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サ終世界から逃げ魔女っ!  作者: 手遊花
■命ゴイ編
31/81

最長の最短(28)

 自分の無言で圧力をかけて、相手の無言に気圧されて。

 二人は追放棄路の森林から先、まるでターン制のような攻防を続けてきた。

 どうにも壊れた令嬢が絡むと、コミュニケーションが円滑にならない。


「おい、この先はどっちの道だ」

「こちらで」

「ケッ」

「…………」


 いろんな意味でかわいがられるためだけに特化して学習を繰り返してきた二人の思考は、未熟なところも多い。とくに、こういう、仲直りが必要なときは。


 幸いしたのは、永久鋼土内で鋼騎士と遭遇せぬまま進めていることだ。

 ときおり、こうして分かれ道に出会うが、しばらく進むと広間に出て、分岐した道の合流地点と横並びになることで、迷う構造ではないと分かってくる。


 そのため、ひたすら黙々と歩くはめになる。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 永久鋼土は暗い色調だが、内部は例にもれず、光源もないのに明るい。

 けれども重苦しい空気はなかなか払拭されず、黙々と歩くだけ。


 レッドとて世界がこうなってしまい、碧い波に己が身をさらわれるのも残すところあとわずかとなってきた現在。ナビの護衛とは別に、急に現れた天塔はなんなのか。サッドライク大陸の異変を自ら見届けたいと思いはじめていた。


 とくにフィカとの別れ際、ナビが口にしていた。

『サッドライク大陸を回復するなんらかの手立てが隠されているかもしれません』


 あそこに、運命を変えられるほどのなにかがあるとは期待していないが。

 あそこに、運命を変えてしまったなにかがあるのなら破壊してやりたい。


 そして自分たちが動く音しか聞こえない、静かで不穏な洞窟をひたすら歩んだ。新たな分かれ道では相談すらせず、勝手にレッドが進み、ナビが後ろを追う。

 その先も変わらぬ風景が広がる――のであれば、どれだけよかったか。


「止まれ」

「……ハイ」

 群青壁と宝玉がきらめく、永久鋼土の通路の先に。


「――――」「――――」「――――」

「――――」「――――」

「――――」「――――」「――――」「――――」


 十人を超えるだろうか。

 狭い通路で、壊れた令嬢たちがうろついていた。


 入口の前にいた者たちと比べると、ここにいる壊れた令嬢たちは奇妙な声を張り上げる者もおらず、空間の雰囲気にお似合いな、しっとり静かな動き。

 それが逆に底気味悪いこともある。


 身を隠す遮蔽物が存在しない開けた通路とあって、壊れた令嬢たちはレッドとナビの存在にすぐに気づき、一斉に視線を向けてくる。

 しかし、見つめられているのはナビだけだった。昔ならレッドも喜べたが、敵をなるべく自分に引きつけたい今の彼は「ヘルプヤクの魔女にゃ、蛮女どもを引きつける特殊なフェロモンでもあんのかよ……」多少なりとも自信をなくす。


 十を超える壊れた令嬢たち。走る者はおらず、誘蛾灯にいざなわれるかのように、フラフラとゆっくりとした動きで、二人に近づいてくる。


「この密度だ。テメェのどんくささじゃ、足でも引っかけて終わりだな」

「……ですね」

「止めるほうの万命令じゃねえ。最初にやったほうだ。消すほうをやれ」

「っ、それは」

「じゃなきゃ、ここが処刑場だ。分かってんだろ? あぁん?」


 永久鋼土の入口のときのように、イフ・ケイク・トゥで相手の足を止めたところで、この先の狭い通路ではすり抜けることは不可能に近い。

 それでもナビは、ゆっくりと、着実に近づいてくる壊れた令嬢たちを目で追いながら、両目をギュッと閉じて、唇を固く結び、感情を整理する。


「ッ、おい! クソ魔女! テメェさっきからウダウダやってんじゃ」

「――イフ・ケイク・ワン(もし、あなたがガトーショコラなら……)」


 レッドが横やりを入れる直前、ナビが一歩前に出て、万命令を口にした。

 そのちいさな背中に対して、彼がホッと一安心するなか。


 ヘルプヤクの魔女は、呪文ではなく、言葉を続けた。


「彼女たち、万命の令嬢の皆さまは、私の知らない世界からやってきました」

 少しずつ、少しずつ、表情のない壊れた令嬢が迫ってくる。


「令嬢の皆さまは、好奇心ゆえに落ち着かぬ子であり、悩みを打ち明けてくる友であり、いつもイタズラばかりしてくる妹であり、私の着せ替えに夢中になる姉であり……たった一人で、孤独の暗がりでたゆたっていた私に、騒がしくも愛しき日々を与えてくれた母たちです。みな、親を知らぬ私に、この世に居場所がない私に、存在する意味と、生きる楽しさを与えてくれた、大切な人たちです」


 レッドが深く息をのんだのは、彼女に迫る、壊れた令嬢たちのせいではない。


「私や彼女たちが、あなたがた皇騎士にうとまれていることはイヤというほど分かります。それも令嬢の皆さまが悪いのだと分かっています。それでも……レッド、あなたがほかの皇騎士や外騎士を思い、サッドライク皇城に住まう皇国民を思い、大陸を懸命に走り回ったのと同じ。どんなになっても、助けたかったんですよね? それは私も同じ。私にとって、彼女たちをその場に縛ることは、存在すら消し去ることは、耐えがたい自傷に等しい。このまま消えゆく世界だとしても、もしこの世が救われたとしても、消せない罪科の痛みで、死んでしまいたくなる」


