最長の最短(32)
万命術の武器は、言葉だ。万命の令嬢の攻撃力にあたる数値も、発声とスキル練度とドレスとアクセサリーで算出され、蝶よ花よと華麗に育った美女たちが思いの丈をほんの少しばかり言の葉に乗せすぎたものがダメージとして計上される。
そのため命ゴイには、「武器」というアイテム類自体が存在しない。
「ウッキャッキャッキャッキャッ!!!」
しかしその者は。セクシーなトラ柄の着ぐるみ風で、頭だけ魚兜な令嬢は。
いいや。性根からしてグラディエーターなこの蛮女だけは、最初から違った。
セプティナ@煌めきSPだけは、誰も追従できない、唯一無二の最強だった。
セプティナは、チームやギルドやクランといったコミュニティ機能が最後の最後まで実装されなかった命ゴイにおいて、原初のチーム「煌めきSP」を名乗り、いろんな意味での異常っぷりで面白がられ、誰からも愛された有名プレイヤーだ。
斬って叩いて殴るゲームが大好きだったジョウジョウキギョウブチョウのご令嬢なる彼女は、ナビのクソみたいなチュートリアルで七回ほどゲームオーバーになってからサッドライク大陸に降り立ったのち、説明書を読んでいなかった自分の非を棚に上げ、「武器ないじゃん!」とゲーム内でナビにクレームを入れ続けた。
その理由はのちに「反応がかわいかったから」だと判明したが、ともかく彼女はさっさとゲームを進めて、サッドライク皇城の秋煙りの煙突街にたどり着き、自前のアクセサリー「ぶっころアーックス」をデザインした。
セプティナの本気の絵心で描かれた、そのヘッタクソな落書きじみた斧は、持ち手を含めた柄が爪楊枝のように細っこく、斧の刃にあたる部分がいびつに尖っている。矛やハルバートのようならまだしも、三次元的にいろんな刃が巨大サイズで飛び出ており、それこそ泡立て器を巨大化させ、歪めさせ、針金を異様に膨らませたらそういうものになる、といった斧っぽいアクセサリーを手にして。
『ウッキャッキャ! 見て見てナビぃ! ちょーでっかいのー!!!』
万命の令嬢の装備品には、ドレスにどれだけ宝玉を散りばめても重量感が存在しないのと同じく、彼女のぶっころアーックスもまた重量がない。
一方、身にまとうドレスであれば、仮想空間での着用感のために多少の反動係数が設定されているが、アクセサリー分類にはそれが存在せず、斧は巨大さに反して重量感も、空間や空地に対する抵抗感もいっさいなく、まさに爪楊枝を振るう感覚で、2メートル以上もの長さがある暴力的な凶器が最高速で振るわれた。
しかし、万命の令嬢たちの物理攻撃はシステム的に考慮されていないアクションだ。概念は存在するが、万命術と違って「物理攻撃を強くする手段」は存在せず、見た目は凶悪なぶっころアーックスでも、イケメンたちに振るったところでダメージは1。たとえ指サイズの毛虫に振るってもダメージ1だった。
攻略的な使い道がない。見た目もかわいくない。あくまでピアスやネックレスのように、アクセサリー相当で手に持っているだけの置物。武器の概念が存在しない以上、ぶっころアーックスは攻撃力を算出するアイテムではなかった。
しかしセプティナは、サービス二日目から「セプティナ@煌めきSP」に名前変更した彼女は、あまりにも特殊で、例外な活用法を即座に編み出した。
彼女は「剣道とかって、ぶん殴るときに奇声発すれば勝つらしいぞ?」と、隠された現実の地位の高さに反する短絡的な発想から万命術しながら斧で攻撃という動きを試したところ、後年に舌打ち女王を生んでしまったようなアラも多いシステムとあって、サービス二日目の命ゴイはとんでもない判定を下す。
セプティナは万命術スキルツリー「大声」を用いて、「急に声を出すなら怒鳴り声より、頭おかしそうな笑い声のほうが得意だわ」とし、その独特でわざとらしいバカ笑いをしながら、自慢の斧で、草騎士に襲いかかった。
バカ笑い声の万命術で攻撃したなら、100ダメージ。
それはただの万命術ゆえに。
無言でぶっころアーックスで攻撃したなら、1ダメージ。
それはただのアクセサリーゆえに。
だが、「ウッキャッキャッキャッキャッ!!!」とあまりお近づきになりたくない類いの奇声を発しながら、同時にぶっころアーックスで攻撃すると。
変動なしの完全固定値で、268万4914ダメージ。
