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サ終世界から逃げ魔女っ!  作者: 手遊花
■イエマチ編
50/81

とんでけ、イエマチ!(11)

「ぅっひゃあああぁぁぁああーーー!!!」


 三匹の赤雷蛇により、宙にぶん投げられたナビの小柄な体が、悲鳴をあげながら銀色の一本髪を舞わせてキレイな放物線を描いたところ。


「オーライオーラ~イ」パスッ。

「ふわっ!?」柔らかな着地。

「っとぉ、ナイスキャーーーッチ、私ぃ!」

 打球を観測するようにして対岸で張っていたナッツに、見事キャッチされる。


「あ、ありがとうございます、ナッツ……」

「いいっていいってこれくらーい」

 海ガールの両腕は、ナビよりは肉付きがいいものの細腕の部類。

 それでも軽々と魔女を抱えているナッツもまた、さすがゲームの住人だ。


 なにが起きたのやらと、状況は理解はできているが思考が追いついていないナビが、年下の金髪少女の腕からいそいそと下ろしてもらう。

 もし平時であれば、擬似的なお姫さま抱っこの羞恥に発狂していただろう。


「シャビャァ!」

 レッドの右肩、一番右側に位置する赤雷蛇が、ナビの安全を確認したかのように鳴いたのち、対面するタイダイタルシャークにおもてを向ける。


 レッドの目論見は狙いどおりだった。彼は体をアニマラーに向けたまま、背中に生える赤雷蛇たちにナビを投げ飛ばしてもらい、彼女の川渡りをいち早く終わらせる算段を立てた。予想外だったのはお荷物をキャッチしてみせたナッツの存在だ。彼女がいなければナビは無事に着地できず、体を打っていたことだろう。


「クックク、まあ、皇城の階段から飛び降りたくれぇだ。死にゃしねえだろ」

 非常時の緊急策とあって、少しばかりの乱暴さは織り込み済み。


 川の中央ではタイダイタルシャークが再度、ロケットじみた突撃でレッドにぶつかりにいく。だが、背後の憂いがなくなった皇騎士はそれをヒラリとかわし、すれ違いざまに「赤雷蛇ァッ!」「シャビャァ!」相手に噛みつき返す。


 リアルな鮫肌仕様であれば赤雷蛇の口も危なかったが、イエマチのプレイヤー層はそこまで求めず、むしろリアルすぎて気持ち悪いと訴えたことで、サマー・ネストの捕食者がアップデートでもち肌化されていたのが功を奏した。


「シュギャアアアァッー!」

「んだよ、まるで効いてねぇってそぶりじゃねえか、おい」

 とはいえ、タイダイタルシャークが痛がっているような様子はない。

 痛みに強いといった生態以前に、効いている様子すらもない。


 獲物からの反撃に気を悪くしたか、巨体サメは後ろから前から、さまざまな角度をつけて空中魚雷のようにして飛びかかった。

 それをレッドは、皇束解除・二式で強化された、命ゴイでは想定されていなかった素早さの向上を生かし、水中にいながらも機敏に動き回って回避する。


 さらにすれ違いざまやモリでの防御時に合わせて、三匹の赤雷蛇が反撃を加え続ける。それでも相手が手負いになるそぶりは一向に見られない。


 大ダコやクジラなどの観賞専用の大型生物を除けば、ここパティール海の王者はタイダイタルシャークだ。サマー・ネストでは、現実ではサメもおびえて逃げ出す大海の裏ギャング「シャチ」が、「シャッチー」というミニ系マスコット枠で活用されているため、この二本足の巨体サメがピラミッドの頂点にいる。


「シュギャアアアァッー!!!」

「レッドーっ! がんばりなさーいっ!」

「ほらほらほら危ないよレッドくーんっ!」

「うっせえぞ外野どもッ!」


 一転してにぎやかな雰囲気とは裏腹に、現状は死闘に近いが、レッドは腰まで水に浸かりながらも皇束解除・二式の恩恵でうまく立ち回れている。


 タイダイタルシャークの動きは苛烈だが、戦闘が考慮されていないデザインであることと、敵がより得意な水中戦ではなく、川底の浅さが露呈する空中戦を仕掛けてきていることが、ほぼイーブンな状況を生んでいる。

 しかし、HPの概念がレッドたちにしか存在しない世界。攻防が長引くにつれ、レッドの体力が乏しくなっていく反面、生命力に富んだタイダイタルシャークは手傷を負わないばかりか、逆に精悍さを増してきているようにも見える。


「クハァ……このままじゃ、らちがあかねえ。クソッタレ」

 先ほどかじられた左腕はぶら下げ、右腕だけでモリをギュッと握りしめる。

 見た目はペンギンのようなモチモチ鮫肌なのに、切っ先が刺さらない。

「シュギャアアアァ……」

 敵は、ピンクとパープルのまだら模様に発光する右目とは逆。

 小さな左目をギロリと動かして、皇騎士を見定める。

 そこに――石が。対岸から石が飛んできて。


「シュギュッ!?」狙いは左目外角。

「よっしゃーーーっ!」投手は海ガール。


 レッドがタイダイタルシャークと対峙するなか、声援を送っていたナビの横で、ナッツが川岸で適当に見繕った小石を何度か手元で浮かせて、狙いを定めて構え。第一球。投げました。小石は見事、サメの左目にストライク。


