最長の最短(12)
二人は一皇が控える四階の謁見の間をあとにし、階段を降りて、三階の探索をはじめた。皇城三階は中央階段からの道が左右に分かれており、ブラウン色を基調とした通路に、消えることのない鉄細工のランプが等間隔でともっている。
目玉は、皇騎士たちのネームプレートを貼り付けた鉄製扉の私室である。
皇城入口側から見て、左手の通路には城奥側から順に一皇~六皇、右手の通路には七皇~十三皇の部屋がある。城内に大っぴらに居住部屋を並べるのは、もはや城としてなにか間違っているが、命ゴイ的には便利なので問題ない。
「むむ、どこも鍵がかかっていますね」
左側の通路。最奥の一皇の部屋から順に。
ナビが無遠慮にノブをガチャガチャしている。
「当ったりめえだ魔女! その蛮女みてぇな無礼な行いを今すぐやめろッ!」
レッドは口うるさいが、やはり手は出してこない。
建物三階とあり、ここも隠し通路というには構造上、道などありそうにないが。一皇などの重要人物の部屋になら隠し道があっても不思議ではない。ゲーム内世界のデザインというのはときに、高低差や空間上の問題をすっ飛ばすものだ。
そういう言葉にならない感覚を源に、しらみ潰しにあたっているナビはこうして各部屋を確認しようとしている。その顔には、ゲーム内時間の深夜帯、万鍵を片手にいっちょ強盗してやるときの万命の令嬢のようなウキウキ感がある。
「むー、ここもダメ。女性の部屋でもなしに、ずいぶんと厳重なことで」
「ざけんなよッ! 自室に無断で押し入られる苦しさに男女の壁があるかッ!!」
レッドのこういうところは、例の告発ブログ記事で男たちの共感を誘った。
左手側の通路の扉はすべて調べたが、なにも収穫はなし。
ナビも諦め顔だが、念のため、右手側の通路も見るだけ見てみる。
すると通路の皇城入口方面、レッドの自室であろう場所から並んでいる扉には、ズラッと厳重そうな鍵付きの鉄扉が並んでいたが。
一箇所だけ。通路の最奥。七皇の部屋の扉だけはかすかに開いていた。
「むっ? 七皇の部屋が開いてますよ」
「リオスはな、地方出身で鍵の文化がねえから……いつもああしてたんだ」
「ということは、誰でも入っていいのですか」
「……まあな。俺ら皇騎士はあそこで……皇国の夢を語り合ったもんさ」
ウキウキ気分のため、後ろを振り返らなかったナビは気付かなかったが。
このときのレッドの表情は、二人が出会ってから先。
最も痛ましい顔で、なにかを悔いていた。
「ならば入りましょう。なにか見つかるかもしれません」
「やめろ。リオスの部屋にはなにもない。テメェは……テメェらは、もう入るな」
「ですが、もし隠し通路でもあったら――」
ガンッッッ!!! 大きな音に驚かされる。
壁ドンならぬ壁ガンか、強烈な打撃音に続けて。
「――やめろって言ったのが、聞こえなかったか。ヘルプヤクの魔女」
二人の声以外、無音であった皇城内で。
ナビにそれ以上、言葉を続けさせたくなかったという意思の表れか。
レッドが手近な大理石の壁を、右手で力強く叩いていた。
彼の行動には、人間関係にうといナビにも伝わってくるものがあった。
黒塗りの手甲をぶつけた音には、明確に、自分への敵意が込められていた。
「……お気に障りましたか、レッド」
少しだけ、慎重に出る。
「ああ障った。これ以上ないほど無遠慮に、ぶしつけに、かき混ぜるみてぇによ」
感情の薄い声で、冷たい顔をした彼が、右手を腰元に持っていく。
けれど、そこには血吸いの刀「染め紅」がなく、代わりにパティシュバリエから手に入れた間抜けな泡立て器しかないことに気づき、自分で自分に幻滅するかのように呆れつつ、手を引く。もし、そこに刀があったのなら。
レッド=フォン=プリンシュヴァリエはいったい、どうしていたのか。
「…………」無言のナビ。
「…………」にらむレッド。
これまで見たことのないレッドの冷たい目つきに、身の危険を感じる。
彼は今、私を害そうとしている。手持ちの武器ゆえに、決断していないだけ。
大型獣に品定めされるような緊張感が、ナビの心臓をキュッと締める。
しばらくして、レッドは表情を変えずに、口を開いた。
「……テメェら、蛮女どものせいだ。七皇リオスがこの世から消えたのはよぉ」
威嚇。肝をわしづかみしてくるかのような底冷えする声。
その声色は、裏ボスとして対峙中の最終局面。決戦の佳境で聞けるもの。
十三皇の告げた言葉に、万の事柄を知る魔女も感づく。
彼がこの瞬間、なにを思い、なにを怒り、なにを恨んでいるのか。
「――――”チ刑”。その現場が、あの部屋だった。そういうことですか」
