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サ終世界から逃げ魔女っ!  作者: 手遊花
■イエマチ編
46/81

とんでけ、イエマチ!(7)

 三人でナッツの家から出ると、外には黄色い空の快晴が広がっていた。

 カナールや水流、緑の植物や熱帯樹まで点在する白浜は、現実味がないからこそ、ひとさじのファンタジーを感じる。が、住人にとってはそれもまたリアル。


「ナッツ、オータム・ネストはどちらの方角ですか」

「あっちあっちー」


 ご近所にお買い物にいくかのようなトートバッグを肩にかけた快活な水着少女が指さした先は、方角としては北のほうだ。


 サマー・ネストはピザの切れ端に例えると、左下。南西に位置しているらしい。

 秋は左上の北西、冬は右上の北東、春は右下の南東といったところだ。

 ちなみにバッグのなかには、夕食用の浜ヤシの実ゼリーが三つ入っている。


「おい、昨日の鎌腕のアニマラーはそのへんにいたりしねえのか」

 家の真横、昨日襲われた朝顔の周辺をレッドが警戒する。

「オオカマキリのこと? だいじょぶだいじょぶ、あの子は草地がお家だよー」

「なるほどな。だったら草原には近づくなってか」

「や~、どっちかってゆ~と~……今じゃ水場のほうが危ないね」

 不穏さを蹴散らすように、ナッツが率先して白浜へと踏み出した。


「……ック。昨日やられた肩と腹がまだ痛みやがる」

「? どうしましたかレッド」

「ケッ、なんでもねえよ。さっさと行くぞ」

 ぼやきつつ、レッドとナビが並んで海ガールの背を追う。


 ナッツが歩くたび、彼女の開放的なビーチサンダルの足指にサラサラとした白い砂が入り込むが、白浜は黄色の空の太陽光で熱せられているわけではなく、熱くはないらしい。それにカナールや水たまり程度の河川を横切るたび、足にまとわりついた砂が、紅茶に溶ける砂糖のようにサッパリと消えていく。

 この心地よい体感のおかげで、サンダルはサマー・ネストでの必需品だ。


「むっ……もしや、あれは、海ですか」


 夏の住民任せに白浜をしばらく歩いていると、ナビの視界の遠くに、彼女の浅緑色の眼をより濃く深めたようなエメラルドグリーンでいて、陽光をキラキラと反射させて輝いている水平線。サマー・ネストの青々とした海が映った。


「そうそ~。ここの名物、パティール海だよ~」


 次第に大きく映りはじめたパティール海は、静かに優しい波打で、海岸沿いの白砂を撫でるようにさらっている。遠くにはレジャー用だろうか、ちょっとした桟橋も存在し、移住者であればそこから釣りをしたり、有償のボートやジェット船に乗り込んだりして、マリンスポーツなども満喫できるようであった。


「すっげえな、おい。ほぼ透明だ。サッドライク大海とはまるで違え」

「でっしょーっ! パティール海の珊瑚礁はね、シーズンで色も変わるんだよっ」


 地元大好き住民が自慢げに話すとおり、水質も透明寄り。エメラルドグリーンに輝くパティール海は浅めの海水浴場エリアのほか、そことは区分けされている珊瑚礁ゾーンもあり、水底で赤青黄とカラフルさを主張している。

 現実とは違い、環境問題も気にせずに設定一つで絶景を生み出せるのはゲームならではだが。作り込みはたしかに、褒められてしかるべき高精細さ。

 これもすべてはコネックエンジンの成す成果物である。


 なお、命ゴイにおけるサッドライク大陸のサッドライク皇国のサッドライク皇城が管理しているという設定のサッドライク大海は、青の原色一色で真っ青に塗られたベタな作りであり、そもそも海や大陸外にまつわるコンテンツも存在しなかったため、ゲーム的な価値はマップロケーション以外になかった。