 サメは健常そうな左目に受けた攻撃をひどく嫌がり、イラ立つように尾びれを水面に叩きつける。ナッツからすれば、ちょっとした援護ができないかと、持ち前の身体能力を生かし、なかなかの速球ならぬ速石を投げてみただけだが。


「なんだ、やっぱ目は嫌がるってか……やるじゃねえか、痴女がよッ」

 そこに、皇騎士十三皇が活路を見いだす。


 このまま耐久戦を続けていれば、タイダイタルシャークに絶対に勝てないという手応えがすでにある。相手の生命力は膨大、というよりキズすらつけられていないのだ。戦況自体は悪くないが、よもやプリベリオンシュヴァリエのほうが柔らかかったと思えるほどに、不自然な自然の驚異に圧倒されている。


 けれどナッツのおかげで、逃げる時間くらいは稼げそうだと気付けた。


「オラァァアッッ!!」

 ここにきて初めて、レッドのほうから接敵する。


 その間、レッドに変わってナビからの応援対象となったナッツが「ナッツっ! もう一回っ! もう一回っ!」などと。若々しい大学生の飲み会で聞けそうなしょうもないコールのような声援を受けながら、何度も石を投げ続ける。


「シュギャアアアァッーーー!!!!」

 壊れたサメは周囲を認識しているのか、水上で巨体を振り回し、暴れる。

 それもあって、第一投以降はストライクを奪えていない。

「くたばれサメ野郎ッッ!」

 それでもレッドへの気がそれた。


 ほんの数十センチ、触れれば吹き飛ばされそうな巨体の大暴れに対して、彼はわずかな距離まで接近すると、右腕のモリを真っすぐに突き出して、タイダイタルシャークに残された健常な左目を狙う。

 だが「シュギュッ!」相手も的確によける。さらに尖った口先を大きく横に振るい、打撃のようにして皇騎士のモリを宙に払い飛ばした。


「シュギャアアアァッーー!!!」

 皇騎士の得物を跳ね飛ばした巨体サメには、好機。

 大口を開き、赤髪の侍騎士に噛みつこうとする。

「レッドっ! 逃げ――」

 ヘルプヤクの魔女が金切り声をあげるなか。


「今だやれッ! 赤雷蛇ァッ!!!」

「シャビャァァァァ!!!」

 彼の背中の一番右側に位置する赤ヘビが――パクッ。

 回転して落下してきたモリを器用にくわえて、喉でうなりつつ。

 サイドから、絶妙な角度で、モリでタイダイタルシャークの左目を穿った。


「シュギューーーッッ!?!?!?」

 壊れたアニマラーは残された左目をやられて、水面でのたうち回る。

 サメは匂いに敏感で、視力は人よりも悪いというのが自然界の通説だが。

 だから大丈夫と言えるのは、他者の痛みを想像できない者だけである。


 タイダイタルシャークの暴れ方が一層ひどくなり、前後左右、不規則に巨体を振り回しはじめる。巨体サメはこれで両目が潰れた形だ。穿たれた左目とは逆、桃紫色に発光している右目のほうに視力がなければの話ではあるが。

 それでもレッドはこの間に、急ぎナビとナッツがいる対岸への渡河を目指す。


 二人の女性の「早く早く早く!」という声かけにイラつきつつも、川の最深部を越えてからの水深はどんどん浅くなっていったため、すぐに岸に上がれた。

 が、その背後から、バシャバシャと獰猛ななにかが追いかけてくる。


「シュギャアアアァッーーーー!!!!!」

 もちろん、タイダイタルシャークだ。


「クソッ、ナビは……ああ面倒くせえ赤雷蛇ッ!」

「シャビャァ!」「シャビャァ!」「シャビャァ!」

「なっ、ちょっ、むきゃっ!」

 ナビの身体能力を知るレッドが、彼女を赤雷蛇にくわえさせ、担がせた。

「やばいやばいやばい走れ走れ走れーーーっ!!!」

 一方、ナッツの走力はけっこうなもので、安心して放置する。


「シュギャアアアァッーーーー!!!!!」

 タイダイタルシャークがついに川岸へと上陸する。

 普通のサメなら、陸上でびったんびったんと跳ねて動けないところだろうが。

「おいおいおい、おい! めっちゃ速えじゃねえかッ!!」

 ドシドシドシ! 腹の下で、不格好な二本足を意外と器用に動かして。

 ドシドシドシ! 大口を開き、三日月のようにそり立ちながら走る。

 その姿はまさに、パシフィック・ワールドといったスリリングさ。


「わっ、うわわっ、うわっ! ちょ、ちょっと早いですレッドっ!」

 赤雷蛇にくわえられ、空中でぶら下がってるナビが悲鳴をあげる。

「黙ってろッ! 食われてぇのかドンクサがッ!」

 けれど、サメが走って迫ってくる恐怖が半端ではないため、足を緩められない。

「シュギャアアアァッーーーー!!!!!」


 先ほど、赤雷蛇が空中キャッチしたモリでグサッと突いたはずの健常な左目は、眼球という繊細な器官ながら、ものすごい強靱性や柔軟性で受け止めていたのか、よく見ても傷すらついておらず普通にぱちくり開いている。

