とんでけ、イエマチ!(5)
「な、なななんですかこれは! ナッツ! 検証します! 次のをくださいっ!」
「そ、そんな気に入るかー……うれしいけどちょっと引く勢いだね」
「検証しますっ! 検証しますっ! 検証しまっす!!!」
初めての味覚への刺激は、これまでの人生観をガラリと変える暴力だった。
おいしい。なんておいしい。甘い。すごく甘い。超おいしい。
浜ヤシという名の謎の果実の、ほどよい甘さながらもスッキリとした後味。
見て愛でて食べるロイヤルチョコレイトタルトにも甘さは感じていたが。
似て非なるものは食感。このプルプル感。度し難い。
意味が分からないほど、口のなかでプルプルし、甘く溶けて消える。
彼女の食事体験は従来、見るだけでも味を感じられていたのだが。
そこに食感という新たな次元が加わり、脳に天変地異が起きた。
「ナ、ナビ……テメェ、なんて浅ましいことを……」
相棒は命ゴイにおける倫理に従ってドン引きしているが。
「レッド……なにも言わず、私と同じように"食べて"みなさい」
「なッ、んだとテメェッ!」
「早く着いてくることですね、私の上がっているステージにっ……!」
「グッ、なんてプレッシャーを放ちやがるッ……」
ナッツからのアホを見る目を除けば、彼らの出自では当然の問答ではある。
「レッドくんも食べたい? 食べ盛りっぽいしね。はいどーぞどーぞ」
気前のいい海ガールが、新たな浜ヤシの実ゼリーを二つ持ってくる。
持ってこられたおかわりを、ナビがゆっくりと口に運んだ。これぞまさしく味わうという行為。先ほどの一気食いとはまた違う、濃密な幸福が口内を侵す。
懐疑的なレッドもまた、恐る恐る口に入れると――次の瞬間には無我夢中。ナビが小さな口で一生懸命に食べているのをよそに、きっぷのいい豪快な二口、三口で平らげ、相棒と同じく「な、なんだこりゃ!? どうなってんだ!?」と驚く。
すぐさま、ナッツに凶悪な視線でおかわりを要求。
来訪者たちのただならぬ気配に、サマー・ネストを代表する健康的な海ガールは「この二人……今までおいしいもの食べたことなかったんだね……」と目尻を涙ぐませながら、グッと笑顔を取り戻し、浜ヤシの実ゼリーを振る舞い続けた。
「むー……げぷぅ……おいしぃ……これが本当の、おいしさというもの……」
「……ざけやがって……俺たちの食事ってなぁなんだったんだ、クソがよ……」
「……ぐすっ、うんうん。おいしくてよかった、ほんとによかった、ぐすっ……」
イイ年ごろの若者たちが、三者三様の感情を満喫するなかでの食事休憩。
先ほどまでうるさく訴えていたナビの腹の虫も、気付けば収まっていた。
「ぁあ……ああっ、ああぁぁぁああっっ!!!」
けれど、お腹いっぱいで満足していた魔女が突如、発狂する。
「ど、どどどどーしたのナビぃ!?」
悪いものを食べさせてしまったかと、ナッツはオロオロし。
「んだよ、うっせえぞテメェ」
相棒に構えないほどの衝撃と幸福に浸っているレッドは冷たいなか。
「なんてこと……私、気付いてしまったんです……」
「だぁから、なににだよ」
「チョコレイト……私が好物だと思っていたあれを、口に入れなかった事実に」
「あー……クックク、そりゃご愁傷さんだ。今さら諦めるんだな」
もし、大好物だったチョコレイトを口に入れて食べていたのなら、あれはいったいどれほどおいしかったのか。当然、命ゴイではシステム的に口での食事方法など存在せず、ここイエマチにこなければ知覚すらできなかった行為だが。
今まで、目で味わって、スッと消えていった、あれらチョコレイト。とくにロイヤルチョコレイトタルト。あの大好物を口に入れていたのなら、いったいどれほどの味が襲ってきたのか。己の過去の行いに気づき、猛烈な後悔に襲われる。
「んぅ? ナビってチョコ好きなの?」
「はい……私の好きなものは、チョコと花ですので」
「チョコ好きで、ゼリーであんだけ喜べるって、よっぽど甘味がスキなんだー」
空っぽになった何個もの浜ヤシの実を、家主がゴミ箱に捨てる。
