最長の最短(22)
「キミはッ……!? そんなまさかッ……万命術だとッッ!?!?」
レッドの名乗りの叫び声が発揮した万命術は、フィカの動きを止めた。
正確には、彼のアクションをキャンセルさせるほどの威力はなかったのだが。
フィカの紫色の目は、思いも寄らない事態にひどく揺れ動いた。
幼きころからの元親友が、おぞましき怪物に変貌したことを知り。
その身に刻まれた蛮女どもの精神攻撃が、傷痕を思い出させていた。
「皇騎士としての矜持すら捨てたか、レッド! キミはもう蛮女そのものだ!」
「ッ、ま、待てフィカ! ざけんなッ、なんで俺が万命術を、ざけるなッ!」
十三神の代行者。この世の秩序を統べる皇騎士。
その行いに「なんだかなあ~」と思ったら。
気軽に待ったをかけるのが万命の令嬢。
権力の分立と監視とすれば体面はいい関係だが、皇騎士は「万命の令嬢に待ったをかけさせない、清き意思の自分たち」であることに誇りを持つ。
それに実情は待ったどころかケチをつけて弄んでくる始末だが、皇騎士が万命の力を有するなど、越権で独裁。フィカは今、禁忌に近い嫌悪を抱いている。
「キミたち今世の皇騎士は、やはり皇国にふさわしくない。ここで死ぬべきだ」
「オマエの兄貴も、ディアルスもかよ」
「ディアルス兄さんもだ。正当性なき皇国の御旗は、血で塗り替えるほかない」
「クックク、お堅い優等生がよ……汚らしい反逆者ごときが、皇を語るな」
国に反した外騎士が、国に属する皇騎士をなじる。
といってもだ。
「キミの隠し手には正直驚いたが、その程度の万命術、針のほうがまだ痛い」
「……ケッ。だからなんで俺が万命術なんざ。ナビがなんかしやがったか……」
先ほどのささいな精神攻撃で、フィカの時間充填技「ギルティ・カレス」は発動直後にキャンセルさせられたため、狙いはご破算となり、しばらくはレッドも致命的な一撃でやられる状況はなくなった。しかし勝機が傾いたほどではない。
この場において自慢の得物を持たない者と、持つ者とでは。
いまだ、圧倒的な戦力差が横たわっている。
スッと。フィカはティア・フロトゥピスを持ち上げ、美しき正眼で構える。
レッドも負けじと古びた皇騎士刀を持ち上げて、抵抗の構えを見せる。
そして今一度、フィカがレッドを攻め立てんと踏みきり――。
「っ!? そこの二人っ! 待ちなさいっ! なにかやってきますっ!」
蚊帳の外。彼女なりに動揺していたナビが、なにかを察知していた。
ポーズだけは一丁前に構えていた男二人も、今の一幕で精神状態が開戦当初の状態とはかけ離れており、レッドもフィカも緊張、動揺、緩和の流れで隙があった。俗に言う、ちょっとシラケていたため、ナビの声が素直に届いた。
三人が目線を向けた先、追放棄路の遠くから砂埃が巻き上がっていた。
ひしゃげた木々が立ち並ぶ森林や門壁とは逆方面、崩れ拠点へとつながるのであろう北東に伸びる荒れた街道から、高速で近づいてくる少なくない数の人影。
いや。人というには、それはあまりに、異様な形状。
地面から少しだけ浮いて飛行するキレイなT字であった。
「ウッ!? あれは……十字架蛮女だッッ!!!」
「十字架蛮女だぁ!?!? なんのことだフィカァ!」
「黙っていろ! 早く森に逃げるんだッ!」
言うが早し。フィカは対面していたレッドを置き去りにし、両手をブンブンして声をあげていたナビが立っているほうへと一目散に走る。
「むきゃっ」
「かわいい悲鳴だな。蛮女にもそれを教えてほしかったものだ、魔女めッ」
乱入者たちに目を取られていたナビが手を引っつかまれ。
黒髪の白騎士により、森へとさらわれていく。
「おいこらフィカァ! オマエぇ! ナビをどうするつもりだッ!」
状況を飲み込み、赤髪の侍騎士もすかさず反転。二人の背を追いかける。
憎き魔女を引っつかんで走っていたフィカは、そう遠くまで逃げることもなく、森に入ってすぐのところ。街道を目視できる場所で停止していた。
レッドが追いつくのはすぐのことであったが……そのとき、背後で異音が。
「っ、あれは、万命の令嬢の皆さまっ……」
ナビが街道の様子を目にして、息をのむ。そこには。
「――――」「――――」
「――――」「――――」「――――」
