とんでけ、イエマチ!(8)
イエマチのALR体験において、プレイヤー側には実は、気温を体感させる体温の変化機能は存在しない。だが過去のVR体験と同様、人間というものは「それが仮想空間だろうと、寒そうな場所にいれば寒い、暑そうな場所にいれば暑い」と感じる、なんともエンタメ向きな生体機能を有している。
それは味覚や臭覚への訴えよりも明確に機能する再現性であるため、移住者はサマー・ネストにいると誰しも「暑くないけど、あっついね」な肌感になった。
そしてイエマチはゲームであり、ファンタジーやSFチックなフレーバー衣装も少なくはないが、基本は"リアル寄りに遊ぶ雰囲気"が強かった。
日本サービスでは全体的に右にならえの傾向で、春なら春っぽい服、秋なら秋っぽい服と、基本は風景や気温に即したファッションが主流。いかにもゲームゲームした衣装も一部プレイヤーやイベント時期を除き、あまり好かれなかった。
これらが導くところ、暑い夏を感じさせるサマー・ネストでの正装とは。
ナッツのように健康的なものから、キワどく攻めてスリム化したものまで。
水着。ほかのネストではまず見ない「水着姿」がスタンダードとなった。
結果、開放的で蠱惑的なロケーションで、ALR特有の"盛った美男美女"たちは、絶妙なさじ加減で盛りに盛った豊満ボディをさらけ出した。
これにより、サービス開始当初は男女問わずでナンパ行為が大発生した。
ゲーム好きなゲーマーより、当初はカジュアル層が食いついたタイトルだったのと、最初からゲームとは別の目的でパティール海に挑戦的な姿でやってくるのがそういう人たちだったのとで、サービス初期のサマー・ネストはウソを体に塗りたくり合った者たち同士による、生々しい出会い場の最前線と化した。
なお、現代のALRゲームにおける使用アバターは原則、ALR機器でスキャン登録したプレイヤーのリアルの身長がそのまま反映される仕組みだ。これは個々人の全身没入体験の再現性の確保と、リアル時の事故防止のためである。
過去、ALRがまだ発達途上にあったころ、身長約190センチの者が、身長約140センチのアバターを体感してからALRを終了した直後、現実の人体が身長差の錯覚を起こし、うまく立ち上がれず、転倒して大けがを負うという事故が発生した。
それ以降、ALR体験での身長操作は禁止の流れとなった。
しかし、縦方向以外なら体型はいくらでも弄っていい。
性別はもとより、細身のモデル体型も、ぽっちゃり体系の疑似体験もOK。
声は地声でもいいし、声優ボイスなどの有料チェンジャーもデフォルト搭載。
プレイヤー傾向とパティール海での狩りを踏まえてか、イエマチを性別逆転で遊ぶ例はそう多くはなかったため、そういう事故は控えめだったが。
キレイな白浜での海水浴に、誰でも気軽に参加オーケーなバーベキュー大会。ビーチバレーやジェットスキーといったアクティビティなどなど。
それらを楽しんでいるのは、引き締まったシックスパックの爽やか美男と、体からドンッとアピール要素が飛び出ている美女。移住者であれば、ゲームの雰囲気に乗じて誰でもそれらに参加してもヨシだし、目の保養でもヨシだしと。
正直、サマー・ネストはイヤラシい場所として見られていた。
ちなみに女性向けで恋愛……と言っていいかはいまだ議論の余地があるが、限りなく愛をテーマにした命ゴイは"男だろうが強制的に女性アバターで万命の令嬢"というストロングな仕様であったため、男性プレイヤーも等しく令嬢だった。
とはいえ、蛮女たちの女性率を運営が図ったところ、ALRスキャンという精神的な性差以外の嘘偽りを許さない審査をもっても、女性がほぼ99%だった。
いわゆるネカマもいたし、心は女性な元あるいは現男性もいた。いるにはいたのだが、あの空間における生存の要はそういった性差の問題ではない。
嗜好を磨いた生粋のサディスト。闇に生きる現代女性というゾーンで自然と生きられる者でないと「あ、無理」「コイツら無理」「吐く」といったなじめなさを感じるため、蛮女は性別ではなく、魂で仕分けされた者たちと言える。
あれら陰気で陰湿なエロティシズムを秘めた蛮族たちと比較すると、サマー・ネストに寄ってきたのは陽気で直球、すがすがしいスケベ男女だ。
