最長の最短(31)
レッドの背面に浮かぶ、電流走る赤黒の粒子が濃化し、バチバチと危険な空気を漂わせる。三匹の赤雷蛇は一回り大きくなり、蛇の相貌がより獰猛に変貌。
レッド自身も、死なばもろともとばかりに散華の表情を浮かべた。
「皇束解除・終式:紅血吸」。
残りHP20%時、最終強化に至ったレッドは染め紅に「吸血攻撃」特性を付与し、攻撃時にダメージ割合のHP回復を行うようになる。ついでに状態異常や万命術スキルツリーの特攻属性の影響を無効化し、ステータスも基底値の1.5倍へ。
これにより皇束解除・終式後の皇騎士十三皇は「攻撃力が加算されているほど、吸血攻撃でHPを回復され、上回れなければ絶対に勝てない敵」と化す。
これこそが、レッド=フォン=プリンシュヴァリエの真骨頂であった。
同時に、悪知恵の働く万命の令嬢たちがお気軽にお騎士見をやっていたように「じゃあ、させなきゃいいじゃん」で済んでしまった弱点でもある。
フィカにせよ、染め紅はなくとも戦闘能力の単純強化を脅威に思って、大技の「ギルティ・カレス」の一撃をもって憂慮を排除しようとしていた。
「……皇束解除がなけりゃ、死んでたじゃねえか……クソがよ」
自分にか、プリベリオンシュヴァリエにか、笑って悪態をつく。
プリベリオンシュヴァリエの大剣で、強烈な斬撃をまともに直撃させられてしまえば、本来のレッドなら二撃で致死に達していた。だが、皇束解除によるステータス強化が影響して、ギリギリの体力を残すことに成功していた。
とはいえ、彼には不可視な残数値は笑いたくなるほどに極小。圧倒的な弱体化を受けた蛮女の舌打ちでさえ、一音鳴らされたら地に膝をつくくらいの残量。
「フシュー、フシュー、フシュー……」
「クックク……ここからが本番だ。その口閉じさせてやるよ、鎧男」
赤黒の粒子をまとい、電流走る危険な男が高速で駆けた。
プリベリオンシュヴァリエは自らの行動パターンに則って、大盾で体の半分を隠しながら、大剣を軽々しく袈裟に切り下ろす。防御しながらの同時攻撃。
レッドはそれを身じろぎだけで避け、敵の空いた胴体に皇騎士刀を叩き込む。
見た目がより凶悪に、ゲーム的にも強力になった三匹の赤雷蛇も、すかさず追撃を加える。依然、鋼鉄鎧にはキズもヘコみも生まれないが、今の皇騎士十三皇の最大の攻めに対し、鋼騎士王は初めてよろめき、一歩二歩と押される。
「いけェッ! 赤雷蛇どもッ!」
「シャキャァァァァ!!!」
身の素早さは本来、命ゴイでは攻撃頻度にしか適用されない値だが、動いて避けることを覚えた彼の体は、目では捉えきれぬ暴風となって吹き荒れた。
プリベリオンシュヴァリエの攻撃は、レッドの身体を捉えきれず、空を切っては一撃、三匹の赤雷蛇による三撃が加えられ、ダメージが蓄積していく。
プリベリオンシュヴァリエも先ほど、対パーティ戦時に実行頻度を高める「回転斬り」を直撃させたが、そこに皇束解除・弐式の反射ダメージ15%が乗っかった。反射効果はプレイヤー側に存在しない敵専用効果とあり、耐性適用リストからこぼれていたことですり抜け、まとまったダメージとして計上されたのも大きい。
「オラオラオラどうしたオラァッ! 沈むんならさっさと沈めやドン亀ェ!!」
「シャキャァァァァ!!!」
身体速度の圧倒的な向上による後押しで、戦況が一気に傾く。
レッドの一方的な攻勢は止まらず、鋼騎士王の全身鎧を削っていく。
そしてついに、プリベリオンシュヴァリエのHPが半分まで減り。
「フシュー……フガァァアァッッッ!!!」
敵がいななき、広間全体に暗い波動を走らせると。
「……おいおいおい、おい。マジかよ、この野郎……」
レッドの周囲に漂っていた赤黒の粒子が、赤雷蛇が、皇束解除の効果が。
暗い波動に飲まれて、一瞬にして消されていた。
これが、プリベリオンシュヴァリエが嫌われていたポイントの一つ。
硬いうえに、周囲のクソ女たちがうるさいうえに、HPが半分以下になったとき。
