最長の最短(29)
「フシュー、フシュー、フシュー……」
「んだよコイツ、腹ん中で鉄でも焼いてんのか……?」
悪態をつきながらも、レッドは最大の警戒で古びた皇騎士刀を握る。
永久鋼土の奥地、広間の出口通路の近くから出現したのは、命ゴイにおいて最強と名高いエネミー「いにしえの鋼騎士王、プリベリオンシュヴァリエ」。
万命の令嬢いわく、強さ五位のレッド、四位のフィカ、三位のクヴァルスを上回る、堂々の二位。まさにエンドコンテンツにふさわしいエネミーである。
「……レッド、ここは退きましょう」
「……ぁん?」
ナビの提案に、レッドは反射的に反感を覚えるが。
少し先にいる、今にも襲いかかってきそうな敵からは目を離さない。
「プリベリオンシュヴァリエは、万命の令嬢の皆さまでも苦戦するとグチグチおっしゃられていたほどの強敵です。ここはいったん……退きましょう」
二本角ヘルムが厳めしい、身長2メートルを超える全身鋼鉄鎧の巨漢騎士。
高さも厚みの人のそれではない、人外のモンスターだ。
その戦法もいたってシンプル。左手の大盾で万命術のダメージを大幅にカットして、右手の大剣で特殊な効果もない大ダメージを与えてくるだけ。
状態異常の類いはいっさい効かず、持ち前の能力だけでダメージレースを繰り広げなくてはならない相手とあって、「よーしボスと戦うぞー」という気分のときはうってつけの相手である……が、そこは蛮女。
強いとはいえ、彼女たちにとって皇騎士や外騎士が「万令術遊び」の対象とすれば、いにしえの鋼騎士王は「素材収集」の対象。
永久鋼土で、最も高乱数のドロップアイテムを期待できるという点が軸であり、強さも認めてもいるが、倒すこと自体に問題はない。
しかし、エンドコンテンツのダンジョンの一箇所にしか湧かず、ゲーム内時間で一時間に一体しか湧かず、横殴りや押し合い、へし合いも通じず、運任せの抽選でターゲティングしてもらったパーティだけしか戦えず、戦闘がダラダラと長引きがちという都合上、バトルの行く末がもたついた途端、悪魔たちが加勢する。
それは周囲で座って待っている、同業のドS女たちであり。
『ちょっとぉ~? 次が詰まってんですけどぉ~? 今日は便秘かなぁ~?』
『あのさあ、"足りない"人はもう少し考えてやらないとさあ、迷惑って分かる?』
『ほらほらほら! もっと声張り上げてー! プリベリくんに届いてないよー!』
『うっせえ! 外野のおメェらは黙って死んどけや!!』
『ハー!? なにガチギレてるわけ!? てめェらがさっさと死ねや!!』
一斉口撃から、気付けばプリベリくんほったらかしで全面戦争が勃発。
従来的なMMORPGが廃れた近年。黎明期に培われたパーティマナーなど、ゲームをあまり遊んでこなかった者が多数派な命ゴイには引き継がれていない。
さらに、命ゴイという奇特なタイトルで、愚痴りながらもエンドコンテンツまでやってこられるのは、攻略以外の面白さを感じてきた者たちが大半だ。
プリベリオンシュヴァリエは段階強化を備え、皇騎士や外騎士よりもたしかに強いが、それ以上に「同業者らがライブ感でガヤを入れてきて、自分らが万命術を受けている気分になる」という点がそれまでにない最大のネックとなった。
オープンエリアでの皇騎士いじめは、見ている側もエンタメだから問題はない。七皇リオスのように一瞬でダンゴムシにできる高回転率であれば、彼女らとて和気あいあいとしたに違いないが。鋼騎士王戦は、コンビニの長蛇列のレジ前でもたもたしている者をじっくりと待たないといけない構図に似ており。
結果、バトル終盤にもなると、渦中のパーティメンバーはストレスにより。
『死ね死ね死ね! あんたらもまとめて死ね! うざい死ね!』
『まーじ最悪。お前ら、二十分後にリアル頭割ってやるから住所言いな』
『もういい加減黙ってよー。クソ女すぎて、ほんとコロしたーい』
『ギャッハッハ!』『ゲキおことかーww』『とろくせーんだよバーカww』
などと、万命術に込めるべき祈りを明後日の方向へと向けてしまい。
気付けば、その流れ弾でプリベリオンシュヴァリエくんは亡くなっている。
鋼騎士王戦は、こういった外野が性格も性質も折り紙つきでタチが悪いとあり、命ゴイ番付では最低最悪の添え物たちに対する皮肉を込めて、強さランキングの第二位にまで繰り上がった。命ゴイの民度は、非常に先鋭的なのだ。
「フシュー、フシュー、フシュー……」
当の鋼騎士王は、学習指導型AIを持たないMOB系統のボスエネミーだ。
全身鎧の下にイケメン顔が隠れているかも不明なモンスターであるが。
もし以前の記憶があったら、今の世界破滅を手助けしていたに違いない。
「アホか。ここで退いてどうする。戻ったところで碧い波で食われるだけだ」
「それでも……戦うのは危険すぎます」
「テメェ、まさか、皇騎士十三皇の実力をなめてんのか?」
「ええ、それはもう存分に」
「ケッ、クソがよ」
背後に控えているナビが、ジリジリと下がっていく気配を感じつつも、レッドは思案する。ヘルプヤクの魔女は対エネミー戦では役に立たない。
もし一撃でもくらえば、即座に死にかねないだろう。実際、その場面を見ていなくても、これまでの貧弱っぷりを見ていれば想像はたやすい。
かといってだ。もはや、この場から退いてどうなるものでもない。
時間を置いて再訪問したところで、脇を駆け抜けられるのだろうか?
