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サ終世界から逃げ魔女っ!  作者: 手遊花
■命ゴイ編
26/81

最長の最短(23)

 皇国の守護者たる皇騎士十三皇と、蛮女を統べるヘルプヤクの魔女。

 それがなぜ一緒にいる。フィカの詰問を受けた二人は。


「そ、それは……なんつーか、いや俺も最初は、いやそれはよくて、なんだぁ」

 頼りないレッドの吃音をよそに。


「私が頼みました。死にゆくこの世界で、彼に旅の護衛を頼みたいと」

 魔女と皇騎士が一緒にいる理由を、ナビが整然と告げる。


「ほう。護衛か。となると魔女、キミも今では蛮女の敵となったのか?」

「私にとって万命の令嬢は敵ではありません……今はただ、もう、こうなだけで」


 プレイヤーの魂が消えた万命の令嬢たちは現状、NPCよりもNPCらしく、ただのオブジェクトデータに近い存在として、命ゴイの世界で暴れている。

 毎日のにぎやかなコミュニケーションも、ドSないじめっ子の振る舞いもない。彼女らに自我や意思がないことは、三人もとっくに理解している。


「ならば、なんのための護衛だ。こうして僕らを巡り合わせ、世界の終わりに皇騎士も外騎士も、すべての外敵をキレイにする清浄な思想にでも駆られたか」

 語気が強まる。これこそが、フィカが最も疑っていたことだ。


 このまま世界が終われば、レッドもフィカもきっと顔を合わせなかった。

 合わせずに済んだ。合わせたからこうなった。

 だからこそ、僕らを導き合わせ、戦わせるつもりだったのかという憤り。


 外騎士と皇騎士は敵対している。だが、命ゴイの正常なゲームプレイにおいて、彼らイケメン同士が戦い合うことは物語的にもシステム的にもない。

 大型アップデート後のストーリー展開の大半は、イケメン同士が口喧嘩でイチャコラしているところに、万命の令嬢が帝王のごとき言葉の暴力で横やりを入れる構図だ。先ほどのような本気の殺し合いなど、彼らには記憶も体験もない。

 ストーリーのフィナーレ前後の展開を踏まえても、このゲームにおいて騎士同士が戦闘することは仮定すらされていないのだ。


 転機を迎える物語ラスト付近の情報、「皇騎士一皇ディアルスが十三神を呼び出そうとした」「外騎士一皇クヴァルスが実な無罪だった」といった記憶にせよ、プレイヤーごとのストーリー進行内限定で一時的に情報を付加されるだけで、通常時に出会うときは知らないフリどころか、事実を丸ごとを知らない。


 これらの仕組みは、ストーリークリア後に彼らにラスト展開などについて話しかけたり、万命術のネタにしようとしたりしても、知らない記憶のため汎用セリフでしか反応を示さないという、ネタバレ防止の意図で設けられたものだ。

 逆に、普段は緻密なほどさまざまな反応を表してくれる学習指導型AIが、古来のゲーム内NPCのように機械的に同じセリフしか言わない木偶の坊と化す状況を逆手に取られて、万命の令嬢たちの遊び道具にされた皇騎士もいる。


 皇騎士十二皇「クルズィン=フォン=プリンシュヴァリエ」。

 青髪で清廉で無口で、険しいが清涼感のある顔つきの正統派クールボーイといった彼は、会話や万命術において想定外のワードを受けたときの例外処理反応として「そ、そこに触れるな……~~ッッ」と羞恥っ気を感じさせる挙動をすることで、そのセリフを連打させたいだけの蛮女たちにおもちゃにされた。


 場合によっては夜中に一時間。甲冑を脱いでくつろぐ就寝中、女王のごとききらびやかな複数名の美姫たち、もとい無表情あるいは目元と口元だけニヤつかせた蛮女らに囲まれ、恥ずかしそうなそのセリフを延々と発言させられ続けた。

 皇騎士や外騎士、頭脳を与えられた一部イケメンたちは、万命の令嬢たちに味わわされた一つ一つの行いをちゃんと記憶している。サービス中はそれらがただ蓄積されるだけで、放出されることがシステム制限的になかっただけで。


