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サ終世界から逃げ魔女っ!  作者: 手遊花
■イエマチ編
45/81

とんでけ、イエマチ!(6)

 イエマチの世界には昼夜の概念がある。リアルの標準時間換算をギュッと圧縮した数時間単位で、ゴールドスカイナーでは朝・昼・晩がめぐる。


 プレイヤー側はどの時間帯であっても、ほとんど支障なくどんなアクティビティでも行えた。真夜中に星を見ながらバーベキューを楽しんだり、早朝に花火大会を開いたりと好きにすごせたわけだ。一方で、ナッツたちNPCは多少の振れ幅を持たされつつも、規則正しい生活習慣でもって生活している。

 そこの設計が"イエマチで見られる世界観のリアルさ"を支えていたわけだ。


 むしろ、命ゴイとは違う意味で、人より人らしい姿を見せてくれるほどに。


「すぴー……すぴ……ふがっ、むぅー……」

 寝ぼけ眼のナビが首をガクッとさせ、目をこすり、机から顔を上げた。

 背中にはベージュ色の羽毛のブランケット。ナッツがかけてくれたらしい。


「ようやく起きたか。おせーんだよ」

 その横で、レッドは先んじて起床済み。

「よく言うねー。レッドくんだって気持ちよさそうにスヤスヤしてたよぉ」

 茶々を入れてくるのは、水色パーカーに水着姿のナッツ。


「うっせえ、おまえはちゃんと服着ろ。まるで蛮女みてぇだ」

「そのバンジョって響きさあ、悪い意味にしか聞こえないんだけどー?」

「当たり前だ。悪い意味しか含んでねえからな」

「くっそー、意地悪なイケメンめー! 嫌いじゃないしっ」

 万命の令嬢の概念が、サマー・ネストにも布教される。


「むぅー……」

 騒がしさの横で、眠気が尾を引く。以前はシステム的にスパッと寝て、スパッと起きていた自分の体とはまるで違う、気だるさの感覚。知的なデザイナーによって形成された作り込みが、不必要なまでにナビに人間らしさを体験させる。


 白い手で、浅緑色の両目をゴシゴシとこすってから、あたりを見渡す。

 木の机と椅子。不思議なものがたくさん置かれているナッツの家。

 窓の外。明るい。朝の日差し。輝いている。丸一日は寝ていたらしい。


「ぅむー……おはようございます、レッド、ナッツ」

「おう」

「おはよー、ナビぃ」

 それぞれの返答を聞いて。

「…………」

 彼女はすこしだけフリーズした。


「んぅ、どうかした? 体調でも悪い?」

「……いえ、なんでも、なんでもないです」

 万命の令嬢たちからよく言われた、ログイン時などのあいさつの言葉。

 久々に耳にして、郷愁に胸をくすぐられる。


 二人の爆睡の真相は、脳や体の疲れではない。イエマチの内部情報を適用するべくシステム的に強制された停止状態のための睡眠であり、ナビとレッドの身体は今をもって、正式にゴールドスカイナーに適応した。


 パラメータ類も命ゴイから引き継いでいるため健在だが、プレイヤーと違い、NPCのコンバートなどシステム外の動作。

 というより、戦闘民族が平和な世界にそのままやってきてしまったくらいの素通りであり、二人の存在はまごうことなきバグそのものである。


「ねえねー、ナビとレッドくんはサッドライク大陸? からきたんでしょー」

「む、そうですが」

「テメェが寝てる間に、俺がテキトーに話しといた」

 要領のいい男だと、脳内で相棒を褒める。

「意味不明だけど、なぜかサマー・ネストにきちゃったのは分かったけど」

「はい」

「これからどうするの? 行く宛とかある?」

 かしげた小首につられ、金髪のツインテールも流れる。

「コホン。それを昨日、話そうとしていました」


 逃げて、生き延びて、不思議体験をして、目が覚めた。そこまではいい。

 だが、これからどうするべきか。ナビとレッドには重要なことだ。


「ゴールドスカイナーにはもう、移住者はいないのですか」

「移住者? うーんとね、少なくともサマー・ネストにはいないと思う」

「ほかのネスト? もでしょうか」

「どうだろ。シーズンズ・スクエアの様子も分からないしぃ」

「シーズンズ・スクエア?」

「四大陸の先っぽ、ゴールドスカイナーの真ん中にある移住者専用の町だよ」


 ナッツが言うに、ゴールドスカイナーは円形の島で、春夏秋冬の大陸プレートが四枚、三角カットされたピザのような形で組み合わさっているという。

 大陸間は地理的に分断されているが、巨大な「渡り橋」で行き来するらしい。


 渡り橋を進んでいくと、夏から秋、秋から冬、冬から春、春から夏へと環状にめぐることができ、逆方向もまたしかり。そしてどこの橋からでも、大陸中央に鎮座する「シーズンズ・スクエア」にたどり着くことができるとのことだった。


「といっても、私らサマー・ネストの住人がほかのネストに行くことなんてないんだけどね。それぞれの地主が、シーズンズ・スクエアに集まるくらいかなぁ」


 プレイヤーは四季の大陸で、好みの場所に家々を設けられるが、NPCたちは各ネスト内でしか行動しない。リーダー格である地主、サマー・ネストであれば「夏の地主バルールカン」などは、イベントのときにシーズンズ・スクエアに移動してきて催しの顔役になることはあるが、あくまでそれだけ。