無理だ。ナビの足では到底振りきれない。抱えて走るにもリスクが大きい。
近づいてくる強敵は、それほど濃密なプレッシャーを放っている。
だからレッドは、皇騎士十三皇として、最善の決断を選び取る。
「行けよ」
「ハ?」
「コイツは俺の相手だ。だからナビ、テメェは先に行ってろ」
「なにを、そんなことすれば、あなた……」
彼女がためらった瞬間。
「おいおいおい、おい! クックク、笑わせんなよ?」
皇騎士刀を一振り。切っ先を鋼騎士王へ向けると。
レッドは駆け出し、瞬く間にプリベリオンシュヴァリエを斬りつけた。
敵は左手の大盾を掲げ、斬撃を難なく受け止めたが。
顔の見えないヘルムが、レッドただ一人を狙い定めてターゲットする。
「おら邪魔だッ! とっとと行けッ! ヘルプヤクの魔女ッッ!!!」
「で、ですがっ」
これは、レッドなりの冥土の土産だ。
「テメェの手で切り開いた、テメェの足で向かってきた、旅の終着を見てこい!」
プリベリオンシュヴァリエが大剣を振りかざし、レッドの赤髪を頭上から斬りつけると、彼は白いマントと漆黒の侍袴を優雅に翻し、紙一重で回避する。
「我こそは皇騎士が十三皇! レッド=フォン=プリンシュヴァリエだッ!」
見得を切るように構えたレッドの背中には、覚悟があった。
それを見た瞬間、聡明なナビの頭が、はじまりの一歩を思い出す。
『……行きなさい、ナビ。この先はきっと、メチャデカ楽しいのですから』
足は遅い。でも走る。黒絹のローブをバサバサと揺らし、プリベリオンシュヴァリエの右手側を迂回して走る。戦闘の勘がないゆえ、敵の間合いに少しだけ踏み込んでしまっているが、鋼騎士王は銀髪の黒魔女には意も介さず、敵対者たる赤髪の侍騎士を見定めている。緊迫感に反した、間の抜けた十数秒がすぎると。
「レッドっ! この先で待ってますっ! 絶対に生きて来なさいっ!!」
無事、広間の出口へとたどり着いたナビが、振り向いて一言。
「もしこなかったら、メチャデカ怒りますからねっっ!!!」
そうして彼女は、銀色の一本髪を乱しながら永久鋼土の奥に消えていった。
「ケッ……俺もヤキがまわったもんだぜ。ったくよ」
「フシュー、フシュー……」
「クックク、おめえも案外一途だな。格好つけさせてもらって助かるぜ、おい」
プリベリオンシュヴァリエがナビに手を出さなかったのは、システム的に明白だ。彼は「最初にターゲットしたプレイヤーならびにパーティ」にのみアクティブとなり、相手を戦闘不能にするまで、オープンエリア内だろうと外部への手出しはせず、外部からの手出しもいっさい受け付けない設計となっている。
システム上、プレイヤー機能を使えないナビとレッドはパーティではなく、あくまで単独のキャラクターが二人並んでいただけのため、彼が手出しをした時点で、プリベリオンシュヴァリエが彼女を襲うことはありえなかった。
「フシュー、フシュー、フシュー……」
全身鋼鉄の鎧が、固い地面を踏み鳴らす。
レッドのそれとは比にならない、重厚で重量のある音。
「――俺にとっちゃな、蛮女どもは殲滅すべき敵で、この世に害をなす悪だ」
スッと、皇騎士刀を顔の横に上げて、八相に構える。
「けどよ、蛮女にも家族が……蛮女のことを、家族と思うやつがいるとはな」
金色の両目を鋭く細め、己が死地を見極める。
「クックク……ここで女に意地見せなきゃ、そいつぁ皇騎士じゃねえわな」
これが誠実な青年による、ちいさな魔女への謝罪。
「フシュー、フシュー……」
「おら、こいよ。命かけてこい。ここが俺とお前の終点だ、クソがよッ!!」