相手のすべての強化状態を解除するスキル「暗い波動」の効果だった。
鋼騎士王は状態異常を受けない。ならばと万命の令嬢たちは事前に強化を重ね、一気に押しきる、もとい罵りきる戦法でくるだろうと開発は読んでいた。
そこで暗い波動というスキル打ち消し効果を搭載させ、「蛮女たちにバフの弱みを教えてやる!」という、ちっちゃな反撃をするのが開発陣の狙いだった。
そのせいで、命ゴイでは最終的に「四人パーティで事前に応援(強化)を重ね、戦闘開始直後に万命術スキルツリー『歌唱』の四連打を歌いきり、誰でもどんな敵でもワンターンキル」という無法戦法が生まれてしまったのは置いておいて。
この場において、レッドの強化状態の解除は致命的となった。
「フシュー、フシュー……」
「ッ、ざけんなよ、クズ野郎が……!」
皇束解除による素早さが維持され、赤雷蛇がダメージを加算し続ければ、レッドにも勝機があった。しかし皇束解除は仕様上、一回の戦闘で一度きりの発動。
試合再開とばかりに軽く振られた鋼騎士王の大剣に対し、レッドはすかさず回避を試みるが、先ほどまでのリズムを失った身体は思うようについていかず。
「グゥッ!?!?」
体の動きが遅れてしまった、皇騎士刀を持つ右手首を斬られ。
武器を地面に落とし、勢いで数歩だけ後退したあと……地に膝をついた。
それは皇騎士の戦闘不能を表す、敗北のポーズ。
「ケッ、なっさけねぇ……」
美しい姿勢での静止。立とうとするも、体は指一本すら動かせない。
万令術をかけられる直前、何万回もあがいたから知っている。
そうしていつの間にか、あがくことをやめたのだから。
「フシュー、フシュー、フシュー……」
「碧い波に食われんのもイヤだが、外敵に負けて死ぬってか……」
けれど、あがく。久しぶりに、これまでにないほどに、体の芯から。
必死に、動け、動け、皇騎士と。全身全霊を動員する。
「…………悔いだな、おい」
しかし、地に着いた膝を浮かすことは叶わなかった。
鋼騎士王が歩いて近づいてくる。格式と重厚さを伝えるべく……という思想ではなく、走るモーションが存在しないため、ゆっくりと歩いて接敵してくる。
戦闘不能状態の皇騎士および外騎士への追撃は本来、万令術のみが適用されるが、そのうえで「こいつマジウザかった」とばかりに死体蹴りする万命の令嬢への対応として、戦闘不能中に追撃を加えられると、皇騎士たちは草騎士、赤騎士、鋼騎士たちMOBと同様、その場で姿を消して、特定地点でリスポーンする。
レッドの場合はサッドライク皇城。そこはもう、碧い波の腹のなか。
エネミー同士によるイレギュラーな戦い。万令術など持つわけがないプリベリオンシュヴァリエは、敵の存命と解釈してトドメの一撃を加えるために動いていた。ゆっくりと近づいてくる鋼騎士王。レッドにはその姿が、介錯までの余命を味わわせているように見えて、強者の絶対の余裕に見えて。
唇をかみ切りたくなるほどに、積年を抱く。
なにより、自分のことよりも。
「……せいぜい、テメェだけは見たいもんでも見届けろ、ヘルプヤクの魔女」
プリベリオンシュヴァリエが眼前に立ち止まり、大剣を振り上げる。
「……すまねえ、シーラ皇女。クソガキにゃここまでだったぜ……クソがよ」
高く高く、天からの裁きのような位置から、大剣が振り下ろされ。
「――ウキャ! ウッキャッキャッキャッキャッ!!!」
奇声。背後で、奇怪な笑い声。
地に膝をつき、垂れたこうべで、わずかに鋼騎士王をにらみつけるなか。
見えぬ背後から、奇声。愉快がすぎて壊れているような奇声。
思わず、ゾクッとする背筋。それは不快。怯え。恐怖。畏怖。
レッドの全身は、その声を聞いただけで、氷のように冷たくなった。
「ウッキャッキャッキャッキャッ!!!」
ビクッ。そんな動きは搭載されていないだろうに、プリベリオンシュヴァリエもまた、生態系の捕食者に出くわしたかのように動きを止め、直立不動。