 そうして目で獲物を捉え、白浜を走る巨体サメ。

 まるで「痛かったぞ人間どもーーー!!!」と追ってきているかのよう。


 ただ、さすがのタイダイタルシャークも地上は得意とまではいかない。

 ドシドシドシと迫力のある追跡を仕掛けてくるが、次第に全速力のレッドとナッツ、赤雷蛇に体を優しく三点ホールドで噛まれて担がれているナビとの距離が開きはじめ、やがて「シュギャアアアァッーーーー!!!!」怒りのサメ声も遠くなっていき、いつしかサマー・ネストの頂点捕食者をまくことに成功した。


「ハァ、クハァ、どうにか、まけたかッ……」

「やっばやっばやっばぁ! めっっっっっちゃ怖かったよーーー!!!」

 疲れつつも、無事逃げられたことを爽やかに笑う二人に対し。

「……ちょっとレッド、そろそろこれ、降ろしてください」

「ぁん? ああ、離してやれ赤雷蛇」


 三匹の赤雷蛇に安定した力強さでくわえられ、ヒラヒラと空中に浮かされていた洗濯物のようだったナビが、努めて優しく地面に降ろされる。


「シャビャァ」

 一番右の赤ヘビが、安否を確認するように鳴く。

「……どうも」

 いかにも不服という顔つきながら、ナビがお礼をした直後。

 レッドの背中にいた赤雷蛇が、非戦闘状態となってかき消えた。


 先ほどの川からかなり離れたところまで、長距離の鬼ごっこを繰り広げたおかげで周囲のロケーションは様変わりしていた。

 足元の白浜は草地に変わっていて、パティール海やカナールなどの水源もない。遠くには、目玉のような真っ黄色の一輪花がブワッと咲いている花畑があり、初夏を思わせるが、隣り合わせの秋の大地を踏まえると晩夏が正しいか。


 そして視線の先には、地面の途切れた断崖にかかる大橋。

 初めての冒険の最初の目的地、追放廃路の門壁に似た光景が横たわっている。


 とはいえ、見た目の爽やかさは大違い。あの赤錆びた門壁と比べるべくもない、キレイな色合いで塗られたウォーターブルーカラーの橋がかかっていた。


「ナッツ、ここがもしや」

「ふぃぃぃー、そうそ、ここがオータム・ネストに行くための渡り橋」

 似た色合いの水色パーカーからうーんと両腕を伸ばし、背筋を伸ばす。


 三人は闇雲に逃げていたように見えて、ときどきナッツが「あっちかも!」「こっちかも!」と進路を指示しながら砂浜を駆けていた。

 それにより、オータム・ネストへの渡り橋の位置がドンピシャだったのだ。


「おい、ナッツ」レッドがぶっきらぼうに呼ぶ。

「んぅ、なになになにー」

「なかなかやるじゃねえか。さっきのサメ野郎の左目、助かったぜ」

「あー、いいっていいってお互いさまー。私ビーチボールも得意だしぃ」


 皇騎士は海ガールを認めたのか、先ほどのサポートを褒めたたえる。レッドにしては珍しく素直な一面だが、戦う者としてなにか親近感を覚えたのだろう。

 そんな健康的な二人をよそに、ジトーっと、プクーっと、膨れる魔女。


「……ふんっ。私だって、べつに、やろうと思えば? できる子? ですし?」


 タイダイタルシャーク戦では徹頭徹尾、完全無欠のパーフェクトな足手まといだった自身を棚に上げ、陶磁器のようにきめ細かな頬をプクーっと膨らます。

 これぞまぎれもなく、ヘルプヤクの魔女の嫉妬だ。


 イキって川で溺れ、万命令も効かず、水に流されてレッドの邪魔をし、お荷物のように投げられ、あげくの果てに洗濯物のように担がれ、いいところなし。


 反対に、レッドの戦闘能力は言わずもがなだが、年下の元気少女も勝手知ったる土地を的確に案内し、窮地を救う一投で仲間をサポート。ミーハーに騒ぎ立てるが身体能力がわりと高く、お荷物どころかナビの担ぎ手になれそうなほど。


「むむむ…………ふんっ! 私だって! これから本気出しますしーっ!」

 影でグチグチと憤る。

「んぅ? なーに一人でぶつくさ言ってるのナビぃ、キモいよぉ」

「おい、女ども。ゴチャゴチャ言ってねえでサッサと行くぞ」

「くっ……むーーーっ!」

「ん、んだよ、テメェ」


 イエマチにおいて、ナビは無力で、無力感を味わうのは仕方のないことだ。

 ただ、無力な自分に打ちひしがれることなく、妬んで怒って奮起しようとする。

 それが彼女の人格でもあるが、学習指導型AIも案外イイ成長をする。


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