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サ終世界から逃げ魔女っ!  作者: 手遊花
■命ゴイ編
27/81

最長の最短(24)

 目を伏せ、感情を隠し、ナビが森の切れ目に隠れていた男たちに向き直る。

 表情は瞬時に切り替えたもの。口角が若干上がった、絶妙なイヤらしさ。

 美少女に該当する黒魔女のあからさまな、上から目線のニヤケ顔だ。


「外騎士二皇、これでも言いがかりをおつけになられますか」

「……どうなってる。ヘルプヤクの魔女、この蛮女どもが動くことはないのか」

「ええ、これからはもう……令嬢の皆さまが、動くことはありません」

「本当か?」

「ぷぷっ。あら、見かけによらず小心なんですか? かわいらしいのですね」

「ッ、ほざくな蛮女め」


 威を示すようにフィカが街道に出て、恐る恐る十字架蛮女に近づく。この状態でも触れれば消滅させられるとは知らないが、もとより触れるつもりはない。


「たしかに、僕は小心者だ。蛮女を見ていると、憎たらしいが恐れが消えない」

「ケッ、んなの俺だって同じだ。なにが十三神の御巫だ。蛮女はリオスを殺した」

「……リオスはイイやつだったね。生きていれば、大きな皇騎士になっていた」

「……道を外れたヤツに同意すんのは癪だがな……ッ、クソがよ」


 十字架姿勢の不動な美女たちを前に、しみじみと慰め合う男たち。

 ナビからすれば万命の令嬢は尊敬の対象であるため、誠に遺憾だが。

 そういう気持ちを真っ向から口に出し、反論しようとする前に。


 フィカがちいさく、独白する。


「でも僕たちは、サッドライク皇国の騎士たちは、万命の令嬢を心の底から嫌うことなどできない。どれだけ憎んでも、疎んでも、わずかに、ほんのわずかに……彼女たちを愛しく想ってしまう心の残滓が、菌糸のように芽生えて消えることはない。万命術は、万令術は、僕らの尊厳を破壊する拷問で、消えない呪いだ」


 在りし日のせつなさを反芻するような弱々しい声。ナビも口を閉じる。フィカの隣でも、毛嫌いするように顔を背けるが、反論できないレッドが唇を噛んだ。


 皇騎士ならびに外騎士、いわば学習指導型AIを搭載されたメインキャラクターたちは万命術により、それはもう人格が穢れているとしか言いようのない汚言で打ちのめされ、戦闘不能になったあと、「万令術」により本命の屈辱を浴びる。


 万令術とは「口でしか抵抗できなくなった皇騎士に、命ゴイの公序良俗に則った範疇で、あれしろこれしろと命令できる蠱惑のおしおきタイム」である。

 行為は、片膝ついて倒れた相手を前にするとポップアップするコマンドから実行できる。パーティ中は多対一、もしくはリーダーのみ参加を選択可能。


 実行場所は、オープンおよびクローズドを問わない戦闘地点のその場。あるいはサッドライク皇城のグッディフル・パレス周辺にある、パブリックエリアもとい公開処刑場「万令広場」。城下街東側の秋煙りの煙突街にある、単独プレイヤーしか入れないクローズドルーム「令嬢の隠し宿」のいずれかから選ぶ。


 場所を選んだあとは、パーティの面々の眼前だろうと、不特定多数の人目が多い万令広場だろうと、あとはゲームスキルがいっさい関与しない、プレイヤー当人の口調と振る舞いだけを武器に「ねえ、お願い。地面にはいつくばって謝罪して。さっき私のこと武器で叩いたよね? だったら謝らないとダメだよね?」などと、本当に悪いやつは一人もいないイケメンたちに五分間の命令を強いる。


『くぅっ! 皇騎士二皇のこの私に、地に這いつくばれというのか……くっ』

『……分かった。君の言うとおりにする。だからほかの者たちには……』

『このようなっ、このような屈辱っ! 決して許しはせっ……アッ!』


 万令術を行うことの快感については、個人差もあるため解説のしようはないが。命ゴイにおけるすべての対皇騎士戦闘、ないしゲームプレイの最大目的は「万令術で好き勝手サドる」ためのもので、ゆえに皇騎士たちはボコされた。

 それが命ゴイが掲げるコンセプトで、プレイヤーに楽しんでほしい最大の魅力であっただけに、開発・運営側も一方的なゲームバランスの均一化を図ることなく、「こうなったもんは仕方ないから、とりま快感優先で」と舵を取った。


 なかでも万令広場での公開処刑は、訪れた見学者たちからの匿名ボタンによりポイントが加算されていく、シーズンランキング対応の可視型の評価ゲージ「いいわねボルテージ」を稼ぐ楽しみがあり、万命の令嬢たちを熱くさせた。


 サービス当初の人気戦略は、レギュレーション限界の「上半身だけ裸」をデフォルトとし、片膝つかせて見上げさせて思ってもいない永遠の忠誠を無理やり口にさせる、噴水のなかで濡れさせて惨めに正座させる、寝転ばせて犬のように腹を出させて羞恥に染めるなど、キメのワンショットな見せ物が強かった。

 しかし徐々に、万令術の終始のやり取りを評価する「ドラマ型」、皇騎士を添え物に別のことをする「エンタメ型」、皇騎士がどこまでどんな反応を見せるのかを見学者と勉強し合う「ストイック型」など、トレンドが隆盛しはじめる。