 海はある意味、いかにも海ボーイ感を出していた筋肉バキバキイケメンの十一皇シズマの設定作りのためだけに後付けされたものでしかない。


「ふ、ふぁぁ…………」

「ナビぃ、口開いてるよー」


 永久鋼土までの道のりではサッドライク大陸の外側に寄らなかったため、サッドライク大海も目にしなかった。ゆえに、ナビは生まれて初めて海を目にする。

 ゴールドスカイナーでは役に立ちそうにないファアキュウの万命書にも、大海の説明文には最低限のフレーバーテキストしか載っていなかったのだ。


 そうしてパティール海の優美さ、それ以前に海という、壮大にして圧倒される大きな存在を前に足を止め、ついつい見とれてしまった。

 それこそ、生まれて初めて海を見た人の正しき姿である。


「クックク、テメェはデッケえもん見るといつもそれだな」

 レッドは今や遙か昔、彼女と出会った当初のこと。

 四季彩の大草原でのことを思い返した。


「なんて広大で、なんて壮大で、なんて大きいのでしょう……」

「うんうん、初めてきた移住者たちとおんなじ感じのリアクションありがとっ」


 ナビが立ち尽くしてしまったことで、レッドとナッツもついでにパティール海を眺める。気は急いても、先を急ぐ旅ではない。ザー、ザーと一定間隔で響き渡る静かな海鳴り。聞いているだけで心地よい。

 リアルと違って塩分は漂っていないが、かすかに想起させる塩気の香りが、海沿いの世界というものを存分に演出している。


「おら、そろそろ行くぞ」

「む……仕方ありませんね」

「じゃあさ、スプリング・ネストから帰ってきたら一緒に泳ご~よ~」

 水場がいかに危険かをど忘れした約束を皮切りに、三人が歩みを再開する。


 海が見える海岸沿いには、ナッツの家にあったような草地はいっさい存在せず、置きっぱなしのビーチパラソルや屋台のような構造物が散在していた。


 ときおり、手指ほどの大きさのヤドカリが波打ち際を歩いているが、アニマラーなのか、貝殻の一部がピンクとパープルのまだら模様で発光していた。


「むむむ、ナッツ。なんだか大きい家がありますよ。あの家はなんです」

 進行方向、海沿いの岩場が途切れた先に、真っ白な三階建ての家屋が見えた。

 実に絵になる、ロマンあふれる海のホテルのようでもある。


「あれは夏の地主バルールカンのお家だよ……今はもう、いないけどね」

 トーンの下がり具合に、レッドがやっちまった感を顔に浮かべるも。

 空気を読まない魔女は、知的好奇心を優先させた。

「その、地主とはなんですか。桜野サワカさまも春の地主とのことですが」

「ん~、各ネストの代表者? みたいな。バルールカンはおバカだったけどね」

 要は、四季の顔役の代表NPCである。


「サマー・ネストではね、バルールカンとか私らが、ここに来てくれた移住者たちを案内してたの。それでみんな、海の近くで遊んだりお店やったり、私ん家みたいに内陸側で避暑して涼んだりしてたんだ。海で捕ったお魚とか、ウチの畑で作ったお野菜とかで、ときどきバーベキューしたりしてね。懐かしいな」


 イエマチはコミュニティゲームの一方で、クラフトゲームとしての側面もあり、素材や設備を確保することでさまざまなアイテムを複合的に生み出せた。


 作った食料は、食事アクションでささやかに楽しむ、おすそ分けや物々交換に使う、シーズンズ・スクエアでの品評会に出すなどもでき、衣食住のアイテムオブジェクトをもって、プレイヤー間の経済システムも回っていた。


「食事……じゅるり」

「アハハ、ナビってば食いしん坊さんだね~」

「テメェ、ヨダレ垂れてんぞ」

 言われてから、黒絹のローブの袖で口元をゴシゴシと拭い。

「垂れてませんが」

 無理のある返事。ナビはすでに口内摂取の虜だ。


 夏の生活シミュレーションにはゲーム性こそないが、ALR体験としては優秀で、サマー・ネストにはさまざまなプレイヤー層がやってきた。


 そもそも移住者たちは一つのネストに定住するわけではなく、サーバー状況にもよるが、土地さえ空いていれば全ネストに家を建ててもいい。

 それどころか居住地を設けるのも必須ではなく、あくまで「自分の家あるよ!」とアピールする以外の価値はないため、四季めぐりの旅人になってもいい。


 この三人のように歩いて移動が面倒なら、マップの好きなところに自由自在にファストトラベルも可能なため、ネスト間の隔たりというのは物理的にも精神的にも感じずに済む。今の彼女らの課題は、NPC特有の障害なのであった。


 そのうえでのサマー・ネストの魅力だが。

 それはもちろん、海に面した爽やかで開放的なビーチ。

 ……に集まる、攻めた水着姿の移住者たちであったわけだが。


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