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サ終世界から逃げ魔女っ!  作者: 手遊花
■イエマチ編
43/81

とんでけ、イエマチ!(4)

 イエマチには「これ」といったゲームの目的はない。原則、家や畑、庭や花壇を作ったり、日なたぼっこやお茶や食事、アスレチックや季節の遊びを楽しんだりと、ALR体験ならではのリアリティを、リアルの枷を障害にすることなく満喫できるところがウリであり、ゲームプレイで強めの要求をされることはない。


 そんなゴールドスカイナーには春夏秋冬のネストごとに、季節に応じたさまざまな動植物が設置されている。ナッツが言う「アニマラー」も、自分好みのペットや乗り物を確保するためのコンテンツで、観光地の観光資源のようなものだ。

 移住者はそれらを捕獲するわけだが……この世界に「戦闘」の概念はない。


 捕獲時は、お目当てのアニマラーに捕獲アイテム「ペットひも」を投げつけて、彼我の押し引きでひものテンションを管理し、自身の足元まで引き寄せられるかに挑戦する。要は、釣りゲームによくあるようなシステムである。

 そのためアニマラーは移住者たちにとって、イエマチのNPCたちと同様、ここでの暮らしを豊かにしてくれる人畜無害なペットでしかなかったが。


 状況は変わった。命ゴイが変わったように、イエマチもまた変わった。


「移住者たちが急にいなくなっちゃって、すこしあとにさ、このあたりの魚や虫のアニマラーたちが変貌したの。それまではあいさつすると返してくれるくらい仲良く共存していられたのに、今はもうダメ。私たちを食べ物としか見てない」


 万命の令嬢たちのデータが壊れたように、サービスを閉じたゴールドスカイナーではアニマラーが壊れた。そして現在、NPCの捕食者として君臨している。

 ナビとレッドも、すでにオオカマキリで実体験済みのため疑いすらしない。


「ナッツ以外に、生き残っている人はいるのですか」

 神妙に、ナビが問う。

「ううん。サマー・ネストはもう私だけ。ほかの人はみんな海が近かったから」

「ウミ?」

「うん。うちは奥まった立地だけど、海や川に近い家は全部やられちゃった」

「ってことは、海になんかいるってのか」

「サマー・ネストにはさ、サメとかタコとか水棲の大型アニマラーが多いから」


 二人はまだ視認していないが、サマー・ネストの名物は青い海にある。

 移住者は通年、爽やかに水面を輝かせるそこで夏の遊びを満喫できた。


「つまり、ここも今は危険地帯なのですね」

「……うん、ごめんね。せっかく来てくれたのに」

 ナッツの謝罪は、サマー・ネストに訪れた人に夏を楽しんでほしい。

 そういう思いを植えつけられたNPCとしての言葉だ。


「魔女が問いかけに応じよ。『ゴールドスカイナー』」

「へっ? うわっ、ナビナビナビ! 指からなんか出てるよっ!」

「ふふっ」自慢げに笑む。


 ヘルプヤクの魔女にも見知らぬ物事ばかりとあって、ナビは己の真価を分け合う書物「ファアキュウの万命書」に、ナッツが口にした言葉を尋ねる……が。


――FAQ:ゴールドスカイナー。関連:不明

――未登録の単語です。追記をお願いいたします

――類似:「ナマイキ金髪を宙吊りで愛で大会!?」のことではありませんか?


「むむむ……魔女が問いかけに応じよ。『サマー・ネスト』」

――類似:「オレ様ザコメンねぶりスト昼公演」のことではありませんか?


「……『ナッツ』」

――類似:「夏のお騎士見」のことではありませんか?


「……『アニマラー』」

――類似:「急募、アニマルパジャマ真夜中虐殺会」のことではありませんか?


