最長の最短(20)
「――初めまして、ヘルプヤクの魔女。そしてさようならだ」
「っっっ!?」
視認できてはいない、後方の頭上。
地下通路出口の岩壁の上から、何者かの明確な敵意。
ナビがとっさに振り向いたころには、相手は間近に迫っていた。
その身にまとうは、肩がけになった皇騎士の白き外套。
深青鉱石で装飾された純白のサーコートに、銀の鉄甲と足甲。
両手で握られ、今まさに振り下ろされようとしているのは。
花々がギザギザに切り裂かれた装飾が目立つ、大振りの直剣。
「そこどけッ、ナビッ!」
敵の凶器が、魔女の銀色の頭部を両断する直前。
レッドが彼女を突き飛ばし、「むきゃっ」地面にスッ転ぶ。
廃棄迷宮の出口を囲んでいる岩壁から降ってきた声に、事態をいち早く予測した皇騎士十三皇が、もう何度目になるか。ヘルプヤクの魔女を救った。
彼がすぐさま動けたのは持ち前の機敏さではない。よく知る声だったためだ。
「おいおいおい……おいッ! んなとこでなにしてんだ、フィカァッ!!!」
「!? なぜキミが……それは、こちらのセリフだッ! レッドォッ!!!」
二人の男の怒声。レッドの横やりに、斬撃を防がれてもなお体勢を崩すことなく着地した純白の騎士が、魔女の処刑を邪魔した男と視線を交わす。
それだけで、彼らにとってのあいさつは済んでしまったのか。
レッドは古びた皇騎士刀に殺意を乗せ、間髪入れずに襲撃者に斬りかかった。
襲撃者側のほうは剣を構えるでもなく、冷静に対処。一歩だけ前進。
十三皇が迫り来るなか、自ら踏み込み、相手の腹を前蹴りした。
「グゥッ!」
腹部を蹴られ、距離を取ってから顔を上げる。
「昔から言ってる。キミの雑な皇国剣技では痛い目を見るとな、レッド」
「ケッ。黙れ坊ちゃんがよ。ちょうどいい。今日で命日にしてやる、フィカ」
襲撃者がおもてを上げ、やさしげな紫色の両目を剣呑に細めた。
見目麗しい中髪の黒髪は、柔らかで清潔な印象を感じさせ、追放廃路には似つかわしくない。いっそレッドよりも高潔な白銀の騎士にすら見えてくる。
けれど、その特徴の一つ一つを取り上げていくと。
出会うのは初めてのナビにも、相手が誰であるのかを認識できた。
「……外騎士二皇、フィカ=フォン=アウトシュヴァリエ」
「自己紹介もなしに僕の名を呼ぶか。さすがはヘルプヤクの魔女だ、反吐が出る」
努めて柔らかく笑いかけてくるが、両目も全身もかけらも笑っていない。
外騎士二皇「フィカ=フォン=アウトシュヴァリエ」。
レッドと同い年だが、生まれがちょっと早い、二十一歳。
汚れなき真っ白な肩がけマントをバサリと翻し、深青鉱石が反射している純白のサーコートの手前に上げられた、よく磨かれた銀色の手甲で、彼の愛剣。
花裂きの剣「ティア・フロトゥピス」が構えられた。
西洋騎士というよりも和風侍の印象が強めなレッドと比べて、フィカははるかに騎士の姿をしている。だが、それでもイケメンはびこるこの世の流儀に則ってか、戦う衣装とはギリギリ言いがたいカジュアル寄りな装いではある。
フィカは長兄の皇騎士一皇「ディアルス=フォン=キングシュバリエ」と、次兄の外騎士一皇「クヴァルス=フォン=アウトシュヴァリエ」の末弟。エリート兄弟的な存在であり、過去にはレッドと肩を並べ、皇国で皇騎士を目指していた。
そして皇騎士十三皇人気投票ならぬ、大型アップデート後の人数状況を加味した新企画「皇騎士&外騎士十九皇人気投票」では堂々の二位を獲得。
無印版の隠しボスであったレッドも、因縁深き彼と一緒に追加ストーリーの主役として見せ場をもらったため、六位から四位まで上昇した。
なお、一位は外騎士クヴァルス、三位は皇騎士ディアルスという結果だ。
「クックク、まだ生きてるたぁな。俺の手で殺せてうれしいぜ、なあフィカ」
「キミは相変わらず粗暴を気取ってるか。変わらないなレッド。しかし――」
フィカが、レッドを見て、ナビを見て、またレッドを見る。
この場にいる白、赤、黒の者たちの相関図は、命ゴイでは複雑だ。
