とんでけ、イエマチ!(2)
カマキリ。厳密には、虫特有のあまり気持ちがよろしくない細部はゲームナイズでデフォルメされているオオカマキリが、ナビに向かって飛びかかった。
その加虐的な姿勢も、人外的な見た目も、銀髪の魔女を恐怖させる。
「わっ、あわわっ!」
「シャーッ!!!」
命ゴイは女性層がターゲットとあり、皇騎士を含めたエネミー類に女性が嫌いそうな造形や種別は採用されなかった。端的に、昆虫などいなかった。
唯一、ナビのお掃除を邪魔する「プーパ」は虫類であったが、フワフワな茶色の毛を生やし、不快要素を削ったダンゴムシとウサギを融合させたようなマスコット的なぬいぐるみ枠としてお出しされたため、カウント外である。
しかし、目の前に現れたオオカマキリは、昆虫という概念を知らぬ者の恐怖心を煽るには十分な人外そのもの。おまけに、両目と全身の裂傷に浮かぶ桃紫の発光が不気味でしかなく、ナビはなんとなしに壊れた令嬢のことを想起した。
「ボケッ! さっさと下がれってんだッッ!!!」
「わっ、むきゃっ!?」
オオカマキリの鎌が振るわれる直前、レッドが強引にナビの肩を引っぱった。
遠慮なしの力任せであったため、彼女は後方に尻もちをつくが。
「シャーッ!!!」
魔女の頭部と胴体とを切り離そうとしていた鎌は、空気を狩るにとどまる。
それでもオオカマキリは焦るでもなく、カタカタと不気味な挙動で構え直す。
「……んだよコイツは。気持ち悪りぃ顔して、シャーシャーうっせえぞッ!」
レッドも、初めて目にする人外生物の姿に不快感を押し隠せていないが。
それでも彼は皇騎士。そばにいる最後の皇国民を、守ると誓った男だ。
「オラアァァァアッ!!!」「シャーッ!!!」
直上から振り下ろされた大型の二本鎌を、黒塗りの手甲の外殻で受ける。
武器はない。古びた刀はプリベリオンシュヴァリエとの戦闘後に投げ捨てた。
というより、あの直後は持って歩いていけるほどの体力がなかった。
「レッドっ! 素手では危険ですっ、ここから逃げましょうっ!」
「いいからテメェは、黙って後ろに下がって――」
互いに、心配し合ってしまったことで生まれた隙は、悪いほうに転ぶ。
「グワッ!?!?」「レッドっ!!」
ナビを案じ、目線を切った一瞬を、オオカマキリの複眼は見逃さなかった。
敵は右腕の関節を巧みに折り曲げ、黒い侍具足の手甲をすり抜け。
レッドの左肩に、腕部先端の鋭い爪を押しつけた。
「グゥッ……ッ、気持ち悪りぃナマモノのくせして、ナメんじゃねえッッ!!」
被撃した皇騎士十三皇が間髪を入れず、左腕を真っすぐ突き出し。
ピンクとパープルのまだら模様で発光する、敵の右目を殴りつける。
「シャーッ!!!」
ダメージはあったか、オオカマキリが一歩二歩と後退するが、戦意は衰えず。
何事もなかったように両腕の鎌を構え直して、獲物を品定めする。
「チッ、皇束解除ォ……壱式ッ! 吸え、染め紅――」
鎌の一撃。たったそれだけで皇束解除の条件に達し、皇騎士が吠えた矢先。
「そこの君たちーっ!!! こっちこっちこっち早く早く早くぅーーー!!!」
背後から突然、元気で慌ただしい、知らない女子の声。
レッドは先の二の舞を演じないよう、オオカマキリから視線を切らない。
後ろにいたナビは背後、木造家屋のほうから聞こえてきた声に振り向いた。
そこには、家の扉を全開にして飛び出してきた、一人の少女の姿。
「ヤバいヤバいヤバいってーっ!!! アニマラーが近いってーっ!!!」
灰色のハイネックホルターとホットパンツの組み合わせ。薄着な水着の色気は、明るい色調のウォーターブルー色なパーカーで包み隠しつつ、ほんのりと小麦色に焼けた素肌を、適度に覆いつつも健康的にさらしている。
見たことのないかぶり物は、世間一般でサンバイザーと呼ばれるもの。
半透明な水色帽子の左右では、黄色が強めな金髪ツインテールがブン回る。
万命の令嬢と皇騎士にしか出会ったことのない恥ずかし魔女の経験では、イマイチ飲み込みづらいが。そこにはイケイケ海ガールといった様相の女子がいた。
「早く早く早くぅ!!! 家のなかに逃げて家のなかにぃーーーっ!!!」
見る人が見ればサーフショップに見えるであろう木造家屋の入口で、海ガールが両手をブンブンと振り、二人を避難させようと必死にアピールしている。
プニュ、プニュと。足元の白いビーチサンダルもマヌケな音で援護。
ナビは彼女に他意を感じず、「レッドっ!」主語もなく相棒に一言だけ告げて、我先にと少女のもとに近づく。レッドも「オゥラァ!」今一度オオカマキリに殴りかかってから、横っ腹を少々薙がれながらも敵をさらに後退させ。
「ほらほらほら! 早く早く早く死んじゃう死んじゃう死んじゃうーーー!!!」
「うるっせえぞッ! 痴女の蛮女みてぇな姿しやがってッ!」
窮地の恩人になりそうな相手にすごく失礼な態度だが。
「えええーっ、ひっどーい! こんのーっ……うわやだイケメンじゃーん!!!」
恩人のほうはまんざらでもない。
レッドは、どんくさい足で屋内に逃げ込もうとしているナビに追いつき、彼女の背中に片手を添えながら、二人して家屋に逃げ込んだ。
次いで、海ガールも即座に踵を返して駆け込み、ついでにガチャッ!