入れたゴミは跡形もなく瞬時に消える、便利な仕様だ。
「未知の衝撃でしたもので……ああ、なるほど、そう、そういうことなのですね」
「ん~?」
いきなり得心しはじめたナビに、ナッツが面倒くさがらずに相づちを打つ。
「サマー・ネストではこれまでに感じたことのない触感や温度、さらに味覚なるものまで体感しますが、つまりですレッド。ゴールドスカイナーは正しく、私たちが住むサッドライク大陸とは、世界丸ごとの法則が異なっているようです」
これまでの一つ一つの驚きを束ねて考えた結論は、さすが魔女だ。
ナビは己の体験をもって、世界の異なりという考えに至った。
もっと言えば、この世界は後発の命ゴイよりグラフィックスが洗練されており、ナビもレッドも、サッドライク大陸にいたころより全身の精細さが向上している。彼女が目覚めた当初、相棒の顔がよりカッコよく見えたのもそのせいだ。
この理由はひとえに、ゲーム制作エンジン「コネックエンジン」の恩恵である。同エンジンは高品質なグラフィックスを、従来の作業工程よりも何倍も短い工数で実現できるともてはやされ、コネック提供後は業界全体のビジュアル表現が急激に引き上がった。そうした代償に「最近同じようなタッチばっか」となり、命ゴイのような一点突破の作品が、カウンターとしてオリジナル性のあるビジュアル表現を用いるわけだが。ご存じのとおり、セールスの決め手にはならなかった。
「俺の手がナビに触れられるのも、違う世界だからってことか」
「え、触れる……? も、もしかして、え、二人ってそういう関係!? キャー!」
「ぁん? ワケわかんねえこと言ってんじゃねえぞ」
レーティングは両作品とも全年齢対象。そのうえ命ゴイはああだったが。
彼らの歪な全年齢と比べ、ナッツらのほうがリアルに大人なところは多い。
「それで、今後のこと、なのですが……ふわぁ……あれ……なんか、頭が……」
「アハッ、食べたら眠くなっちゃうかー。ナビって子供みたいだね」
「しつれいな……わたしは、りっぱな、おとな……ふわぁぁぁ」
「……俺も、なんなんだこりゃ、頭がボーッとしやがる」
「ありゃりゃ、二人ともおねむさんだ。いいよいいよ寝ちゃってー」
人なら実感しやすい、満腹な食後の眠気。これもまた二人には未知の体験。
命ゴイにおける就寝とは「ゲーム内の規定時間に自室のベッドに入る行動」であり、睡眠自体はするものの、眠気の体感まではプログラムされなかった。
なお、イエマチでこれらの体感覚が重用されているのは主に"NPC側"である。
ゲームはゲーム。あくまで遊び。ALRによるリアリティ体験に即していても、過剰な人体反応の誘導は、依存症を含む中毒症状の懸念を踏まえてゲーム領域では強く規制されており、与えていいフィードバックも大幅に制限されている。
そのため、このリアルライフシミュレータでは"そこに息づく人たちのリアリティの補強"を目的に、NPC側にだけ、人間らしい挙動が強めに付加された。
ゆえにナッツたちイエマチの住人と同じく、システム外のイレギュラーではあるが最低限の共通NPC設計を適用されたナビとレッドもまた、食事や就寝、この世界でNPCとして生きるうえで必須とされる生理現象が生じるようになった。
それは、万命の令嬢たちに対する皇騎士らの反応と同じように。
これからゴールドスカイナーで生きるために課せられた、二人の新たな呪いだ。
「むー……うむー………………すぴー」
「つぅ…………グゥー」
眠気という抗えぬ魔力に、目を閉じる。
それだけで二人はすぐに眠ってしまった。
「ふぃぃぃー。にぎやかな二人だー……えへへ、久々にちょっと楽しいけど」
年下のお母さん役は、しょうがないなあという表情で寝顔を見つめる。
就寝場所までは設定されていないため、椅子に座り、机に突っ伏して眠る二人であったが。幸い、起きたときに体が痛いことも、首を寝違えることもない。
そこは制限ばかりの人体ではない、ゲームキャラクターの特権である。