「キミがなぜ、ヘルプヤクの魔女と一緒にいる」
「…………ぁん?」
これまでまともに対話する存在がいなかっただけで、誰もが持つ疑問。
なぜ、皇国の皇騎士が、蛮女の魔女と一緒にいるのか。これいかに。
「それについては、まあなんだ……ケッ。オマエにゃ関係ねえ」
チラリと。妙なおうかがいを立てるように、ナビに目配せする。
「そうか。なら僕も心置きなく、蛮女にへりくだった悪しき同胞を誅伐しよう」
「あぁん!? ざけんなッ! 誰が蛮女どもに跪くかよッ!」
「ならなぜだ。なぜ諸悪の根源たる、ヘルプヤクの魔女を討たないでいる」
「……うっせえよ。謀反人のカス野郎が。皇騎士に口出しすんじゃねえ」
レッドは、自分の正当性を語りづらいことに気付き。
いったん問答を放棄して、話題をすり替える。
「フィカ、今のサッドライク大陸がどんな状況にあんのか分かってんのか」
「僕らを虐げる蛮女どもが、さらに壊れて僕らを殺しにきた。間違ってるか?」
「……いや、蛮女については間違ってねえな」
チラリと。またも妙なおうかがいを立てるように、ナビに目配せする。
彼女は気を悪くしたので、フンッと知らんぷりした。
「あの碧い波についてはイヤでも分かっている。大方、世界を片端から食らっているんだろう? 最近のサッドライク大陸は異常続きだったからね」
花裂きの剣を地面に打ち立て、黒髪をひと撫でしてかき上げ、爽快に笑う。
ナビもレッドも、それぞれの知識の範疇でしか追放棄路のことを知らない。
襲撃に遭う前、よくよく見る時間があったのなら、周辺に赤騎士。
いわゆる草騎士相当のザコ敵がまるで存在していないことに気付けていた。
ただフィカの口ぶりからして、追放棄路もすでに異常事態にあることは理解できた。彼の言う蛮女、壊れた令嬢はそこかしこにいるということだろう。
なんにせよ、二人の危険は途切れることなく続いていた。
「キミが女性を連れる日がくるなんてね。珍しいものを見させてもらったよ」
「……だぁから、たまたまだ」
「いいさ……それよりもレッド、こうして僕の前に顔を見せた以上――」
「――俺のセリフだし、ハナからそのつもりだ。外騎士二皇のクソがよ」
ナビからすれば、まばたきの間。レッドの白外套と漆黒袴が空中に舞い、目でも捉えきれぬ速度で、皇騎士刀が敵に振り下ろされるという結果だけを目視した。
対してフィカは急襲に対応しきり、美しい直剣で受けきり、さばく。
「レッド、ご自慢の染め紅はどうした」
「オマエごとき、これで十分だ」
「もしかして、まさかと思いたいが、十三皇たる者が蛮女に持っていかれたか?」
「……オマエにゃ関係ねえ」
「今は仕える身ではないが、皇国の四秘刀をやられるとは……幻滅させてくれる」
高速度にして高回転。フィカが花裂きの剣を速さ重視で振り回して、高速戦闘を仕掛けると、早い段階でレッドは手傷を負った。致命傷にはほど遠いが。
大型アップデート後に登場した外騎士は、それまで最悪だったゲームバランスを正すべく、皇騎士と比べると大ざっぱな反省点が生かされている。
端的に言って、外騎士二皇の強さは、皇騎士十三皇とほぼ同スペックだが。
ゲーム的に、フィカはレッドよりもわずかに強い。
「皇束開放ォ……ファーストッ! ブレイド・カレスッ!」
シュー……詠唱に伴い、フィカの背中から青白い水蒸気が立ち上り、次の瞬間、超臨界に達したかのように爆発。轟音をまき散らしながら霧散する。
音の静まった彼の周囲で、青白い電流を走らせる白色粒子が舞った。
レッドの皇束解除が「HP80%時に自動発動」であったのに対し、フィカの皇束開放は「初撃後に自動発動」となり、ほぼ確定で強化が可能である。
これは暗に……というか全面的に、蛮女たちの不浄なる暗黒儀式「お騎士見」のおかずにされまくり、思ってもみなかった方向で痛めつけられてしまったレッドの過去を払拭すべく、「レッドのカップリングイケメンはお騎士見させない感じで調整しましょう!」と、開発チームで二の舞対策をされた結果だ。