セプティナの力の源は万命術である。斧による斬撃はあくまでそれを支える演出でしかなく、システム側も物理攻撃とは認識していない。
だが叩き出された数値は、ゲーム内で最も高いパラメータ。これ以上のHPを備える敵など存在していなかった都合上、彼女はすべての敵をワンパンできた。
万命術は声だけにあらず。演出する身振り手振りも言外の感情係数としてダメージ算出に使われている。それがより顕著なのは地力勝負の万令術の仕様であるが、ともかくセプティナが組み合わせた「奇声と打撃演出のある万命術」はおかしな累乗計算が働き、サービス二日目にして、いの一番に命ゴイの破壊者となった。
事実、サービス開始時に存在していたPvP機能「花歌交奏」がオミットされた原因は、外聞的な意味では「女同士の罵り合いが醜すぎる」であったが、ゲーム的な意味では「セプティナが全員ワンパンすぎて戦いにならない」だった。
もちろん、彼女以外の万命の令嬢たちも先行者のセプティナにならい、異様なアクセサリーを製作して同じような攻撃手段をまねてみたのだが。
音声認識システムが突き詰められていなかったのか、あるいはセプティナの声と動きと斧だけが奇跡的にかみ合う重箱の隅を貫いていただけなのか。
彼女と同じように膨大なダメージを出せる令嬢はついぞ現れなかった。
他方で、人によっては2000ダメージ、人によっては6000ダメージと、人それぞれで再現性のない特定の組み合わせが発覚していたことから、誰もこのことをバグとは断罪せず、セプティナの存在も否定することなく容認した。
PvP機能がなくなったその日から、彼女は競争相手ではなく、想定レベルに満たなくてもお目当ての皇騎士をワンパンしてくれて、ついでに万令術の権利まで譲ってくれる人。そのころはまだゲーム攻略に興味がなく、イケメンいじめにしか興味がなかった初心者層の頼れるお姉さんとして活躍しはじめたためだ。
さらに万命の令嬢たちの多くは「打撃とかしたくないし。悪口だけ言いたい」という真摯なスタイルの者が多かったことで、セプティナの戦法自体はまるで人気が出なかった。自身の声とアクセサリーによる奇跡の組み合わせ例を生み出せた、片手で数えられるくらいの人数をのぞき、あっという間に廃れた。そうして彼女は希少性と特異性により、この世界において最も存在感のあるアイコンとして。
『セプティナ@煌めきSPは、命ゴイの音声認識システムに最も愛された女』
『あの子だけ別ゲーだし、終身名誉最強モンスター扱いでいいよメンドくせえ』
『笑い方キモいし』
『キモいよね』
『え、カワイイじゃん』
『うわっ、あんたキモッ。耳おかしいんじゃないの? いや頭か顔かな』
『死なすぞブス。どこ住みか言えや』
後年、セプティナ@煌めきSPは「うぇ先生のチ刑」に喜びをあらわにして最強の名を返上したが、そこ以外の全期間で、例外なる最強令嬢として君臨した。
その結果、命ゴイを遊びはじめてから数か月後もしたころ、彼女は笑い方がクセになってしまったことで「~~さんの笑い声、なんか気持ち悪いですよね……」とリアル会社で陰口を叩かれるようになった話はさておき。
開発側も彼女一人だけを優遇しているような構図に困り果て、音声認識システムを何度も調整した。しかし彼女はそのたびにダメージを膨張させたため、そのうち弄るのを諦めて放置した。そんな希有なマスコット蛮女がセプティナである。
「クッ、クックク……最後の最後で、残酷な運命じゃねえか、十三神よぉ……」
おかげさまで、レッドたち皇騎士も、誰ひとりとして例外なく。
最強の悪夢、セプティナ@煌めきSPの存在を認識している。
ほかの蛮女たちとは明らかに違う、禍々しい斧っぽいなにかで襲いかかってくる、見た目少女で頭グラディエーターの存在は、サディスティックな女たちとは別に、怪談のような未確認生物に襲われる恐怖感を彼らに植えつけた。
策謀と状態異常の達人、二皇エディスも
人の心なき無慈悲な凶刃、五皇アイゼルも。
カウンターの倍返しが痛い、九皇ウェインも。
水辺では永続で自動回復する、十一皇シズマも。
皇騎士および外騎士は、上から下まで、だいたいワンパンでのされた。
万命術でやられるのは分かる。だって相手は性悪な蛮女だもん。
