最長の最短(30)
「フシュー……」呼吸の圧が、永久鋼土の広間に舞う。
レッドが対峙するプリベリオンシュヴァリエが、彼の身長を優に超える肉厚な大剣を勢いよく振り下ろし、皇国の皇騎士を一刀のもとで切り伏せようとする。
「ケッ! ドン亀の骨董品が、図に乗ってんじゃねえぞッ!」
敵の大振りを軽快な足運びでかわし、鋼鉄備えの腰元をひと突き。
カキンと頼りなく鳴った打突音は、内部的にダメージが計上されているが、彼の目から見たら無傷も同義。すぐさま足元から斬り上がってくる大剣を避けるべく、大仰に跳ねて後退し、巨大な鋼騎士王との距離を取る。
「フシュー、フシュー……」
「ふしゅふしゅ、ふしゅふしゅ、うるせえぞ。口閉じろ」
このレッドの動きは、命ゴイ的にはありえなかった挙動だった。万命の令嬢たちが用いる万命術は基本、距離も可聴も問わず絶対必中の攻撃アクションのため、令嬢たちと対峙する敵は原則、回避行動を取ることがない。そもそも3Dモデルのアクションモーションとしてもインプットされていない動きだった。
これは潜在的ターゲット層「アクションが苦手な人」を考慮したからである。
しかし、レッドは先ほどフィカと戦った。命ゴイではありえないエネミー同士の戦闘。そのときの経験はすぐさま彼の血肉となり、皇騎士十三皇に「回避」という術を見いださせた。もし、フィカと出会っていなければ、相手に気持ちよくなってもらうために攻撃を一身に受ける思考で凝り固まっていたレッドは、プリベリオンシュヴァリエの一撃で、死にはしないものの形勢は決められていた。
そうなっていたらナビも不安がって、先に行くことはなかっただろう。
「……あいつ、ちゃんと先に行けてんだろうな」
いわゆる、ここは俺に任せて先に行け、を実行したレッドであるが。
エンタメのお約束など知りもしない彼には、不安が募る。
もし、ナビが行った先にプリベリオンシュヴァリエのような敵がいたら。
壊れた令嬢ならまだいい。また傷つくだろうが、あいつらなら生きはする。
だが、こいつみたいな鋼騎士ならどうだ。小突かれて即死しかねぇわな。
むざむざと泣きっ面で戻ってくんならいい。けど、それすらできねぇんなら。
「フシュー、フシュー……」
「……だから、お前、ふしゅふしゅうるせえって言ってんだろ、クソがッ!」
早く、一秒でも早くナビと合流しなければ、この心配が解消されることはない。
鋼騎士王の肉厚な大剣が振るわれるたび、大広間には轟音が鳴り響き、避けることを覚えたばかりの青年が危うげに回避しつつ、古びた皇騎士刀で切り返す。
狙いは的確。だが、回避と同時の力が逃げた姿勢での反撃。彼の目には見えないゲームとしてのダメージは発生していても、目に見える外傷はない。
レッドの意識では、攻撃が通じていないようにしか見えない。
「フシューーーッ!!」
「くッ……!」
拳一つの距離。耳元をとおり抜けた大剣の圧力に、身体が揺さぶられる。
剣圧で体幹が流されるところを、とっさに地面を踏みしめて耐えしのぐ。
今となってはもしもの話ではなく、実際に戦闘が行われているが。仮に命ゴイの仕様でレッドとプリベリオンシュヴァリエが戦っていれば、どうなったか。
万命の令嬢にとっては儚い虫か硬い虫かの違いしかなかったが、皇騎士十三皇が血吸いの刀「染め紅」を装備していれば、戦闘時間経過とダメージの応酬による攻撃力0.25倍上昇の恩恵、皇束解除の能力向上により、戦闘が長引けばレッドのほうが優勢だったかもしれない。それも染め紅を持っていればの話だが。
今の彼の得物は、自前のそれではなく、迷宮騎士メイズシュヴァリエが保持していた、ところどころ錆びついていて刃こぼれまで見える、貧相な刀。
武具破壊の概念がないゆえ、真正面から鋼鉄鎧に斬りかかっても折れたり、刃の状態がもっと悪くなったりはしないものの、皇騎士刀は武器固有の効力を有さず、あくまで「持って振って戦えるだけの武器」にしかなり得ない。
プリベリオンシュヴァリエの大剣が、四方八方から高速で振り回される。
筋力も物理も度外視された軽々しいモーションだが、そこは演出としての作り込みがダメなだけで、乗っけられているダメージに差はない。
よくよく見れば、鋼騎士王の太刀筋は種類が豊富なだけで、戦いの学習もなく、斬撃の角度には1ミリほどの違いも存在しないのだが。
対面するレッドからすれば、寸分違わず同じ動きを繰り返せる達人そのものだ。しかして慣れぬ回避でつまずいたとき、無防備な肩口をさらけ出し。
「ぅくッ!」
左肩から左ふくらはぎ。左半身を一刀で切り裂かれる。
重厚な異物が身体に侵入する、表情では表しきれない不快感。
レーティングとターゲット層の問題で破損表現は存在しない。おかげで体は切断されなかったが、万命術の精神ダメージとは違う、肉体的なダメージ。