いにしえの鋼騎士王は直後、例外の敵たるレッドを強制的にターゲットから外して非アクティブ状態となり、次いで、本来の敵性体である乱入者を認識する。
「ウッキャッキャッキャッキャッ!!!」
硬く静まる不穏さが空間演出を兼ねた永久鋼土に、似つかわしくないバカ笑い。
壊れた人の声に聞こえるが、それは壊れていないころとなんら違いはない。
「ッ、グッ……クソが、こんな、とこで……クソがよぉぉぉッ……!!!」
背中で聞く声。一生聞きたくなかった奇声。忘れられないバカ笑い。
体が震える。震えが止まらない。
まもなく……ポテポテポテっと。柔らかくかわいらしい足音が近づいてくる。
命を弄んで喜ぶ、イケメンたちの矜持を粉砕する、可憐な死神のスキップ。
レッドは後頭部に凶器を突きつけられた気分で、己の死を覚悟しながら。
徐々に近づいてくる背後からの使者に、上げられぬ顔で、目と耳を凝らす。
「ウッキャッキャッキャッキャッ!!!」
ポテポテポテと、フラフラした足取りで、真横を通りすぎていく者。
少女のような細い両足。履き物は、ぬいぐるみのような橙と黒の虎模様。
見上げると、プリベリオンシュヴァリエは敵対パーティがエリア外に逃げてしまったときと同様の処理を実行し、広間のもといたあたりまで後退してから、新たな敵を見定め直し、こちらに向かって前進していた。重圧感を演出するために震える巨体が、どこか小動物の決死行のように見えてしまう。
先ほどまで強敵感を醸し出していた「フシュー、フシュー、フシュー……」の呼吸音も、今や緊張と恐怖による過呼吸に思えてきてしまう。
それは命ゴイの世界で、皇騎士や外騎士たちだけが共感できること。
状況が一変した。俺は一時的に助かった。助かったが、呼吸ができない。
悪りぃな。この先、絶対、俺が生き延びることはなくなった。あばよ、ナビ。
命乞いも諦めた彼が、急に応援すらしたくなってきた鋼騎士王の前には。
「ウッキャッキャッキャッキャッ!!!」
手足と胸元と臀部だけ、フカフカなトラ柄の着ぐるみのような衣服を身に着け、そこだけならセクシーだが体格的にはナビと同等の小柄さのため子供っぽさが先行していて、それを象徴するかのように元気よくバッサバサに跳ねているオレンジカラーの髪……を無理やり押し込んだ、異物の魚兜。ムルミッロー。
古代ローマの剣闘士が用いたピカピカのゴールドヘルムを被った、見るからに怪しい「頭だけ戦士で、体はセクシー着ぐるみ風の少女」が足を止める。
これまで見てきた壊れた令嬢たちとは違い、表面的な破損はない。生命も感じないが、亡骸ですら虫には食えない強靱な生物とでもいうような威風堂々さ。
最も象徴的なのは、右手に持った斧。
いや、それを斧と呼んでいいのかは怪しい。
ナビよりもちいさな少女が持っているのは、もはや物体。
テキトーに落書きして描いた、いびつに尖ったりした斧っぽいもの。
その大きさはプリベリオンシュヴァリエの大剣と同等のサイズで。
ウキャキャと笑う少女が――壊れた令嬢が、軽々しく持っている斧で。
「ウッキャッキャッキャッキャッ!!!」
対戦よろしくー、とでも言うのか。
少女は一度停止させた足で踏み出し、スキップで鋼騎士王に近づく。
レッドは思わず「クソがッ、逃げろッ……」などと口にしそうになった。
その万命の令嬢は、皇騎士たちにとっては、とっても悲しいことに。
誰よりも出会いたくない最悪な蛮女として、学習指導型AIに記憶されている。
「せ、セッ、うぷっ! ……セプティナ、アット、煌めきエスピィッ……!!!」
暴力的な大きさの斧を軽々しく振るう、虎の着ぐるみ風な魚兜少女。
その名は「セプティナ@煌めきSP」。彼女は万命の令嬢の一人であり。
プレイヤー、キャラクター、運営・開発など、すべてを含めた満場一致で。
命ゴイ最強に君臨し続けた、ジョウジョウキギョウブチョウのご令嬢さまだ。