 という話はさておき。フィカは、レッドを本気で殺すつもりで対峙させられた先の戦いが、ヘルプヤクの魔女が仕掛けた同士打ちの罠ではないかと疑っていた。


「むむ、べつにあなたがたを争わせても私には益がありません。見当違いです」

「ならば、護衛の理由はなんだ。言え魔女」

 ピタリ。ティア・フロトゥピスの刃が、ナビの首の皮に触れる。

 険しい視線でにじり寄っていたレッドも、飛び出す覚悟を決める。


「あれです。あそこにある、黒い天塔に行きたいだけです」

「天塔……? ああ、あの黒い塔か。なぜだ」

「む? なぜって、行きたいからですが?」

「行きたい……? それだけか……? なにかの儀式の類いでもないのか?」

「そうですが、それがなにか」

「……ふー、ならいい」

 ティア・フロトゥピスを下ろし、彼女の左手首を離したフィカが。

 ナビの背中を無遠慮に、片手で押し出した。


「むきゃっ」

「ッ、なにしてやがるフィカ!」

「悪いがレッド。僕はキミと違って、魔女に腹を見せて服従する意思はない」


 地面に倒れ込んで黒絹のローブがまたも土で汚れそうになる寸前、レッドがナビの体をヒョイッとすくい上げて、彼女の転倒を回避させる。

 背中で揺れていた銀色のポニーテールが反動で左肩をすり抜け、体の前面に飛び出すと、ナビを両腕で支えたレッドの右手の甲を、サラッと撫でた。


「今日のところは見逃す。無駄な時間を使っているときじゃないんだ」

 光が反射する薄色の黒髪をなびかせ、フィカが停戦の意を示す。

「キミたちの目的地は永久鋼土にある。だが、あそこは蛮女だらけの地獄だ」

「んだとぉ?」

 情報に食いついたレッドが相づちを返す。

 雇用主は、護衛者も乱暴者も無視して。


「そうですか。では、さようなら。お元気で」

 別れの名残などなんのその。

 ナビは我関せずと歩きはじめようとした。


「待て、魔女。言葉が分からないのか? あそこは蛮女だらけだ。行けば死ぬぞ」

「あなたたちなら、そうかもですね。私はべつに問題ありませんので」


 内心、ここまでの流れにちょっと怒っていたのか。ナビがツンケン気味に言い返した直後……門壁まで行って、帰ってきたのだろうか。

 先ほど追放棄路を高速移動で走り抜けていった十字架蛮女たちが、全身不動の姿勢を保ったまま、外騎士の崩れ拠点のほうへと折り返していく。


 実にホラーな光景だが、三人はもう辟易としており、驚く敏感さもない。


「キミなら、あの蛮女たちをどうにかできるとでも言うのか?」

 去ろうとするナビに対して、フィカは妙に食い下がってくる。

 レッドがいるとはいえ、非力な身上。煩わしいが反応はする。


「まあ、そこそこに」

「今の、そこを走っていった、十字架蛮女でもか?」

「その呼び方は好きではありません。美しき令嬢の皆さまに失礼です」

「……そう言われてもな」

「十字架は聖なる象徴。万命のセイント令嬢とお呼びするのはいかがでしょう」

 その提案に対し、フィカもレッドも無言で、拒絶に近い苦々しい顔をするも。

 ナビは「ふっふーん」と自慢げに鼻を鳴らしていて、青年らを見ていない。


「……それは置いておくとして。キミなら、あの蛮女たちを殺せるのだな?」

「殺すだなんて、そんな。ほかにも、ちょっと、いろいろできるだけです」

 シャキン。再度、花裂きの剣ティア・フロトゥピスの剣先が向けられる。


「なら、やるんだ」

「おいフィカ」

「イヤです、と言ったら?」

「これは脅しだ。先の死闘と同じ、僕の命をも投じる覚悟のな」


 顔には険が漂っているが、そこに込められたのは沈痛の色合い。

 白外套をはためかせ、踏みしめた銀色の足甲が、硬い金属音を鳴らす。


「令嬢の皆さまをどうするつもりですか。まさか最後に復讐したいとでも?」

「キミに言う必要はない。黙ってやるか、黙って死ぬかを選べ」

「なら気乗りしませんし、さようなら。ごきげんよう」

 横でレッドが身構えている安心感から、強気に交渉に出る。

 意外と姑息な計算高さは、蛮女の一党ならではだ。


 フィカも今さら強引にどうこうする気はないらしく。

 ナビの反応を見て、素直に口を滑らせた。


「……ヘルプヤクの魔女よ。僕にも、終わりゆく世界で果たしたい使命がある」

「言いなさい」

「その傲岸不遜な態度、やはりキミも蛮女だな……外騎士の崩れ拠点だ」

「崩れ拠点?」

「十字架蛮女のせいで近づけないが、クヴァルス兄さんが存命かを確認したい」


 フィカがポツポツと語りはじめた。外騎士の崩れ拠点までの道のりはこの先、身を隠せる森林が途切れ、さえぎるもののない街道が広がっているという。

 そして街道内に一歩でも踏み入れると、十字架蛮女たちは餌を見つけた野良犬のように一斉に迫ってきて、獲物を轢き殺し、すべてを消滅させるらしい。

 だから彼は近々、道からは外れ、岩壁上で周囲を見計らっていた。


 壊れた令嬢は碧い波と同様、壊れた命ゴイの世界において、世界最強の捕食者となった。レッドやフィカがいかに強く、全力を投じて挑んだとて、触れたものをすべて即消滅させてしまうあれらには指先程度も太刀打ちできない。