 それに移住者たちはファストトラベル機能を有するため、渡り橋はあくまで世界観設定を重視したガジェット。散歩や行楽以外で使われることは少ない。


「あっ、そうだった。スプリング・ネストになら移住者みたいな人がいるかも」

「っ、それ、どういうことです」

「春の地主、桜野サワカさまはね、なんか()()()()()()()からきたんだって」

「移住者の星……ということは、なるほど、つまり」


 移住者たちは、万命の令嬢たちのようなものかもしれない。

 令嬢のような者たちと同じ星からきたのが、桜野サワカかもしれない。

 もしかすると、春の地主は、令嬢のことを知っているかもしれない。

 ナビは瞬時に結論づけた。


「ナッツ」「うん?」

「その桜野サワカさまに、ぜひお会いしてみたいのですが」

「え、決断はやっ」

 ナッツは驚くが。

「ケッ。数秒前にゃ、そう言うと思ったぜ」

 レッドには読めていた。


 この世界において、ナビにもレッドにも、もはや目的があるとは言えない。

 でも知りたいことならいくらでもある。


 とくに、万命の令嬢のことなら。


「桜野サワカさまに会えば、ハナリナさまたちの手がかりを得られるかもです」

 世界を彷徨う黒魔女と皇騎士にしては、上出来な目標と言えよう。

 ついでに物見遊山ができそうだと、お散歩気分でもある。


 ……が、ナッツはなぜか、やけに、渋りはじめる。


「スプリング・ネストかあー……スプリング・ネストねえー……ふぃぃぃー」

「おいナッツ、ここの隣がそこなんだろ? すぐ行けんじゃねえのか」

 疑問を投げかけると、ナッツの顔色が酸っぱい。


「それがさあ、移住者がいなくなって、アニマラーが暴れはじめて、私たちも春か秋に逃げ込もうとしたんだけどね? スプリング・ネストへの渡り橋がさ、超でっかい深々海クラーケンに壊されちゃって、今は行けなくなっちゃったんだよ」


 壊れた存在というのは、彼女らにお決まりのように不都合を強いる。


「となると、スプリング・ネストには行けないのですか」

「行けなくはないけど……行くとしたらグルッと一周」

「グルッと一周?」

「オータム・ネストからウィンター・ネストからスプリング・ネストへ……って」

「それはまた……圧倒的な遠回りになるわけですね」

「おいおいおい、おい。面倒どころの話じゃねえな」


 二人の学習指導型AIがパッと思い出したのは、追放廃路の門壁。あそこで門前払いをくらい、延々と回り道して、ようやくたどり着いた永久鋼土までの旅程。

 あのときの長々とした道のりが、脳内でフツフツと湧いてくる。


「しかも、オータム・ネストのほうにはタイダイダルシャークがいるし……」

「そいつもアニマラーか。んだよ、強えのか」

「知らない。戦うことなんてないし。でも、サマー・ネストでは一番怖いかも」


 皇騎士十三皇としてもイキって「やってやらあ!」と言えなくもないが、彼の隣にはナビがいる。先のオオカマキリのように、人知が及ばない動きで迫られたものなら、危険地帯で彼女の無事を確実なものにできるとは言いがたい。

 サッドライク皇国で培った信念はなんら変わっていないが。今さらながら目に見える、手が届く、たった一人だけを守り抜くことに、先回りの重圧を感じる。


 ただでさえナビは、勝手にどう動くかたまったものではないのだ。

 例えばこのように。


「笑止。その程度はささいなこと。大回りして行きましょう」

 世界最弱の魔女は、世界最強ばりに大口を叩くのだから。

「クソがよ。ぜってぇ言うと思ったぜ」

 ナッツが口にした時点で、こうなる確信があった。

 それぐらいの付き合いはこれまでもしてきた。


「そっかそっかそっかあ……ふぃぃぃー、分かった! じゃあ私も行くよ!」

 サンバイザーの左右で、黄色強めなツインテールが踊る。

「むっ、ナッツも行きたいのですか?」

「うん。サマー・ネストにはもう誰もいないから、私も行ってみたいかな」

 笑顔とは裏腹に、真剣さを感じる。

「危ないかもしれませんよ」

「レッドくんがどうにかしてくれるんでしょ?」

「それなりには。まあ、あまり役に立ちませんが」

「テんメェ、クソ魔女が。図に乗ってんじゃねえぞッ」

 男のプライドをたやすく傷つけるところが、さすが蛮女だ。


 それぞれ思うことがあるなか、ナビは「よろしくお願いします」と一言告げる。レッドはしかめ面で、ナッツははにかんで受け止め、「じゃあさっそく」と旅支度をはじめた。手ぶらで大丈夫だった命ゴイとは違い、イエマチでは世界の法則に則り、最低限の食料くらいは必要なのだと二人はここで知った。


「おいナッツ。この、なんだ、なんて言うんだ、これは槍か」

「それ? お魚を捕るモリだよ」

「ほぅ、借りてくぞ」

「……レッドくん、返すつもりない顔してなーい?」

「ケッ、借りた"ぶん"は返してやるさ」

 皇騎士十三皇は新たな武器、モリを手に入れて。


「ああ、そうだナビナビナビぃ」

「三回も呼ばないでください。なんですか」

「スプリング・ネストはね、桜チョコレートが名物なんだけど」

「チョコレイト!!! 検証しますっ! 検証しますっ! 絶対検証しますっ!」

 ヘルプヤクの魔女は新たな目標、桜チョコレートに恋い焦がれた。


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