「――――」「――――」「――――」「――――」
フワーーーっと。おおよそ二十名はいるだろうか。
外見は壊れていない万命の令嬢たちが、すごく変な姿勢で爆走していた。
華美な衣装で着飾った令嬢たちは、真っすぐ伸ばした両足を地面から10センチほど浮かせ、両腕は真横に伸ばしてピタッと完全静止の姿勢。頭部も顔面もいっさい動かすことなく正面を向いたまま、みな一様に軽くほほ笑んでいる。
彼女らは十字架に磔にされたような姿勢で不動のままフワーッと浮遊しながら、砂埃を舞い上がらせ、街道を無音のレースゲームのように高速で駆けていた。
「なっ……!? んだよあれはッ!? 新手のクソ蛮女かッ!?」
レッドが化け物を目にしたかのようにうめく。
「四季彩の大草原にはいなかったか? こちら側ではあれが無慈悲な掃除屋さ」
フィカはいつの間にか同調し、レッドに返事をしている。
彼らが、己の命や誇りを賭けて、どう敵対したところで。
彼らにとって共通する明確な悪は、万命の令嬢たちなのである。
「あいつらは僕と同じ、侵入できない崩れ拠点の周辺をうろつく番犬のようなものだ。街道になにかがいると、こうして拠点から高速で接近し、轢いたものすべてを消し去る。周囲一帯の赤騎士はみなそれで消された。外騎士三皇たちもだ」
十字架蛮女は当然、新エネミーでもなんでもない。
異変が起きた命ゴイにおける、壊れた令嬢の一種だった。
その実態は、魂なき3Dモデルがテストオブジェクトとしてマップ踏破のテストに使用され、”門壁から崩れ拠点までまっすぐ行けるか”を測っている。
そのようなデータはゲームにおいて必要ないが、内情的に突貫であった大型アップデート。人の仕事にはどうしたって混入する異物というものがある。
「ふむ、追放棄路には赤騎士が多いと聞いていましたが、そのせいですか」
「ケッ。生きてても死んでても害悪なヤツらだぜ、クソがよ」
魔女がホッとし、皇騎士がイラ立つ横で。
「それでキミは――ヘルプヤクの魔女で間違いないんだな?」
ナビの腕をつかんだままのフィカが、もう片手でティア・フロトゥピスを。
カチャ。なめらかな動きで、ヘルプヤクの魔女の首元に当てた。
「む」
「ッ、おいおいおい、おいフィカ! なにする気だ! ナビを離せボケ!」
「魔女と名を呼び合う仲か。キミが蛮女に通じるとは……幻滅させてくれる」
非力なナビが、どうにか力を込めて身をよじる。
が、外騎士二皇の腕力にはいっさい及ばず。
かんに障ったフィカに忠告される。
「やめておけ魔女。抵抗するなら……抱くぞ」
「っ!!」
抱くぞ、と言われ、彼女は青白い顔色で静止した。
誤解なきよう注釈が必要だろう。命ゴイは全年齢対象の恋愛ゲームのため、皇騎士ひいてはこの世界における男女間の関係では「相手を両腕で抱きしめる行為」が禁断のガチ恋必殺技に等しい、最大級の愛情表現とされている。
ついでに顔をグイッと近づけたものなら、あら大変。悲運のチ刑に存在を消滅させられたウブな七皇リオスなどは、それで赤ちゃんができると思っていた。
つまり、ナビの教養にしてみれば「オカスぞ」と言われてるも同然だが。
コンセプトと世界観の実情の乖離はまた、現代女性たちを怒らせたものだ。
「……そこまでにしとけフィカ。オマエがやってることは、下劣な蛮女と同列だ」
「僕らはこれまで散々、好き放題されてきた。最後くらい汚れてみせろ、魔女」
左手でナビの左手首を握りしめ、右手のティア・フロトゥピスを首に近づける。
「それよりもだ、ヘルプヤクの魔女。キミにはいくつか聞きたいことがある」
「…………」
「返事をしないのか? 時間がないんだ。今すぐ抱くか、殺してもいいんだぞ」
「……なら、さっさと尋ねなさい外騎士二皇」
レッドがジリジリと、二人ににじり寄っている。
フィカはそれを黙認しながら、ナビを追い立てる。
「一つ。あの碧い波はなんだ。キミらは四季彩の大草原のほうから来たのだろう」
災害後、ずっと追放棄路にいたフィカは、碧い波の実態をまだ知らない。
握られた手首に伝わってくる所作で促され、ナビが森の切れ目の先を見る。
三人の一番近くに見える碧い波は現状、廃棄迷宮の直上の山嶺のあたり。
動きは早くないが、わずかに揺れ動いて、徐々に迫っている。