 そもそも敵は、壊れていなくても善戦すら困難な生粋のプレデターだ。


「あの蛮女どもをどうにかできるのなら……頼む。やってほしい。魔女よ」

「あなた、私にお願いできる立場ですか?」

「堕落した皇騎士に守られているからとイキがるな。できないならそう言え」

「むっ」カチン。ナビが若干ふくれる。


 このとき、無表情ながらもふくれっ面を臭わせたのが悪手だった。

 レッドより、ほんの少し女心に聡いフィカはすぐさま攻め手を変える。


「昔は蛮女の背中で、今は皇騎士の背中で大口を叩くか。まるで魚のフンだな」

「むむっ」カチンカチン。

「もういい。行っていいぞ能無し。無知な魔女に頼った僕がバカだったよ」

「むむむっ」カチンカチンカチン。


 レッドといるときはそれほど発露しなかったが、ナビは出自からして「みなに教えることを喜びとする」よう設計されたナビゲーション用の学習指導型AIだ。

 なので、こういうふうに煽られると。


「むむむーっ! だーったら、やってやろーじゃないですかっっ!!!」

 たやすく爆発する。かわいそうなくらいチョロいのである。


 フィカが思わず笑いそうになる口をこらえ、レッドが「アホかッ!」と静止するなか、ナビが一人勝手に「ふんすふんす!」と歩き出す。

 置いてけぼりな青年二人はそこで、なんとなしに顔を見合わせた。いかんともしがたい出来事の連続に気を引き締めてきたが、なんとも言えない空気感でほどけてしまった場となり、ため息をつきつつ、呆れたように表情を緩ませる。


 再会を祝すつもりはない。レッドとて、フィカとて、それぞれの正義にまつわる因縁がある。けれど一瞬の目配せには、昔なじみの温かさが乗っかった。

 けれど悠長にしていられる状況ではない。


「……なっ、ヘルプヤクの魔女! 街道には出るなと言っただろッ!」

 気付くのが遅れたフィカが、純白のサーコートを乱して走る。

 いつの間にか、ナビが荒れた街道のど真ん中で体をさらしていた。


「レッド! 僕が魔女をつかんで投げる! キミはここで受け止めろッ!」

 力と硬さのフィカが、技と速さのレッドに救出劇を頼むが。

「クックク、慌てんなフィカ。あいつなら問題ねえ」

 レッドは嘲笑しながら、ゆったりと歩きはじめた。


「!? とち狂ったかレッ……なんなんだ、あの子なら本当にどうにかできるのか」

「だろうよ。あのバカ魔女はクソみてぇに貧弱だが、蛮女相手にゃ最強の矛だ」


 二人のイケメンが森林側の切れ目に体を置くなか。

 黒魔女が街道の先を真っすぐ見つめ、直立していると。

 ターゲットはすぐにやってきた。


「――――」「――――」

「――――」「――――」「――――」「――――」

「――――」「――――」「――――」

「――――」「――――」「――――」「――――」


 獲物を嗅ぎつけた猛禽類のように、不動のT字姿で高速接近する十字架蛮女が、おおよそ二十名ほど。感情の見えない、3Dモデルのニュートラルな笑みを浮かべているさまが不気味さを助長しているが、相応の危険さも備えている。

 壊れた命ゴイの世界において最凶最悪の暴走族。街道に立つ者が皇騎士や外騎士なら、草騎士や赤騎士なら、抗することもできない掃除機であるが。


 二人の騎士が、森からのぞくなか。

 ヘルプヤクの魔女は清き声音で、子守歌を唱えた。


「――イフ・ケイク・トゥ(もし、あなたがフォンダンショコラなら……)」


 イケメンたちのもとにまでは届ききらない、言葉尻の繊細なニュアンスは。

 眼前に迫ってくる、魂なき美女たちへの、彼女なりの心よりの謝罪。


「【魔女は教えなかった】」


 言の葉を唱えきった直後。手を伸ばせば触れられそうな距離まで肉迫していた、二十数名もの十字架蛮女たちが、一斉に、無音で、動きを止めた。


 残されたのは、T字で浮きながら立ち尽くす華美な女性たち。動くことなくほほ笑んでいるだけのその姿は、確かに。十字架を刺した墓標のように見えた。


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