でも得物でやられるのはプライドが傷つく。だって僕ら皇騎士だもん。
イケメンたちは高度なAIを有するだけに、意外と繊細なのだ。
なお、たった一人だけ倒されなかったのは、戦場が狭い部屋なだけに大きな斧が扉を通らなかったため挑めなかった、夜中の皇城リオスの不戦勝だけである。
「ウッキャッキャッキャッキャッ!!!」
肉声に加え、魚兜内で反響した自前のエコー。
二重奏で奏でられるバカ笑いが、永久鋼土内に響く。
「フシュー、フシュー……」
プリベリオンシュヴァリエが、攻撃されていないがセプティナをロックオン。
存在からしてエネミーであると認識したように、武装を構えて対峙する。
レッドとの戦闘を中断したことで、HPも満タンまで回復している。
「ウッキャッキャッキャッキャッ!!!」
セプティナは壊れた令嬢だ。魂も入っていない。
足元もフラフラ、ポテポテと酔っているような怪しさ。
けれどその壊れ方は、中身入りのときとほぼ同じ姿。
壊れているのにプレイヤー再現度が高すぎる。
まるで当時のセプティナ。なにも考えず、笑って振ってハシャいで思考なしでストレスを発散していただけのセプティナ本人をトレースしているかのようだ。
「ウッキャッキャッキャッキャッ!!!」
意味不明なバカ笑いとともに、怪物が気軽に右腕を振りかぶる。
重量のないぶっころアーックスが、信じられないほどの速度で振られる。
対するプリベリオンシュヴァリエは大盾を構え、硬く受け止めようとした。
衝突。強烈な打撃音。それだけで済めば、まだ御の字であったが。
「ウッキャッキャッキャッキャッ!!!」
「フシュー……!」
天と地の質量差のなか、鋼騎士王の大盾は、左腕ごと押しきられ。
左半身の肩部から足部まで、たやすく一文字に切り裂かれた。
「フシュー……フガァァアァッッッ!!!」
暗い波動が発動。一撃でHPを半分以下にされた証拠。
レッドからすれば、あの一撃を耐えて生き残ったことに感動するが。
セプティナは自己強化と無縁なため、スキル打ち消し効果は意味を成さない。
なにせ、彼女自身は仕様においては正常で。
運営お墨付きの奇跡的な相性によるナチュラルなバグなのだから。
「ウッキャッキャッキャッキャッ!!!」
敵対しなければ、ただの頭がおかしそうな道化。
敵対してしまえば、ただの頭がおかしい死神。
独特のバカ笑いが反響するなか、ぶっころアーックスがもう一振りされ。
「フシュー! フシュー!」
プリベリオンシュヴァリエもここにきて、イレギュラーな動きを開眼。
右手の大剣と、左手の大盾を、両腕ごと己の頭上に交差する完全防御姿勢。
AIを搭載していないのに、彼はレッドと同様、進化の光を見せた。
衝突。激烈な打撃音。鋼騎士王の動きは、価値のある行動であったが。
最強の蛮女を前にしては、意味なき抵抗であった。
「ウッキャッキャッキャッキャッ!!!」
大斧の衝突直後、鋼騎士王は鉄壁の両腕構えで、相手の攻撃に耐えた。
一秒後、押しきられた。両腕ごと、大剣も大盾も地面に叩き落とされた。
幸いしたのは、身体の前面に構えていたことで直接ダメージを防げたことだが。
限界だった。プリベリオンシュヴァリエは両手まで地に叩き伏せられた。
「ウッキャッキャッキャッキャッ!!!」
耳に突き刺さり、脳をかき混ぜる、蛮女の笑い声。
セプティナがまた、空気でできた爪楊枝を軽々と持ち上げるようにして。
現実なら一振りで、どれだけ肉体を切り裂き、かき混ぜ、破壊できるのか。
二撃目の衝撃で両足も地に屈し、地面に落ちた武具を拾おうと両腕を垂れ下げている、みじめに土下座しているようなプリベリオンシュヴァリエの脳天に。
ご自慢のぶっころアーックスを。
「ウッキャッキャッキャッキャッ!!!」
それはもう、楽しそうに、慈悲もなく叩き落とした。
その直後、プリベリオンシュヴァリエの全身鋼鉄鎧が一面に爆ぜて。
死亡した。
三撃。三撃もだ。三撃も耐えた。サービス当時の攻防パターンで戦うプリベリオンシュヴァリエであれば一撃で終わっていた。しかし、AIなき彼らにもまた、騎士としての意地があったのか。最後に人間じみた進化と適応を見せた。
