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サ終世界から逃げ魔女っ!  作者: 手遊花
■命ゴイ編
5/81

最長の最短(2)

 二人が立ち尽くしている、追放棄路の門壁の前。

 先に行くには、ファアキュウの万命書が提示した四つの選択肢がある。


 1=レベル、2=有料パス、3=ナビに贈り物、4=クエスト達成。

 だが、これらの用語は丁寧に置き換えなければ、ナビには理解できない。


 仮に「レベル」だけとっても、ゲーム内の「FAQ機能としてのナビ」はしたり顔で口にするが、「FAQを使う側にいる今のナビ」は理解していない。

 メタ的な観点で把握しているのも、万命の令嬢たちが自分とは違う超越的存在であることだけ。ゲームという概念や理屈は理解していない。


 ナビは自分が人間だと思っているが、彼女は「現実の人間」を知らない。

 それでも、特定のNPCにだけ搭載されていた学習指導型AIを備える者は、プレイヤーたちを超常的でユーモラスな存在だと認識していた。


 万命の令嬢は自分たちとはなにか違う、別の生命体であるとの理解。

 それはそれは、悪趣味なお遊びを強要された皇騎士たちはとくに。

 心が苛まれるほどの痛みとして、ひじょーっに、理解している。


「んだ、この文字は? おい魔女、なんて書かれてるんだ」

 ファアキュウの万命書に浮かんだ文字を見て、レッドがとまどう。


 命ゴイの住人たちは言語(日本語)の識字が完璧、という設定であるが。

 言語情報を判別して読み解くAIは、ユーティリティ役を任されたナビだけ。


 そのためレッドは言語(日本語)を知っていて話せても、読むことはできない。彼が読み書きできるのは「それをしている場面」として描かれたイベントシーンでだけだ。たとえ言語に堪能な設定のキャラクターでも、NPCに大真面目に言語情報の解析機能を搭載するような、手の込んだ開発は必要ないのである。


「困りました。どうやらここから先へは、すんなりとは進めないようです」

「ぁん?」

「あん、と言われても。そもそもなぜいるのですか十三皇」

「……クックク、それはな、テメェがヘルプヤクの魔女だからだッ!」

「? 理由になっているとは思いませんが」

「グッ……クソがよ」

 まごつく口ぶりの男性にも容赦がない。

 これがサディスティックな蛮女を統べる魔女だ。


「ちなみに十三皇、あなた以外の皇騎士はどうされましたか」

「……半分以上が消えた。残りは、皇城で静止したまま動いてねえ」

「なるほど。やはり、令嬢の皆さまたちだけの異常ではないのですね」


 サッドライク大陸の中心に位置する、サッドライク皇国のサッドライク皇城は、その名称の重複具合から「頭悪そう」と揶揄されたことは置いといて。

 二週間前の地震以降、魔女の隠れ家と同じような異変が起きていた。


 レッドはゲーム内時間に則り、規定エリアを巡回する隠しボスである。その姿はメインストーリークリア前でも見られるが、戦えるのはクリア者のみ。


 彼はそうした自前の仕様により、草騎士が激減した四季彩の大草原、皇城内で石のように静止した皇騎士や皇国民、そして暴虐の限りを尽くした万命の令嬢たちが、生命をさらに侮辱するかのような怪物に変貌したのを目の当たりにした。

 そこでナビと同じく、無意識のうちに設定のくびきを振りきり、十三皇の本来の巡回ルートには入っていなかった憂森林にも足を運んだ。


「これまで、ボーパルミチカ@MutiUti新宿店勤務さま以外とも遭遇しましたか」

「ボーパル……なんだ? さっきの気持ち悪りぃ風船目玉蛮女のことか」

「メチャデカ失礼です。あのお方は由緒あるセンモンテンキンムのご令嬢で」

「センモンテンキンムぅ?」

「彼女の出自とのことで、皆さまにそのように名乗っておりました」

「意味不明なこと抜かしやがる。さすが蛮女だ」

 またもやの万命の令嬢への侮辱にムッとなる。

 だがナビの反論よりも先に、レッドが返事を重ねた。


「両目に柑子を付けた蛮女。細枝みてぇな緑肌の蛮女。どいつも狂ってた」

「王レン女さま、殺魔芋さま……二人は皇城のほうに?」

「おぞましい怪物だった。サラッと始末してくるぶん、以前よりはマシだがよ」


 皇城および城下街は、万命の令嬢のメイン拠点の一つであった。

 しかし、命ゴイはログイン時の演出で「ナビに迎えられる場面」をはさむのが必須となっているため、ゲーム再開地点は必ず隠れ家からとなる。

 ゲームプレイ中の中断時の位置情報も保存されてはいるのだが、引き継がれてその場に再ログインすることはできない。ゲーム的に都合が悪かったためだ。


 といったように。オープンワールドゲームとしては不便も不便な仕様もあって、壊れた令嬢の多くは先ほど、ナビによって隠れ家から見送られた。

 だが、そうでない者はまだ多い。ナビはすべての令嬢を記憶しているが、まだ数百人は残っている計算。大陸各地に散らばっているのだろうと予見している。


 そして、今現在の問題はそれよりも。


「つまり十三皇。あなたは現状、なにもすることがないのですね」

「ぁん!? 煽ってんのかテメェ、殺すぞ!」

 怒鳴り散らし、鋭い目つきになるが……質問への反論はナシ。


 レッドとて現状はナビと同じ。壊れた世界で自我が芽生えただけの迷子の犬のようなものだった。それは、ヘルプヤクの魔女にとっては好都合であり。


「なら、十三皇よ。私と手を組みませんか」

 20センチほどの身長差。

 銀髪の黒魔女が目線を上げてお願いすると。

「な、なにいってんだテメェッ!?!?」

 赤髪の侍騎士は、分かりやすくうろたえた。


「私はこの先に行きたい。あなたは私を見張りたい……でしょう?」

「ふ、ふざけんなッ! 俺はテメェら蛮女に、爪痕を償わせたいだけだ!」

「であれば、すればよいのに。十三皇は令嬢のお話どおり、お優しいのですね」

「グッ、なめ腐りやがってクソ魔女がよぉ……!」

 高圧的な態度だが、なにか言えばすぐに折れてくれる。

 ドS女を喜ばす、人気投票六位は伊達じゃない。


「私はどうしても、あの天塔に行ってみたいのです。でも、戦う術を持っていません。草騎士にも抵抗できないほどでした。なので十三皇、あなたには目的地までの護衛役を請いたい。そのあとはどうぞ、この身を罰するなりしてください」