家の扉を豪快に、勢いよく閉めた。
「ふぃぃぃーーー! セーーーっフ!」
海ガールは一人ガッツポーズ。金髪ツインテとパーカーの裾が踊っている。
「ハァハァ、けほっ……さ、最近、走ってばっか、です……」
ナビは床に手をつき、四つんばいで呼吸を整えている。
「ったく、貧弱がよう。もっと鍛えろ」
レッドも安堵しているが、警戒は続けている。
サーフショップのなかには、用途が分からぬ巨大な木の葉型の木板や、ゴム状のブヨブヨとした全身スーツのほか、巨大で不格好な眼鏡、銀色の鉄筒、カラフルな絵画など、目にしたことのないアイテムがたくさんあった。
当の海ガールは、二人の脇を抜けると部屋の奥、窓際のほうまで歩いていき、おそらくオオカマキリがいたであろう朝顔の壁の方角をジッとにらむ。
十秒、二十秒……ほどなくして、ホッと一息つき、二人に向き直った。
「ふぃぃぃ、もうだいじょぶ。アイツ行ったよ~。よかったよかったよかった」
水着と金髪と小麦肌の若々しい色気だが、水色パーカーで上半身の素肌面積が覆われているのと、なにより色気より元気さ。健康的な面のほうが印象深い。
海ガールは明るい足取りでナビとレッドに近づき、ジロジロと観察しはじめた。
振る舞いとしては無礼だが、持ち前の子供っぽさから許せる空気がある。
「なんだか珍しい格好だねぇ。ハロウィンでもやってた? 私も行きたいな~」
「ゼェ、ゼェ……と、ともかく、助けていただき、ありがとうござい、ます」
「あ、いいよいいよいいよぉ。で、私、ナッツって言うけど。そっちは?」
儀礼的な前置きがいっさいない、ハイスピードなコミュニケーション。
ナビは少しだけ、万命の令嬢たちのことを思い出した。
「コホン……私はヘルプヤクの魔女、名をナビと申します」
「サッドライク皇国が皇騎士十三皇、レッド=フォン=プリンシュヴァリエだ」
それぞれ、命ゴイで設定されていた略式的なポーズ込みであいさつすると。
「なび? かーなび? それにプリン? スイーツみたい名前だねー」
「むむむ???」
あまりの他意のなさに、それだけで警戒心が解けてしまう。
ナッツは「きてきて」と二人を招き、家屋中央の木造りのテーブルに添えた椅子を勧める。キョドりながらもナビが座った椅子は、揺りかごのように前後に揺れるリラックスチェアとなっていて、数秒も経つと心地よくなってしまった。
「んでんでぇ、君たちさー、こんな状況でいったいどこから来たわけ?」
「待て。質問はこっちが先だ。さっきのヤツはなんだ」
「くっそー、めっちゃイケメンだからってー! どう見てもアニマラーでしょ」
「アニマラーぁ?」
「移住者のペットだったころと見た目も違うし、分からないでもないけどさぁ」
少しはにかんだナッツの顔に、少しの悲しみが乗っかった。
「えーっと、ナッツさん」
「ナッツでいいよ。私もナビって呼ぶし。たぶんそっちのが年下でしょ」
「私、一九歳ですが」
「えっっ!?!? それでジューキューっ!?!? 私、ジューロクだよっ!?!?」
「むっ……なにか文句でも?」
「い、いっや~、べっつに~、そっかそっか~。もうしわけ~、ナビさ~ん」
野暮ったい黒装束チユートリアさえ脱げば、ナビだって。
まあ、しょせんはナビなのだが。それは置いといて。
「それでナッツ」
「なになにナビぃ」さん付けは早くも撤廃のようだ。
「ここって、どこなのでしょう」
二人としては率直で、最大級に大切な質問なのだが。
ナッツはここにきて異邦人を目にしたかのように、困惑して答えた。
「どこって……ゴールドスカイナーのサマー・ネストだよ? 見て分かるじゃん」
当たり前の常識を説くように教えてくれるが。
「分かりません」「分かるかよ」
分からないのだ、これがまた。
「えーーー! わーかーるーよーーーっ!」
さっそく食いかかるナッツだが、やはり分かるわけないのだ。
嗜虐的な命ゴイの住人たちに、牧歌的なイエマチのことなど。
「とんでけ、イエローマーチ ~春夏秋冬のんびりライフ~」の世界のことなど。