 ハズレ、ハズレ、ハズレ……命ゴイのことであれば全に近い知を網羅していたファアキュウの万命書であるが、さすがにイエマチ事情はお門違いで。

 なにを検索しても、蛮女たちの穢れた儀式の名しか該当しない。


「どうだよ、ナビ。なんか分かったか」

「いえ、ダメです。ファアキュウの万命書にはまるで記されていません」

「ケッ、つっかえねえ本だな」

「むっ……むぅ」


 自身のアイデンティティをけなされたと、魔女のお怒りに着火するが、それよりも無力である自分に萎えてくる。サッドライク大陸では己の最大の武器であった書も、ここでは無用の長物。大事な支えの一つが欠けた気になる。


「ありがとう、ファアキュウの万命書」

 努めて優しく声に出すと、書はひとりでにパタンと閉じてかき消えたが。

 どことなくシュン……っとして見えた。


「見たことのないものを見たいとねだりましたが、ここまで未知の世界とは」

 命ゴイの理から外れたことへの寂寥感が、今一度襲いかかってくるも。

「今さらだ。ビビってんじゃねえぞ、ナビ」

 そうでもない者もいる。

「アイツら……ぶっ壊れの蛮女に比べりゃ、あんな生物どうってことねえぜ」


 そうだ。レッドがこれまで対峙してきたのは、触れたら即死で戦いにすらならない壊れた令嬢と碧い波。あれらと比べれば、アニマラーはまだ戦いようがある。


 そう気張ってみせる彼だが、オオカマキリとの戦闘で負傷した肩と腹は、なぜかまだズキズキと痛んでいた。なんでもない顔をしているのは男の意地だ。

 ただ、彼の気配りは、ちゃんと彼女に届いた。


「……そうですね。あなたが戦えるのなら、まだマシですね」

 魔女が、白銀の一本髪をサラリと傾かせて。

「だぁから、そう言ってんだろ。クソがよ」

「ふふっ」

 皇騎士が、ザンバラな赤髪をガシガシとかく。

「んーーーっ、二人だけでイイ空気になられても困るんですけどー」

 海ガールは自分の家で一人、イチャコラを見せつけられてゲンナリ。


 いずれにせよサッドライク大陸とは別の世界、ゴールドスカイナーなる場所に来てしまった以上、二人は考えをあらためなくてはならなかった。

 といっても、これまでの窮地と比べればどうってことない。

 そう思うと途端に、ナビのお腹に変化が起きる。


 グゥ~~~~~…………異音。


 「え?」不思議で知らない体感覚に困惑する。

 自分のお腹から鳴った? 腹を見つめ、撫でてみる。

 腹が細くなっているというのか、減っているというのか。

 体の内側からキューッとする、貧しい体感に襲われている。


「ぁん? テメェ、今のはなんの音だ」

「うぉーうぉーうぉー、ナビったらお腹ペコちゃんかー」

「お、お腹ペコちゃん? な、なんですこれは、お腹が、私のお腹が急にっ」

「ちょっち待っててー……うーんと……おーっと……はいこれはいこれ~」

「むむ?」


 お腹の異音に困惑していると、ナッツが奥の台所らしき場所から、硬く大振りな果実を割って器にしたと思わしき、見たことのない物体を差し出してきた。

 果実の器のなかには、白くてプルプルした液体に近い固体が入っていて、器の横には変わった形の木の棒。木製スプーンと補足したい食器が置かれる。


「浜ヤシの実ゼリー。サマー・ネストの名物スイーツだよ。ほら食べて食べて~」

「た、食べる? えっ? なぜこんなときに……」


 命ゴイにも食べ物はあった。ロイヤルチョコレイトタルトなどは万命の令嬢たちからよく贈られたものだが、ナビたちが生きていた世界において、食事という行為は「目で見ると満腹になるもの」であった。