セプティナ相手に三撃耐えた。これは誇ってもいい。もし、命ゴイのバックグラウンドに敵だけが集って日々の愚痴を言い合う酒場があったのなら、彼はこの日、皇騎士からも外騎士からも大騒ぎで称賛を浴びせられ、テレテレと頬をかいちゃったりしちゃう最高のNPCとして、イケメンたちに愛されたことだろう。
「ウッキャッキャッキャッキャッ!!!」
当然、それは夢幻で、ここは地獄だ。
そもそも彼女が斧ではなく素手で触れていれば、壊れた令嬢らしくプリベリオンシュヴァリエも指一本で消滅していた事実に、三者とも気付いていない。
「……ク、クソがよぉ……!」
ひそかに鋼騎士王を応援していたレッドは、まだ戦闘不能状態。
地面に片膝をついている。
「ウッキャッキャッキャッキャッ!!!」
セプティナが鉄の残骸になって散らばった王を無視し、背後を振り返る。
フラフラ、ヨロヨロ、ポテポテ。
深夜のてっぺん時間を超えた新橋にいるおっさんたちのごとき足取りで、来た道を、レッドが動けずにこうべを垂れている場所へと真っすぐ歩いてくる。
「グゥッ……!!」
「ウッキャッキャッキャッキャッ!!!」
死へのカウントダウンがはじまる。徐々に近づく、怪異の物音。
レッドは生の執着ではなく、外敵の恐れから両目をギュッと閉じた。
バクバクと鳴る、デザインされていないはずの心臓の鼓動を噛みしめ。
「――ウッキャッキャッキャッキャッ!!!」
己の横をとおり抜けていった、奇声のドップラー効果に畏怖したあと。
自分が、まだ、生きていることに気付いた。
わずかに動くようになった体をよじり、背後を見る。
「ウッキャッキャッキャッキャッ!!!」
そこには、今しがた横を通りすぎた、壊れたセプティナ@煌めきSPの背中。
永久鋼土の通路。レッドたちが通ってきた道へと歩いていった。
「ど、どうなってやがる……な、なぜ、俺は、アイツに生かされた……?」
それは皇騎士十三皇がこの場において、三つの幸運を握っていたからだ。
一つ。愛刀である血吸いの刀「染め紅」を持っていなかったこと。
彼は憂森林で壊れた令嬢に襲われたとき、染め紅を失っていた。
染め紅なき皇騎士十三皇は、壊れた令嬢と同じくらい異常動作であり。
彼はあの時点で、敵NPCおよびボスエネミーの認識フラグを失った。
おかげで永久鋼土にいた壊れた令嬢たちが、レッドを無視してナビだけを認識していたように。セプティナもまた、相対距離ではより近かったレッドをオブジェクトとして認識せず、その奥にいた、プリベリオンシュヴァリエだけを狙った。
二つ。プリベリオンシュヴァリエに例外的な戦闘不能状態にされたこと。
皇騎士たちの戦闘不能とは、万令術使用の選択待機時間と同義だ。
本来なら待機時間の経過後、戦闘対象の可視範囲から歩いて遠ざかり。
ここからなら永久鋼土の復路、碧い波が待つ先へと自動移動してしまうが。
戦闘不能時、本来ならありえない中断の仕方で鋼騎士王がターゲットを外したため、自動移動に移行していない。これは「皇騎士を倒した瞬間にログアウト」といった動作が行われることを踏まえた、再アクティブ化のための処理だ。
最後。セプティナ@煌めきSPがここにいること。
彼女のキャラクター情報は今の今まで、この世界に出現していなかった。
きっかけは、先ほどナビが十数名の壊れた令嬢を消失させたこと。
あれにより、サーバーの空き枠にセプティナが新規でポップされた。
もし、セプティナ@煌めきSPがもっと前に出現してしまっていたら。
もし、レッドが愛刀の染め紅を失うことなく持ってしまっていたら。
もし、レッドが違う道を選び、ナビが万命令を使っていなければ。
もし、セプティナがヒーローのように現れていなければ。
「……クソがよッ」
そんな理屈のすべてを理解しているわけもなく、混乱するレッドだが。
彼にも一つだけ、たしかな事実がある。
痛む体を無理やり動かし、ウキャキャとバカ笑いを振りまきながら遠ざかっていく奇怪な少女の後ろ姿を、片膝をつきながら金色の両目で眺めると。
耐えがたい屈辱と、自害したくなるほどの羞恥に耐えつつ、尊敬する皇騎士一皇ディアルスの振る舞いを頭に思い浮かべ、ちょっとだけ大人になる。
「……万命の令嬢よ。皇騎士十三皇の最大級の感謝と敬愛を、ここに捧げたい」
なんて言葉はいっさい届いていないであろう、当のセプティナは。
いつものようにウキャキャと笑い、通路の奥へと姿を消していった。




