッと一周し、夏から秋から冬を渡って、春の大陸プレートを目指さなければならない。
しかし大陸中央のシーズンズ・スクエアを経由できれば、この先の旅程が大幅にカットできる……と考えたがダメ。あそこはNPCはお呼びじゃない土地だ。
「むぅ、ダメですね。仕方ありません、ゆっくり行きましょう」
「あっ、ちなみに私ってば、サマー・ネストのこと以外あんまり知らないよ?」
「そうですか。それも仕方なし。ならここからは、私が教え導いて差し上げます」
「お~、頼もしいねえナビー」
知らなさはどっちもどっちどころか、イエマチ事情はナッツのほうが博識だが。
ナビは己のため、上から目線のマウンティングスタイルで矜持を回復する。
一歩後ろではレッドが「はー、コイツは」やれやれ顔を浮かべている。
シーズンズ・スクエアのことはいったん諦め、三人は生き生きとイキリはじめたナビを先頭にもとの進路に戻り、紅葉色の渡り橋へと踏み出した。
快活だが気配りもばっちりなナッツは、調子に乗るナビの気分を害さないよう、愛嬌のあるおだて声で、魔女のハイポニーテールの揺れ幅を大きくする。
十九歳のおねーさんは、十六歳のイイお姉さんを持ったものだ。
橋中央から50メートルほど、左右の景色はそれほど変わずだが。
眼前の風景は、サマー・ネストとはまるで違っていた。
真っ先に目に入るのは、立ち並んでいる色鮮やかな黄緑。独特な二色に染まったカエデの木々が、萌えはじめた黄と緑の秋の山々を想起させる。
さらに地上には白い絨毯。穂先が色をなくしたススキ野原が広がり、サマー・ネストの爽快さとはまた違う、落ち着いた光景を映し出している。
黄色の空もまた、オータム・ネストでは違った表情に見えてくる。
「なんと美しい。私の住んでいた憂森林ではあんな色、見たことありません」
命ゴイはファンタジー傾倒だが、イエマチはリアル寄り。
日本の四季らしさに求められるイメージが最大化されている。
二〇六〇年代では、現実で四季を感じづらくなったのも評価の一因だ。
なお「とんでけ、イエローマーチ ~春夏秋冬のんびりライフ~」は海外サービスも行っていたが、各地域にちなんだピンポイントなカルチャライズはあれど、全体的に日本を原形としていたため、海外ファンの支持は大きくはなかった。
けれど「Oh!! ジャパニーズスタイル!!」とニンジャ、ゲイシャ、フジヤマに恋する層にはわりと刺さった。グローバリゼーションが加速度的に進んだ時代とはいえ、在住地域外に想起することなど、どの国の人々もいまだにこうだ。
紅葉色の橋を渡りきると、黄色と緑色、枯れた茶色の落ち葉が混ざり合う平地にたどり着いた。正面には黄緑の木々がズラッと一面に立ち並ぶ林が広がっており、落ち葉が降り積もった道の左右を、ススキ野原が囲んでいる。
雰囲気的には、秋のハイキングのような光景と言える。
「とりあえず、道なりに進んでいきましょうか」
「そうしよそうしよ。まっ、悪いとこに続いてるってことはないよねー」
「能天気だな。最低限の用心はしろよ」
返事の温度は違えど、ナビは三人合意と見なし、落ち葉を踏みしめて林の入口に向かう。ときおり風に揺れるススキがほほを撫で、こそばゆい感覚を味わう。
彼女はそれだけで、この白々とした植物のことが好きになった。
林のなかは乱雑としておらず、整備されたハイキングルートのように、進路を示す並木道が形成されていた。桜並木ならぬ、緑黄並木。思わず鑑賞目的でゆっくりめに進んでいると、次第に、紅く色づいた葉が混ざりはじめる。
「なんと優雅な。木々の葉とは、こうも色づきを変えるものなのですね」
自然の景勝にうっとりする銀髪の黒魔女に対し。
「ん~、飽きてきた~」
秋にそぐわぬ、パーカー水着ビーサン姿の金髪ツインテガールはピンとこず。
「脇の藪から襲われたらどうにもならねえ。さっさと抜けるぞ」
秋の景色に和装が似合う赤髪の侍騎士は、用心用心。
三者三様、見知らぬ秋の概念を満喫しながら、道なりに進む。
そのうえで、三人とも同じ見解に至る。
「誰も、いませんね」
「うん……ね~」
「ここいらのヤツらも、あの化け物動物に食われたってのか」
人がいない。単に周辺がそういう場所である可能性もあるが、オータム・ネストの住人、ナッツのようなNPCの姿はどこにも見当たらない。
また人っけのなさはいいとしても、林に響く雑然とした環境音にはまれに、動物のような鳴き声が混じるようになってきた。それにより、オオカマキリやタイダイタルシャークのような、壊れたアニマラーへの警戒心が増幅される。
「なんだか、どんどん不気味になってきたような……」
「あ~っ、まずいっ! そろそろ日が落ちちゃうのかーーー!」
ほかのネストは、サマー・ネストほど昼夜表現が細やかではないが。
朝・昼・夜の三色はちゃんと移り変わる。
「夜になったら危険すぎるな。家でも小屋でもなんでもいい、どっか探すぞ」
就寝中に襲撃される苦しみを誰よりも知る男が、警戒を促す。
林の中腹であろう場所までくると、木々がキレイに取り払われている空き空間が目につくようになった。そこは本来、移住者たちの土地だった。
ハウジングの成果はキレイさっぱりと消去されたため、空白地になった形だ。
「最悪、木の上で野宿でもしなければでしょうか」
と、ナビが山ガールな覚悟を決めつつ。
「あれぇ? そーいえばレッド君、もしかして私のバッグ忘れてきた?」
「ぁん? ……あ、わりぃ。川でヤツと戦ってるときに落としたかもしんねぇ」
「な、なんですってー!?!? レ、レッド!! じゃあ私のご飯はっ!!!」
急な大声は、ヘルプヤクの魔女の食事への関心度を表している。
「しゃあねえだろ、あのサメ野郎が半端なかったんだからよ」
「でもでもっ!」
「つーか、テメェが川に流されたときだよ。俺が落としたのは」
そこまでは小脇に抱えていたと、彼には覚えがあった。
「あっ」
そして魔女は己の不利を悟り、急に無言になる。よくできた子なのだ。
パリパリッ。喧騒をまき散らしていた三人の周辺の近くで、落ち葉の割れる小さな音。そこにまぎれる足音。明らかに生物的な物音がした。それが急加速し、ナビのもとに迫った。彼女もハッとして背後を振り返ろうとした瞬間。
「――――動くな、キミたち」
脅されながらも図太いナビは動きを止めず、振り返ってしまう。
スッと首元に当てられたものは、硬質な剣。繊細な意匠。
美しき花々を切り裂いて散りばめたような、見たことのある造形。
ついでに、頭上には、ちょっと前に見たことのある顔。
「…………またキミか。生きていたとはな、ヘルプヤクの魔女」
「あなたこそ、外騎士二皇フィカ=フォン=アウトシュヴァリエ」
再会の喜びがかけらもないような顔は、命ゴイで二番人気の黒髪の白騎士。
花裂きの剣ティア・フロトゥピスを首筋に当てる、レッドのライバル。
外騎士二皇フィカは思わず、ため息を吐きながら、やれやれした。