これもまた先のフィカとの戦いで経験していなければ、未知の感覚に思わず膝を屈していたかもしれない。あのときも実のところ、双方ともに「なッ!? これが剣で斬られる痛み……!?」と初体験に驚いていたのだが。ライバルを前で格好悪い顔をしたくないがために、意地を張ってなんともないフリをしていた。
「……皇束解除ォ……壱式ッ! 吸え、染め紅ィ!」
残りHP80%時、染め紅の強化効果を発動。
あらゆる戦闘ステータスを1.2倍に強化する。さらに。
「……皇束解除ォ……弐式ッ! 浚え、赤雷蛇ァァ!!」
「シャビャァァァァ!!!」
残りHP50%時、レッドの背後に三匹の赤雷蛇が出現。
被撃時に15%の反射ダメージを与え、ステータスも基底値1.3倍へ。
皇束解除・壱式のステータス強化により、レッドのHP上限は引き上がり、残HPを引き延ばす割合回復が行われたが。プリベリオンシュヴァリエの一撃はそれだけにとどまらず、たったの一撃で、彼の生命を半分以下にしていた。
一言で言って、異常なダメージ。
だが、命ゴイでは正常な仕様。
エンドコンテンツとして、大型アップデート案件の最後に開発された永久鋼土および鋼騎士たちは、既存のMOBとは別の設計思想が採用されている。
外騎士も含めた皇騎士たちは、戦闘パラメータを盛って攻略深度を上下させるレベルデザインだが、鋼騎士はパラメータとは別軸に「攻撃ダメージ40%貫通」「被撃ダメージ60%カット」などの特性で数値に干渉し、万命の令嬢たちがどれだけ強くなっても「最低限は戦いになるはず……」と願いを込められ設計された。
要は、構造のダメさを細部ではなく、大ざっぱに整えて担保しようとした。
それらの特性が数値以上に悪く作用しているのが、今の劣勢の理由だ。
ついでに、レッドの物理防御力はそれほど高くはない。
実のところフィカとの戦いでも影響していたが、精神攻撃主体の命ゴイにおいては意味の薄い物理防御力、すなわち「女性デザイナーが勝手に決めた男らしさ値」で、レッドはかなり低く見積もられていた。それこそ、パティシュヴァリエや貧弱なナビが泡立て器でバシバシ叩いてもHPが減少するほどに。
その理由はひとえに「悪ぶってるカッコつけで、実は男らしい正義漢だけど、ここぞというときに弱々しいのがグッとくるよね!」というもの。
これに反対する女性デザイナーもいたが、あるだけで意義のない数値にして、性癖や嗜好を表に出さざるを得ない命ゴイの開発環境で新たに生まれた女同士の派閥関係もあり、多数派に押しきられた。女性向けコンテンツの制作現場というのは、目で笑わない鬼と鬼とがトゲこん棒で心を砕き合うコロシアムだった。
「フシュー、フシュー……」
「……ケッ、デカブツが。いい気になってんじゃねえぞ、コラ」
己に発破をかけようと、語気を強めてイキがる。
レッドは痛感している。あと一撃でもまともに受ければ、死だと。
染め紅の特性を生かせぬまま、皇束解除の強化だけでプリベリオンシュヴァリエに斬りかかる。八相の構えからの二段突きは大盾に防がれ、横薙ぎに飛んでくる大剣を身を屈めてやりすごし、ガラ空きになった脇の下を水平斬りで殴打。
バキッと鳴る音は、硬い鋼鉄鎧を響かせた音であったが、レッドは皇騎士刀が折れてしまったのかと一瞬ヒヤッとした。ボロボロの刃は健在だった。
「シャビャァァァァ!!!」
背中に浮かぶ、三匹の赤雷蛇たちも加勢。
鋼騎士王の胸元の鎧表面に食らいつくが。
噛みつくこともできず、跳ね返されてしまう。
レッドは戦闘開始後、プリベリオンシュヴァリエに何度も斬撃と殴打を繰り返してきたが、劣悪な武器に依存した攻撃パラメータのうえ、相手のダメージカット特性も悪く作用し、相手の鎧にはキズ一つ付けられていない。仕方ないのだ。
これは想定されていない組み合わせによる戦い。いかにバランスが悪かろうと、消費者が介在しなければ修正対象ではないし、それをする人はもういない。
絶望的な状況。それでも赤髪の侍騎士は諦めずに。
斬る。避ける。突く。飛ぶ。逃げる。
肉迫する。回避する。叩く叩く斬る。逃げる。
近づく。揺れる。冷や汗。斬る斬る。
避ける。赤雷蛇、赤雷蛇、赤雷蛇。距離を取る。
ゲームのくびきから解き放たれ、これまでの戦いのなかで研鑽を重ねてきた。
それでも成長の途上。単純な格上の暴力は、容易に上回ってくる。
「フシューーー!」
「グハッ!?」
避けきれなかった。プリベリオンシュヴァリエが両手で大剣を握り、全周囲に振り回す、初めて見る攻撃。己の胴体が真っ二つにされた感覚を味わう。
「…………皇束解除ォ……終式ッ! 嗤え、紅血吸ゥゥゥ!!!」
そして彼は、最後の皇束を解除する。




