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サ終世界から逃げ魔女っ!  作者: 手遊花
■命ゴイ編
17/81

最長の最短(14)

「――皇騎士を殺した蛮女の蛮行、今すぐこの場で償え、魔女がッッ!!」

 チャキ。レッドが軽々しい金属音を立てる凶器を、片手で握る。

 リオス亡き部屋の前で、ナビの顔に滑稽な泡立て器が突きつけられた。


「……なんとも間の悪い人ですね」

 口答えはするが、ハートの警報は爆音だ。


 彼ら皇騎士にとって、チ刑は我が身を切り裂かれるような屈辱。

 ルールに縛られ、身動きできない就寝中は助けに入ることもできず、夜中の自室の扉の外で、七皇リオスの断末魔と蛮女のやかましい声を聞き続けた日々。


 なかには、夜中時間の切り替え前からリオスの部屋に張って待つ令嬢たちもいて、皇騎士たちはそれを視認しながらも、攻撃されるまで襲撃することがかなわないシステムの呪いで唇をかみ切らんほどに怒りつつ、見て見ぬふり。


 そうして安息の就寝のなか、今宵もはじまる、悪魔の宴に苛まれる。

 しかもチ刑ついでに強盗に寄ってくる蛮女も増え、暴虐は加速した。


 皇騎士らはチ刑の修正後、リオスの消失に関わる設定やフレーバーが与えられておらず、思考して学習する彼らは突如としていなくなった弟分を心配しながらも、演劇の役者として、ゲーム内で訴えることはできなかった。

 それでも「あんたもリオスみたいになりたいわけ?」などの発言が万命術で行使されたとき、彼らは不可思議な大ダメージを受けるようになり、利用された。


 レッドたちが万命の令嬢を指して「蛮女」と呼びはじめたのもこのあとからだ。これは開発が設定したものではなく、イベント処理でない限りは一度たりとも完全に同じ反応はしないはずの学習指導型AIが導き出した造語だ。

 作中では彼らの口語がテキストで表示されないため、当初は「ただの略し派」と「蛮女って馬鹿にしてるのでは派」で割れたが。結局は大勢に影響はなく、また「馬鹿にしてくるザコのほうがあとで快感派」の優勢で受け入れられた。


「あいつはなぁ……リオスはなぁ……本当にイイやつだった。故郷に残した母と姉の生活を助けたいってな、給金もすべて実家に仕送りだ。なのにテメェら蛮女は、アイツの大切な手織りリネンを浅ましく強奪し続け、その身を着飾った。しかも笑いながらだ。こんなことはよ……俺ら皇騎士が、許せるかよッッ!!!」


 まったくもってその通り、としか言いようのない無残な事件であった。

 万命の令嬢たちは、命ゴイの世界をリアルなゲームと捉えていたが。

 人のような思考を与えられた皇騎士たちにとっては、命ゴイがリアル。


 プレイヤーにもゲームキャラクターにも両者の言い分に正否はない。

 ただ、令嬢に肩入れするナビですら「ごもっとも」と言うほかない。


「たしかに、万命の令嬢の皆さまがもたらした結末には違いないでしょう」

「おいおいおい、おい。しらばっくれるつもりか魔女。往生際の悪りぃクズが」

「だからと言って、この場で私を断罪すれば気が晴れるとでも?」

「晴れなくたっていいさ。ただ俺は……アイツに顔向けできる皇騎士でありたい」

「……まったく。男の子というのは、度し難い」


 背後はリオスの部屋。正面には泡立て器を突きつけてくるレッド。

 世界最弱の黒魔女ナビに抵抗する力はない。けれども。

 ここでむざむざ死んでやるつもりもない。


「――イフ・ケイク・トゥ(もし、あなたがフォンダンショコラなら……)」

 彼女の唯一の武器、とっさに唱えた万命令。


「【魔女は教えなかった】」

 音のない静寂。今度はレッドの体も輝いていない。

 ナビの言の葉は世界になにも影響を見せなかった……が。


「ッッ!? テんメェ、さっきの奇術かッ!?」

 NPC相手なら先制攻撃できるレッドだが、我が身の状態を優先した。

 異常はないかと身体を手探りし、変化が起きているかを案ずる。


 その瞬きの隙に、ナビが全身全霊で動いた。

 決して早いとは言えない細身の足で、彼の脇を全力で駆け抜ける。


「グッ、テメェッ! 逃げんじゃねえぞ、ヘルプヤクの魔女がッ!」

 怒りの形相。赤髪の侍騎士がマントを翻らせ、銀髪の黒魔女を追いかける。

(……このままでは私、すぐにつかまってしまいますね)

 結果は分かっている逃走劇。だが、駆け足は緩めない。


 背後から迫り来る足音は、すぐさま大きくなり、近くに聞こえてくる。

 漆黒の袴と純白のマントが風を切る音。バサバサとはためいているナビの黒絹のローブのそれとは大違いで、速度を感じさせる鋭利な雑音。黒塗りの侍具足は鉄製ではなく、柔らかな皮革を編んで作られているのか、硬質な響きではない。