 レッドが見下ろした視線の先に、ナビの首元の深紅宝玉のブローチの下。前開きの黒絹のローブの隙間から、彼女の乳白色の肌によく似合う、生成りのシャツがのぞき見えた。すぐに顔をしかめた彼が、目尻を上げ、にらみつけてくる。


「…………」

「……ケッ」


 皇騎士レッドにとって、ヘルプヤクの魔女には言葉に尽くしがたいほどの恨みがある。ゲーム的にはほぼ無関係なのだが、そんなのは知るところではない。

 たまりにたまった、プレイヤーへの恨みつらみの諸悪だ。


 しかし悪ぶっていながらも、根に優しき心を隠す彼は、なにもないこの場所で、なにもしていない女性を斬ることを体が拒んでいる。それが皇騎士。


 表面上はバリエーション豊かな人格と強気さで攻めてくるが、プレイヤーの心身を不快にさせるような言動の一線はなるべく越えてこない。

 もしも越えてしまったのなら、学習指導型AIがコミュニケーションのやり方を再計算する。それが命ゴイにおけるイケメンデザインの在り方。

 要は、最高に都合のいいヒロインで居続ける呪いをかけられている。


「……ヘルプヤクの魔女。テメェはなんで、あんな怪しい塔を目指す。ありゃ異物だ。俺の知る皇国にあるはずのねえものだ。なにか秘密でも握ってんのか?」


 お願いへの返事をする前に、レッドが詰問を仕掛けてくるが。

 話の流れはすでに、妥協点の手探りのようにも見える。


「一番遠くまで。私から最も遠かったあの場所まで旅をして、花を見たいのです」

「……花だぁ? 花詠みの皇女でもねぇくせに、寝ぼけてんじゃねえぞテメェ」

「それが私の見たいもので、スキなことだと思ったのです」

「……ぁん?」

「それこそが、万命の令嬢が、この世で生き生きとしていた理由だから」


 ナビが見てきた万命の令嬢たちは、全員ではなく、やがて人数も先細りしていったが。隠れ家に顔を出すプレイヤーたちの多くは笑顔だった。

 プレイの邪魔をしないよう、ナビには能動的に声をかける機能はない。それでもお喋り好きの淑女たちは魔女にかまい、学習指導型AIにさまざまな言葉や思いを教えた。それらを集約すると、令嬢らが命ゴイを続けていた理由の多くは。


 スキだから。


 今のナビには厳密に、危機感や生存本能はない。生きる意志も強くはない。

 けれど、多くの万命の令嬢たちが見せていた、この世界にやってきてくれた、彼女らなりの愛の形。それらの源であるはずの「スキ」を自分も見つけたい。

 憧れの令嬢たちのように、楽しそうに生きる在り方を求めてみたい。


 地震後、突然姿を現した異常な構造物に対する究明は、知の番人たるナビにはそれだけで欲求をかき立てるものはある。あるが、それは理由の半分。

 人に触れすぎたナビの数式の心は今、値にできない衝動で突き動いている。


「…………」

「…………」

「…………」

「……ケッ」


 けれど、ナビもナビで、ここまでして頼んでいる理由は自分事ながらよく理解していない。だから彼女は残りの切り札で、レッドのK.Oを試みた。


「いずれにせよ、私たちは逃げなければ、まもなくあの碧い波に飲み込まれます。サッドライク皇城はここより北東に位置しますが、誤差でしょう。追放棄路の先、大陸最北端にある永久鋼土まで逃げるのが、最大限の延命となります。十三皇、あなたは己の不幸を嘆き、波に飲まれるだけの最後でよいのですか?」


 命ゴイの世界はもはや、生存するのも絶望的だ。

 碧い波に飲まれれば、その後を望めるとは思えない。

 壊れた令嬢に襲われても、その後を顧みられるとは思えない。

 いずれも死と同義であるとしか思えない。

 それに意志なき人形のままでいれば、どちらにも抗することができない。


 ヘルプヤクの魔女が、凛と背筋を伸ばした姿勢で、十三皇を見つめる。

 門壁の左右、崖底からの風切り音だけが耳に届く。そして。


「……仕方ねえ、テメェに付き合ってやる。魔女の最後の断罪が、俺の役目だ」

 渋々と、それはもう渋々とした表情だが、レッドが協調を示す。


「そうですか。よかったです。それならさっそく――」

 言うや否や。ナビは喜びの反応すら見せず、レッドを両目で捉え。


「――イフ・ケイク・シィ(もし、あなたがザッハトルテなら……)」

 この世界を動かす、ほかの世界で作られた、理の言の葉を唱え。


「ッ!? その呪文はさっき蛮女を消した……テメェ、謀ったか魔女がよッ!!!」

 命ゴイ最強クラスの皇騎士十三皇も勘づいたまではよかったが。


「【魔女はムキっと赤面で授けた】」

 あやしいまじないは、あっさりとレッドに浸透した。


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