だが、見るだけならまだしも、相手に触れるのも自由なゴールドスカイナーでは「いいじゃんいいじゃんゲームだし」のマジックワードを武器に、ALRとはいえどもな擬似的な痴漢行為が横行しはじめ、真っ当な人は即座に引退。
運営にはお土産のように、罵声と罵倒と訴訟チラつかせがお届けされた。
これに困ったイヴゲームスは「通報時のペナルティ強化」で対処する。
以降、通報された移住者は即刻ワープさせられ、シーズンズ・スクエアの一角に閉じ込められ、「ハウジング用の汎用素材を一定量クラフトしなければプレイを再開できない」という刑を執行。軽いものなら十二時間、重いものならアカウントBANをはじめ、四十八時間にも達する無味無臭な時間拘束を課せられた。
人権問題になりかねないため、当然だがログアウトは自由である。
ただ再ログインしても、場所は強制的にシーズンズ・スクエアの無色な倉庫。
キチンと刑務を終えるまで、色鮮やかな四季の世界に戻ることはできない。
こういった即時引退すらも余裕で視野に入るほどの楽しくないゲームプレイを強制的に課したことで、問題人物は徐々に自然淘汰されていった。
さらに、受刑者が作ったクラフト素材はシステム側で格安で販売されたため、ゴールドスカイナーにおける「おつとめ商品」となって人気を博した。
運営的には、パラメータをちょちょっと弄れば済むオブジェクト生成であるが、彼らを奉仕活動に見立て、イエマチの経済システムに取り込んだのだ。
この仕組みは、イヴゲームスなりに他罰的に見えるよう、違反行為であるとしつつも、更生の余地があることも知らしめる施策であった。
スタンスとしても、ゲーム内環境を守るためになら重大な違反者へのアカウントBANの手は緩めなかったため、姿勢としては強気である。
アカウントを取り上げるより過酷そうに映り、なおかつ話題になりそうな本システムを起案したのは、当時の新人女性プランナーで、彼女が大学時代からルームシェアしている後輩に言われてきた数々の暴言がアイデアの元とされる。
けれども、通報ペナルティがゲーム的な恩恵に直結したことと、嫌いな人を一発引退に追い込めるかもしれない手段として、悪用されはじめた。
誰しも楽しく遊びたいゲームで「二十時間、ひたすら単純作業で木材作ってろ」と強制されたら、それをこなすよりも辞めることを検討する。
当然、イヴゲームスも通報内容は精査していたが、サマー・ネストでの違反行為は「痴漢か、えん罪かを聞き取る警察官」のごとき手腕が求められた。
そして民事訴訟に明るいわけでもない運営チームは、規約で違反としている相手プレイヤーへのリアリティのある性的被害に対し「疑わしきは罰しろ」をモットーに、被告から次々とクラフト奴隷を生み出し、原告らを大いに笑わせた。
そうしてこの時期のゴールドスカイナーは、中世ヨーロッパ時代を思わせる魔女弾劾の処刑場と化し、大昔に使われたというソーシャルディスタンスなるいにしえの距離感をも生み出すなどし、ほんのりと暗雲が立ちこめた――。
が、意外となんとかなった。
サマー・ネストでは相変わらず、攻めたボディと水着の美男美女が群れていた。そのうえで、他人同士で一線を越えるような者はほぼいなくなった。
イエマチのプレイヤー層は真っすぐな性根の一般人が多い傾向にあったため、全体的に「悪いことは悪い」と好感的に受け止めたのだ。通報の罰にせよ、いきすぎた仕様は後々になって修正・緩和されたものの、アカウントを取り上げるだけじゃなく、ゲームとしてエンタメ的なネタに昇華したことを褒めた。
もし、これが万命の令嬢たちであれば、とんでもない汚言でなんらかのイチャモンをつけ、人権侵害がなんだのと面白がっての訴訟もありえただろう。
「むむ? あそこになにか落ちてませんか」
ナビが目を細める。視力は設定されていないが、それなりにいい。
「ありゃあ……水着か?」
進行方向の先にある、白い海辺のホテルのような建物の近辺。
夏の地主バルールカンの家の前、白い砂浜のうえにポツン、ポツンと。
水着。男性用の海水パンツや、女性用のビキニが散乱していた。
洗い物を乾かしている……というには不自然な光景だが。
「……あれ、さ。食べ残しなの」
理由を知る者がいる。
「……え?」
「あれ、みんながアニマラーに食べられちゃったあとなの」
美しい海岸に残された、水着たちだけの楽しげな日なたぼっこ。
それは、それを着ていた者たちの墓標でもある。