 壊れた令嬢たちが、ナビの目の前に迫っている。

 言葉を発せなかったレッドは、代わりに腕を伸ばそうとする。

 彼女は、背後の彼に振り向いて、悲しそうな笑みを浮かべて、言った。


「あなたなら、皇騎士を、皇国民を、皇女を――その口で消せますか?」

 伸ばされた手から逃れるように、前に向き直った彼女は。

 静謐に、口を開いて。


「【魔女は答えなかった】」

 まるで魔法のように、目の前にいた壊れた令嬢たちを、跡形もなく消し去った。


 溶けることもなく、解けることもなく、瞬きよりも一瞬で、パッと。

 ナビの眼前に迫っていたはずの壊れた令嬢たちがかき消えた。

 そして永久鋼土の通路が、シンと、足音もしない静けさを取り戻す。


 彼女のイフ・ケイク・ワンが相手に届いたのは、これで四回目。

 一度目は、隠れ家の周辺を消滅させて歩いていた、壊れた令嬢に。

 二度目は、明るいあいさつを繰り返すだけだった、壊れた令嬢たちに。

 三度目は、フィカを襲おうとしていた、ボーパルミチカ@MutiUti新宿店勤務に。

 四度目は、たった今。顔も名も全員覚えている、愛しき令嬢たちに。


「ナ、ナビ……俺は、なんだ、その……ッッ~~」

 先ほどの質問に、レッドは弁明しようと口を開くが、声が続かない。

 ナビに言うべき言葉がなにも見つからない。


 皇騎士にとっては諸悪の根源である、ヘルプヤクの魔女。

 皇国民にとっては万命の令嬢は知るも、存在すら知られぬ魔女。

 蛮女が憎い。七皇リオスへの残虐行為をはじめ、自分たち皇騎士を苦しめた。


 けれど蛮女は、暗い森で、一人ぼっちで生きてきた、ナビの唯一の家族で。

 レッドにとっての皇騎士で、口では悪く言うが外騎士で、守るべき皇国民で。

 救いたかったと願い続ける皇女で。そういった助けたい者たちであった。

 それがたとえ、壊れてしまった今でも。


 壊れた万命の令嬢たちは、ナビが救いたい、この世のすべてだった。


「…………」

「さあ、行きましょう。レッド」

「……ぁあ」

 表情も感情も見えない、先を行くナビにあいまいな返事をする。

 今だけは、顔を見られたくないのは、二人とも同じだった。


 開けた通路を並んで歩く。ともに視線は左右に振らず、意固地なまでに前だけを見つめている。無理やり動かしているだけの両足には冒険の楽しさなどかけらも宿っておらず、いっそ壊れた令嬢たちと同じ、意思もなく動かしている。


 まもなく通路が開けると、大広間に出た。右手側には来た道とは別の通路。

 今回の分かれ道も、どっちを進んでも合流地点は一緒のようだった。


 レッドは思わず、なにも言わずにこちら側の道を選んでしまったことに、向けるあてのない恨みを抱く。もしかしたら、むこうの道には壊れた令嬢たちがいなかったかもしれない。道を選ぶとき、気まずさから意地を張っていないで、ナビに了承させてから進んでいれば、肩の重荷が半分にできていたかもしれない。


 碧い波が後ろから確実に迫ってきている現状、道を引き返すのだけは明確な下策と言えるが。今ではそれとて選択肢に入れればと思いたくなるほど、先ほどの彼女の独白に、考えなしであった自分の軽薄さに、心が痛めつけられている。

 そうやって感傷に浸っていられる時間も、そう長くは与えられず。


「フシュー、フシュー、フシュー……」

 前方から、圧縮された蒸気を吐き出すような、重圧感のある呼吸音。


 永久鋼土の群青色にまぎれていたせいか。あるいは神経が鈍っていたのか。

 広間の先、進路と思わしき通路の脇。壁面に立つ人型にようやく気付く。


「……おいおい、おい。んだよ、こいつぁ……」

「っ!? あれは……たぶん、おそらく、ですが」

「……もったいぶんな。さっさと言え」


 蒸気のような異音を鳴らしながら徐々に近づいてくる、友好的には見えない存在は。全身、永久鋼土の群青色よりも深い、黒色に数滴の青を垂らしたような色合いのフルアーマーを着込んでいる、巨体の人外騎士であった。


 鎧の造形は無骨ながらも野暮ったさはなく、むしろ男の子が好きそうな現代的なロボットのスタイリッシュさを感じられる。身長は、ナビを見下ろせるレッドをはるかに上回る、2メートルとさらに数十センチほどの差に映る。


 頭部には、両脇から後方に向かって二本角が飛び出た、フルヘルム。

 左手には、巨体の半分を覆い隠せてしまいそうな、重厚な大盾。

 右手には、刃と柄を合わせると身長大の長さになる、肉厚の大剣。

 背中には、ボロボロに朽ちて丈もすり切れた、真っ黒なマント。


「あれは――いにしえの鋼騎士王、プリベリオンシュヴァリエです」


 ナビは、細々と消えゆく、期待が途切れたような声で。

 命ゴイにおける、世界最強のエネミーの名を呼んだ。


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