 そのぶん鈍重に、獰猛に、獲物を狩り殺すための重低音を響かせた。


 だから彼女は決断する。

 このままではダメなら……憧れの先達にならうほかない。


「っっぅ!!!」

 シュタッ。サッドライク皇城の三階。

 中央階段横に伸びている手すりをつかみ。

 躊躇せず。一気に。吹き抜けの地面。

 赤い絨毯の一階へと飛び降りた。


 ズドン。「ぅっ!? っっっ……ぐぅぅぅー……」。

 穀物の大袋が落ちたような、軽快さのない重々しい着地音。

 まるで身投げの音、なのかはファアキュウの万命書にも記されていない。


「ッッ!? テ、テんメェッ! なにしてやがんだ、大丈夫かッ!?!?」

 追跡者なのに女性の身を案じるそれが、皇騎士の呪いである。


 ナビはひどくシビれる全身に発破をかけ、どうにか、力なくとも起き上がらせ、ユラユラとよろめきながらも城入り口へと逃走を図る。

 落下の衝撃のせいか、真っすぐ歩けない。目が回っている。お腹も痛い。

 左右によろけるたび、黒絹のローブが不格好に裾を揺らす。


 彼女はその目で見たことはないが、万命の令嬢たちも四階でのクエスト報告後によく、階段を使うのが面倒だからと飛び降りショートカットに使っていた階段脇の吹き抜け部分。令嬢であれば、たとえ皇城のテッペンから飛び降りたところで視覚情報などもシステム側でほどよく緩和され、ショッキングなバンジージャンプジャンプ体験にはならず、着地後のダメージなど存在しないが。


 ナビは違う。この世界が定義する、リアルな住人だ。

 ましてや、愛にあふれた隠れ家生活では味わったことのない痛み。

 偉大なる知恵者とて、いいや知恵者だからこそ。

 知らなかったその衝撃に、倒れ込んでしまってもおかしくはない。


「メ、メチャデカ痛い……でも、つかまってやる、もんですかっ……!」

 だけど、決して足は止めない。

 死にそうでも、死んではやらない。


「なんて無茶しやがるボケが……テメェはアイツら蛮女じゃねえんだぞッ!」

 十三皇は一転。オロオロした顔で、急いで階段を下る。

「それが分かって、るんなら。私に罪を、着せないでほしい、もんですね……!」

 追いつかれるのは明白だが、必死に城外を目指し、ヨロヨロと進む。


 だが、絶望の足並みは、彼女よりもよっぽど早かった。


「ん……なっ!? 碧い波がもうこんなところまでっ……」

 痛みから伏せがちであった顔をふらーっと上げたとき。

 先ほど入ってきたばかりの城門を視認したとき。ようやく気付いた。


 城の入口が、大きな門の先が、すでに真っ青に染まっている。

 サッドライク皇城は知らずのうちに、碧い波に飲み込まれはじめていた。


 思考回路のブレーキも故障していたナビが、碧い波を目にしても止めていなかった両足を静止させた直後。獲物とでもみたか、青々した壁がうごめく。

 皇国はすでに城下街をすべて飲み込まれており、残すは皇城だけ。城門ですら、もう半分は持っていかれているのか、大扉の外枠はすでに碧い波に食われており、呆然と立ち止まったナビの眼前で不安定に揺れながら近寄ってくる。