 ついでに空腹状態があったわけでもなく、口内摂取の概念もない。それらは搭載されなかった機能であり、食べ物もあくまで嗜好品だったのだ。


 けれどもイエマチは違う。移住者はALR体験で、口を使って食事できる。舌の味蕾への直接的な刺激こそないが、二〇五〇年代には仮想現実における味覚・臭覚・触覚中枢への訴えかけ手段として、想起行動にひも付ける形での刺激機能が十分に発達したことで、「ものを味わっている体感」は十分に得られた。

 当然、仮想現実におけるいきすぎた五感体験がもたらす生活全般への代償と抑止を踏まえ、五感の感覚はリアルと比べるとささやかではあるが。


 食事はイエマチにおいて、立派な代表コンテンツの一角であったのだ。


「だいじょぶだいじょぶ、うちの浜ヤシってば甘くて大好評だからー」

「そ、そうは言われても……」

 必死にゼリーを見つめるが、満腹感がない。


 彼女の視覚接種とは要するに、ゲーム内のウィンドウ上で「やくそうを使った」とだけ表示される処理と同質だが、イエマチでは通用しないアクションだ。


「もーぅ、じれったい! ほらほらほらアーンしてアーン、アーン!」

「あ、あーん?」

「ほらほらほらぁ、口開けて~」


 ナッツは白くプルプルした浜ヤシの実ゼリーを、木のスプーンで一口分すくい、ナビの口元に持っていく。イエマチのサービス中にはなかった"サービス"だけに、この挙動を知った一部ファンは羨ましくて涙を流すかもしれない。


 謎の食べ物を口元に向けられたナビは、混乱しつつも「それが口に入れるもの」であると理解する。理解したが、ありえない。口にものを入れるなど人体に反する行為。やっていいのは万令術を受けた皇騎士たちくらいのもの。

 一部の万命の令嬢たちはよく「今日はエディスに手袋しゃぶらせたー」「ムカついたからクルズィンくんに草食わせたー」などと言っていたものだが。


 自らの口に物を入れるなど、ナビにとっては禁忌に近い。

 それこそ、皇騎士から見るヘルプヤクの魔女くらい禁忌に近い。


「ほらほらほら、口開けてー、絶対おいしいからー、安心安全保証するからー」

「な、なにしてんだこのガキ! おまえもやっぱり蛮女だったかッ!」

 レッドもまた激怒するが、在りし日の拷問を思い出して体がすくんでいる。

「あ、あわわ、あわわわわっ」

 ナビも目をグルグルとさせ、どう応対すべきか、思考をめぐらせる。


 分かっているのは、鼻にぷーんと漂ってくる、甘くみずみずしい香り。

 不可思議なことに、お腹は「それを早く口に入れろ!」と急かしてくる。

 頭では禁忌でも、体では抗えない、恐ろしい引力に迫られた結果。


「あ、あーん……」パクッ。

 気付けば、ヤシの実ゼリーを口に入れてしまった。そして。

「ん……んんっ!? んんんっ!?!? んーーーーーーーっっ!!!!!!」

 衝撃。大衝撃。超衝撃。生まれ変わったかのようなビッグバン。


 好物であったチョコレイトアイテムはこれまで、目で愛でて、脳でお腹いっぱいになり、大満足を得ていたが……それとは比にならない味覚のパワー的暴力。

 甘い。甘ったるい。プルプル。とける。甘い。おいしい。ない。なくなった。


「な、ななな、なななななっっっ!!!」

 ナビは浜ヤシの実ゼリーとスプーンをふんだくり、食べる食べる食べる。

「うおっ! なになになに、そんなおいしかった? うれし~」

 どんぶり飯をかき込むようにして食べる黒魔女の頭頂部を、ナッツがポンポン。

「ナ、ナビッ!? お、おま、コイツになにしやがったッ!!」

 相棒の変貌に、皇騎士が引き続き激怒するなか。


「う、うわーっ! うわわーーっ!! うわわわわーーーっっ!!!」

 異なる世界なら全を知る、決して幼いとは言えない年ごろの黒魔女は。

 うまみフードに夢中な猫のように、無心でゼリーを食べ尽くした。


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