フィカの「皇束開放・ファースト:ブレイド・カレス」の強化は、レッドと同じく攻撃力・防御力・生命力・抵抗力の基底値を1.2倍に底上げしつつ、花裂きの剣「ティア・フロトゥピス」に広範囲への斬撃ダメージ特性を付与する。
またティア・フロトゥピスは、ズタズタに切り裂かれた花々のレリーフが表明するとおり“花護の防御力無視の貫通ダメージ”という強力な性能を有し、長期戦となれば最強の火力保持者になる染め紅持ちのレッドに対し、フィカは初速からまとまったダメージを与えやすい別軸のファイターとして調整された。
そのため、フィカ相手のお騎士見は最初からダメージが手痛いことで、さすがの万命の令嬢と言えどもおいそれとは決行できず。これには開発もニッコリ。
とはいえ、通常攻略においては。
『反逆した自分にナルって酔ってる系? いるいるこういう男。薄っぺら』
『頑固な子きらーい。ねえ嫌い。謝って。謝ってよ。謝れよ。オラ謝れよォォ』
『このへんの道さあ、歩きづらいから絨毯ほしーなー。ねえほら、早く寝ろ』
などといった、むごい万命術による通常攻撃での短期決戦により、普通に倒すぶんにはまるで苦労なく、むしろティア・フロトゥピスの貫通性能を生かした一点張りや、手数よりも範囲、連撃よりも一撃の方向性に寄ったため、確定回避スキルや一定ターン無敵スキルを張られるとジ・エンド。令嬢のおやつにされた。
さらに、研究が進んだお騎士見ブームの末期では。
『フィカの範囲攻撃で、みんなの花護を一気に散らせたら、もっとキレイくね?』
『イイネ!』
と真正面から算段され、レッドのときは単体攻撃で誰か一人の花びらを散らせるしかできなかったところを、皇束開放による範囲攻撃化で十数名分の花護を一気に散らせる、よりド派手な大型イベント様式が生み出された。
ただし、それではマンツーマンでイイ顔が見づらくなり、数名ならまだしも十数名分の花護の被撃エフェクトは派手だが視界が悪く、なんだかんだ防御力無視の貫通ダメージも痛く、イラっときて反撃してぶっ殺してしまう令嬢も続出したことにより、最終的にフィカを愛でるのではなく、花火大会のようにお飾りだけで盛り上がりたいときだけ行われる、お騎士見の亜種イベントとなった。
その後、プレイヤー人口が減少していき、人数が集まらず廃れていった。
残されたのは、凄惨な侮辱で誇りがズタズタになったフィカだけ。
しかし、それもあくまでプレイヤーとゲームキャラクターの対峙の場合。
仮に、皇騎士や外騎士が、想定されていないバトルで立ち会うのなら。
「ゆけ、カレス・インパクトッ!」
地面を走る、白い衝撃。回避不能な範囲攻撃がレッドを足元から襲い。
「ぐぅっ……オマエ、調子乗ってんじゃねえぞフィカァァァ!」
同時に、レッドの規定ラインに達した。
「皇束解除ォ……壱式ッ! 吸え、染め紅ィ!」
シュー……詠唱に伴い、レッドの背中から血液を蒸発させたような、真っ赤な水蒸気が立ち上り、次の瞬間、超臨界に達するように爆発と轟音。
水蒸気が霧散すると、彼の背後に電流走る赤黒の粒子が舞う。
「染め紅なしの皇束解除ごときで、本当に僕に勝てると思っているのか?」
「黙れ、坊ちゃん剣技の三下が。本番はここからだ。死なせてやるよ」
HP80%時に自動発動。あらゆる戦闘パラメータを1.2倍に引き上げるまではいいが。染め紅なき今、戦闘時間と攻撃・被撃ごとの攻撃力0.25倍加算という、皇騎士十三皇の最大の特性が欠けている。そのためフィカと比べるとレッドの場合、純粋なステータス強化にとどまっており、腕が一本もがれているのと同義だ。
「――オマエ相手に染め紅なんざ必要ねえ。とっととかかってこい」
「――吠えるな。真実を知らぬまま天に落ちろ、無垢な皇騎士のまま」
因縁深きの青年たちが、譲れない信念を張り合い、剣劇に命を賭す。
そのかたわらで。
「……私、もうおさらばしてもいいでしょうか?」
赤髪の侍騎士と、黒髪の白騎士を、ジトーッと見つめる銀髪の黒魔女は。
勝手に盛り上がっている青年たちに辟易していた。