 ボコォ……ボコォ……ボコォ……。

 これまでにないほど間近で見た、碧い波の表面には。

 幾何学的な紋様。波の動きで明滅する白い光。その先の内部には。


 グチャグチャに、ごちゃ混ぜになった、何者かの手足や頭部。

 見知った万命の令嬢や、先ほど階下にいた皇国民たち。

 彼女らを形成していた肉体がウヨウヨと、波のなかでたゆたっていた。


 みな一様に、苦渋や苦痛といった顔色をいっさい感じさせない無表情。プラモデルのパーツのような無機質さに、ナビも恐怖に混乱せずに済んだが。

 ありえないほどのサイケデリックな光景に全身は震える。


「碧い波は、やはり、私たちを飲み殺す天災でしたか……」

 思わず、碧い波のなかに浮かぶ、万命の令嬢たちを救いたいと指を伸ばす。


「テんメェ、アホかッッ!!!」

「むきゃっ!?」

 指先が、碧い波に触れそうになった直前。

「さっさとこっちに来いッ!!」

 快足で追いついたレッドが、彼女の右手を強引に引っぱり、退かせた。

 勢いよく翻った体にあわせて、白銀糸の一本髪が宙で踊る。


 魔女の手をつかんだ皇騎士は、すぐさま豪奢な一階エントランスを奥側へと駆け抜け、奥の扉を力任せに蹴破り、四季彩の庭園が広がる通用口を突き進む。

 続いて簡素な内殿に踏み入ると、そこにあった小部屋の扉も蹴破り、外へ。


 目の前には、皇城裏側をグルッと囲んでいるエクリタス運河。泳いで渡るには遠すぎる対岸には、足をかける場所もなさそうな、壁のような急角度の山嶺。

 二人が飛び出たのは、皇城の裏手であった。


「ケッ……おい魔女」

「ハァ、ハァ、けほっ。ハァハァ……」

 彼女のスタミナゲージは、限界を超えた酷使により緊急回復中。


「テメェ、アレに手足を持ってかれたりしてねえだろうな」

 ナビを助ける瞬間、レッドも碧い波の内部を間近で目にしていた。


 そんなかいがいしさをよそに、魔女は「さっき殺そうとしてきた男がなにを」と思いつつ、ゼェゼェ、ハァハァ。二分ほど喋りも動きもできなかった。


 レッドのとっさの救出により、一時的に碧い波からは逃げ切った。

 しかし、あれの進行速度を鑑みれば、二人にはもう、猶予も退路もない。


 皇城裏手は足元が草地になっており、木々や城壁などの障害物はないが、国全体が斜路になっているぶんの傾斜で、最奥地は崖と化していた。

 崖際までいって下をのぞかずとも、視界にみずみずしい運河が広がっていることから、対岸までの距離が絶望的に遠いことを感じさせてくる。


 仮に泳ぎきったところで、向かいは山。こちら側と同じく崖が切り立ち、泳ぐよりも過酷なロッククライミング。足をかける場所などなさそう。

 どう考えても、逃げる道などありはしなかった。


「……クソがよ。ここまでか。口惜しいぜ」

「ハァハァ……」

「あいつに飲まれりゃ、俺らもゴミみてぇにプカプカ土左衛門さまってか」

「ハァ、ハァ、けほっ……」

「クックク、皇国がこうなっても、十三神はだんまりか……ケッ……」

 彼の悪態は、諦めながらも執着する生に聞こえた。


「こほっ……まだです。一階の奥側ならまだ、戻って調べる時間があります」

 ナビはまだ諦めていない。

 今しがた走り抜けた内殿に戻って、手がかりを調べようとする。


「今さら。もう遅せえ。しまいだ……テメェにやった六文銭、まだ持ってるな」

「っっ」

「ここがテメェの、蛮女どもの、最期の地だ。覚悟を決めろ、ヘルプヤクの魔女」


 見渡す限り、背後は皇城の背中だけ。前面180度は崖と大河と山嶺。

 真横には、しょうもない泡立て器を再度握り直した、皇騎士十三皇。

 ヘルプヤクの魔女は動けるようになったが、まだ前かがみで息切れ中。


「ここまでのよしみだ、苦しませはしねえ。なにか言い残したいことはあるか」

「ハァ、ハァ……べつに」

「蛮女がよ。俺ら……我ら、皇騎士への償いもまけてやる。手向けもねぇ身だ」

「ハァハァ……私はまだ、諦めていません、から」

「本当に往生際の悪い女だ、蛮女め……じゃあな、ヘルプヤクの魔女さんよ」

 右手の泡立て器が、前かがみで息する、ナビの背中に振り落とされる。


 もし、手に持つ武器が刀であれば首元を狙ったのだろうが、鈍器とも言いがたい菓子用具で女性の頭部を叩くのは、目覚めが悪かったらしい。

 振りの速度も、これまでのナビの身体能力から推定して、これで十分だろうと。まるで「おつかれさま」と代弁するかのような優しい致命の殴打だった。


 それだけに、往生際の悪いナビは。

 ドタン! と全身で足元に倒れてやりすごし、処刑を免れる。


「ハァハァ、誰が、皇騎士になんて、やられるもんですか。一昨日きやがれです」

「……事ここに及んでも、最期の最期まで矜持すらねえか。さすが蛮女だよ」


 やれやれと、彼は安堵にも聞こえるため息を吐きながら、草地の地面に腰を下ろす。そして短い付き合いの相棒、泡立て器を崖のほうに投げ捨てた。

 崖下の運河に落ちるまでの時間は長く、落下音も聞こえてこなかった。


「ケッ……もういい。テメェはそこで意地張って死んでけ、ザコ女が」

「…………??」

「最後に一緒に仲良くあの世ってのはどうにも好かねえ……俺は玉座に戻る」

「……???…………っ!?」

「あばよ、ヘルプヤクの魔女。テメェの最期が最も残酷であることを祈るぜ」

 そうして起立し、反転。

 キザに片手を振り上げて別れを告げる、彼の背中に。


「っ! ……そうですか。ならレッド、あなたは一足早く死んでなさい」

 むぐぅーっと。五体投地で倒れたナビが、草地からのっそり顔を上げる。

 陶器人形のように白かった顔は、なぜか鉄さびに汚れている。


「私、ここから逃げますので」

「ぁん? ……なッ!? テ、テメェそれは、そこが、まさか隠し通路かッ!?」


 女の子座りで起き上がった、黒絹のローブからはみ出た素足の下。草地の隙間。

 そこには、妙に錆びに錆びた、意味深な鉄扉が隠されていた。


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