 シーズンランキングの主力となったドラマ型の代表例は、万令術中にやり取りが甘いとやられてしまう、皇騎士のただ一つのカウンター手段「抱き返し」を序盤に発生させ、戦いに負けたくせに攻め返しでドヤ顔をさらしているイケメン騎士、という構図をスタート地点としてプライドを削り取っていく演目プランだ。

 脚本のように起承転結のストーリー性があること、また五分間の小芝居とあって演者の個性が出ることが、闇に住むホンモノたちの競争心を煽り立てた。


 一方でエンタメ型では、皇騎士を座椅子にしてのパーティ雑談。皇騎士を完全無視してドレスやアクセサリーの制作をし、良品の乱数値が出るかどうかを見せていくだけのガチャ配信じみた仕立てショー。リプレイ保存される仕組みを利用して、とりあえず誰でもいいからボコって掲示板代わりにお騎士見のスケジュールなどをアップロードするコミュニティ連絡公演など、暇つぶしの小粒がそろう。

 とくに、リプレイはゲーム内でのみ再生可能な仕様で、万命の令嬢たち自身も「私らは全員、閉じたコミュニティの一員だから」という意識のもと、性癖や嗜好に口出ししなければみんな友人という共感覚から、交流の促進も担っていた。


 最後にストイック型に関しては、万令術の攻略法の共有掲示板であった。

 万令術中の発言は、システム外のリアル人間力が頼りのため、どんな口調が効果的か、どんな態度だと服従をもっと煽れるかなど、NPCの対イケメンに関する堅実な技術共有が行われ、結果、なかには女優として開花したものもいる。


 万令術は、命ゴイが最も大きなセールスポイントとして打ち立てていたもので、万命の令嬢たちが命ゴイというゲームに求めていたものだ。

 おかげで、ゲーム内のそこかしこで見られたおぞましき公開羞恥刑の数々は、心のすさんだ一部現代女性たちに粘ついた笑顔を取り戻させた。


 他方で、プレイヤー本人しか入れず、記録もされず、運営側も絶対にアクセスしないと規約で規定して、プレイ中は一時領域でデータを生成、終了後は即時二重のデータ消去が行われるクローズドルーム「令嬢の隠し宿」でのサディスティックな行為については、プレイヤー全員の共通見解として”隠し宿でなにをしているのかは、言うのも尋ねるのも禁句”という暗黙の了解が敷かれた。

 ときおり漏れ出てしまう個人の感想や、他者に同意を求めたい者によるコメントのなかには、散々いたぶったあげく最後に皇騎士に抱き返させてキス距離でラストという乙女なものから、どういう生活をしていればそんな発想にたどり着けるのかという真性なものまで、チラホラ見聞きすることはできたのだが。


 要するに、命ゴイというゲームの最大の失敗は、ここにあった。

 本作最大の魅力である、隠し宿での人それぞれの乙女の秘めごと。

 それを誰も、口コミの材料にしたくなかったのだ。


 このゲームはサディスティック恋愛オンラインRPGを冠している。だが、本題のサディズムに関しては表面上、万命術による戦闘風景、万令術による公開処刑の印象が先立ち、「NPCをいじめたいだけの、ただのストレス発散の場」に見えてしまう。それも間違いではない。それを楽しんでいた者もいる。

 ただ、うぇ先生のような極少数のゲーム優先な万命の令嬢らをのぞけば、本作の経験者の大多数は、自分だけしか知らない、口外したくもない、自分だけの皇騎士との秘密のコミュニケーションを、記録に残らない隠し宿に秘めている。


 命ゴイは登場以降、表向きのキャッチーさで騒がれ、万命の令嬢たちの罵詈雑言が笑いを生み、サービスとしてはパッとしないまま沈んだが。

 ゲームを最後まで遊び続けたプレイヤーの多くはきっと、誰にも言わないと誓い合える、隠し事を知らなくても笑い合える、知られても笑われないと信じ合える、一言も話したことがない相手でも仲間と言える気がした、自分たち万命の令嬢たちのことを大事に思っている。不健全で発散しづらい嗜好を気楽にぶつけられた命ゴイのことを、サービスが終了した今でも、大切に思っている。


 その被害を、一分の隙もなく全身でこうむった皇騎士たちでさえも。


「僕らは、身が引き裂かれそうなほど万命の令嬢を憎悪しても、あの美しい声が、この耳に届けば、愛する気持ちを抑えられない。十三神がそう作ったからだ。僕たち外騎士は、皇騎士は、世界が終わっても……ずっと彼女たちの奴隷だ」


 彼らの学習指導型AIに課せられた、絶対に侵害されない大原則の禁則。

 プレイヤーに、万命の令嬢たちに、いつどこでなにをされようと。

 いつまでもずっと、ずっと、笑顔の乙女たちに恋するイケメンたれ。


 十字架蛮女に触れようとしていたフィカの指先が、ピクンと止まり。

 未練を感じさせるようなためらいのなか、静かに下ろされる。


 それは諦観か、抵抗か。もしくは自嘲だったのかもしれないが。

 悲しそうに笑ったフィカの独白を、微笑の令嬢たちは無音で受け止めた。


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