「万命の令嬢と同じく危険です。飲まれれば解体され、波に漂う死体と化します」
「そうか。やはり終末の顕現ということか……フッ、やるせないな」
諦めたように小笑いするも、手首の握りしめはより力強くなり、ナビは痛みに顔をしかめた。レッドの怒気も膨れるが、フィカは気にせず言葉を続ける。
「一つ。レッド以外の皇騎士はどうなった。それに皇国民もだ」
「どちらも動かないか、消滅しました。今はもう全員、碧い波のなかでしょう」
「……本当か?」
フィカが、レッドにも尋ねる。
「本当だ。俺は大陸中を走り回ったが、そいつ以外、生きてるやつはいなかった」
「そうか。となると、ディアルス兄さんも亡くなられたか……」
外騎士として敵対した、サッドライク皇国の皇騎士たち。
長兄も親友も同輩も敵にして、悪女の卑劣に貶められた次兄の肩を持った。
けれど、彼もまた皇騎士を尊敬し、その道を目指した男。感傷はある。
「一つ。なぜレッドが万命術を使った。魔女の呪いで、万命の令嬢にされたか」
「おいッ! それは俺にも聞かせろナビッ! 場合によっちゃ生かさねえぞ!」
鮮やかな手のひら返し。ナビの救出者が一転し、敵対者に加わる。
レッドが穢らわしいものを見るように、自分の体と、ナビを見比べる。
「言えナビ! テメェなにをした? 俺は、俺は……蛮女になっちまったのか!?」
言葉の意味合いは支離滅裂だが、そこに込められた悲嘆は迫真。
人であればその嫌悪感は、ハエ人間やダンゴムシ男に抱くものに近い。
「おそらくですが、追放棄路の門壁前であなたに唱えた、万命令の影響です」
「んだとッ!?」
「万命令?」
「イフ・ケイク・シィ。魔女の三つ目の問いは、万命の令嬢に万命術を与えます」
ヘルプヤクの魔女の見解は間違っていないが、厳密には違っている。
命ゴイのチュートリアルで行われる、ヘルプヤクの魔女による三つ目の問いかけにして、彼女が行使する万命令のうち「イフ・ケイク・シィ」。
これは最初のゲームを続ける権利、歩いて移動する権利に次いで、視覚上にユーザーインターフェースのヘッドアップディスプレイを表示させるトリガーであり、万命の令嬢が「システム画面から各種機能を利用できるようになる命令」だ。
プレイヤー側のシステムに属さないゲームキャラクターであるレッドには、あの一件から先もそういった視覚情報は与えられておらず、アクセス手段も持たないため、クエスト情報や地図も見られなければ、アイテムを無限に格納できるインベントリも、レベルアップ時のステータス振り分けも、万命術スキルツリーの操作もできない。けれど唯一、操作できずとも、内部情報さえ開放されれば強制的に適用されるものがあった。それが万命術スキルツリーのデフォルト設定「大声」。
そうして先ほど、レッドは命の危機の叫び声で、万命術を発揮した。
逆に言えば、あれくらいの危機的状況でないと発揮できない粗悪な能力だ。
「私は、万命の皇騎士令嬢なる、新たな怪物を生み落としたのでしょうか……」
自分が生み出してしまった狂気の怪物に震える。
「テ、テんメェざけんなよッ! 俺は怪物じゃねえし、嬢でもねえッ!」
当の新種怪物は、自我で抵抗する。
ナビが以前、レッドにイフ・ケイク・シィを唱えた意図は、門壁の制限をクリアすべく、彼の“れべる”なるものが参照されるかどうかを試しただけだ。それが思いもよらぬ形で発揮され、万命術を使える皇騎士の誕生におののいている。
もっと言えば、レッドは自分では見られないステータス機能も開放されている。パラメータの在り方や参照される値は、プレイヤーキャラクターのものとはまるで異なるが。実のところ、パティシュヴァリエとの戦闘で経験値がたまった。
レッドは現在、命ゴイでただ一人。レベルアップもできるNPCになった。
普通ではありえない挙動だが、ありえない挙動で普通じゃなくなった世界。
それに触れたら即死な仇敵ばかりのこの世では、たいして役に立たない。
「フッ、見損なったよ皇騎士十三皇。安心しろ、怪物退治なら僕の役目だ」
フィカはからかうように笑ったが、ナビの左手首はまだ離さなかった。
そのまま続けて、最大の疑問を口にする。
「一つ。なぜキミたちは一緒にいる。まさか皇国に、十三神に背くつもりか」