「罪を得心しろ。蛮女どもの暴虐が、この場でテメェの死を招いた因果だってな」
知識では知っていても、実際に見たことがない、ヘルプヤクの魔女。
体験のすばらしさに酔いしれていたナビは、己の落ち度を自覚する。
「チ刑」。この世で最も禁忌とされた、蛮女たちによる卑劣な大悪行。
皇騎士七皇リオスの肉体と存在を、文字通りサービス終了前に消し去った。
この世界で、とある万命の令嬢が発明した、命ゴイ最大の悲劇の名だ。
命ゴイのサービスが開始されてから、約四か月の時分。
初見に面白がられる時期がすぎて、初心者も激減した季節。
現代女性たちの闇がより深く、暗く発露していた時期。
ゲーム内では、構想されたゲームバランスよりもプレイヤーたちの闇が深すぎる問題で、音声認識による万命術の火力係数が数十倍にまで跳ね上がってしまって、エンドコンテンツ相当のレッドを含めても「ワンパンすぎてやることない」などと、万命の令嬢らが戦闘以外でも愚痴ばかりになっていたこのころ。
ある日、一人の新たな万命の令嬢が、恥ずかし魔女の隠れ家に舞い降りた。
親会社に鬼詰めされていた運営が、喉から手が出るほど求めた新規者の存在。
念願の新たな令嬢の名は「うぇ」。タイプミスにしか見えないが、うぇ。
後年、熟練者たちから「うぇ先生」と慕われた。
皇騎士たちにとって、最凶最悪の死神。
うぇ先生はサッドライク大陸に降り立ち、ナビによるクソみたいなチュートリアルで、なんとなくの直感だけで気持ち悪いほうの選択肢を選び続け、ゲーム開始前に一度たりともゲームオーバーになることなく冒険をはじめられた精鋭だ。
しかし、彼女は弱かった。もはや命ゴイ最弱というほどに。
万命の令嬢の最大の武器「万命術」は、戦闘中に声を出すとき、語句や発声の使い方次第でダメージ値が天から地まで変動する。
仮に「バーカ」の一言を例にするなら、語句がベース値として算出され、滑舌がよくても感情がないなら15ダメージ。声色や音量も乗れば30ダメージ。
言葉選びが基礎攻撃力、発声方法が追加攻撃力といったイメージだ。
音声認識はイヤらしいイントネーションなどの付帯音が、カラオケ屋の歌唱スコアシステムを数十倍に拡張したかのようなメカニカルで算出される。
そこにさらに、ゲーム的なキャラクターレベルやスキル熟練度、ドレスおよびアクセサリーの装備補正が計上され、最終的なダメージが計算される。
とどのつまり、これら相乗効果と「ホンモノのヤツら」を読み違えてしまったのが、プレイヤー圧倒的有利の青天井バトルを生み出す原因になった。
そして当のうぇ先生は当初、恐ろしいほどに弱かった。
その理由はひとえに、彼女が「声出すのもめんどくせえ」な感じの。
数学好きで、親の勧めで理系な私立中学に入学してから約一年。
友だちを作るのもずっとめんどくせえな女子だったためだ。
うぇ先生はサディズム嗜好が皆無であったうえ、音声認識がバトル攻略の基軸を担う命ゴイにおいて、彼女のアウトプットはあまりにも弱かった。
リアルの肉体を動かすわけでもなく、思い浮かべてしゃべった気になれば口が動いてくれるにも関わらず、言葉を喋るのも面倒くさかった彼女の武器は、舌打ち。ゲーム最序盤、草騎士との戦闘中、喋って戦うとか面倒すぎるからこのクソゲーもうやめようといった意思のもとで発せられた「チッ」という舌打ちに、ギリギリではあるが、万命術としての攻撃判定があることに気付いた。
それから彼女は「……これならまあ、どうにか」と舌打ちをし続けた。
その音響は、リアルでやられたもんならこちらがなにか悪いことをした気分になるような、高圧的なプレッシャーを感じさせる芸術的な舌打ちであった。
けれど、まずはゲーム内世界で大きな声で喋ることに抵抗感をなくしてもらうというシステム外の思惑と使命を込められた、万命術の初期スキルツリー「大声」では、舌打ちの補正ダメージがあまりに低かった。
それでもゲームを進められたのは、彼女がドレスをガッチガチに固めたから。
そこまで面倒ならやめればいいじゃん、などというお母さんが申しているかのような忠告には耳を貸さず、無敵の理系中学生女子はゲーム中盤まで舌打ちをし続けた。リアルだと口腔筋がツライが、命ゴイはリアル人体を動かしているわけではなく、あくまで意識と電気信号を出力しているだけなので疲労はなかった。
しかし、うぇ先生はゲーム中盤以降、レベル帯と分布で設定されているボス相当の皇騎士に勝つことができず、勝っても悔しそうな皇騎士に負け続けた。
だが、そこで、出会ってしまった。この組み合わせが、命ゴイの世に最大の悲劇をもたらすことになった、万命術の四つ目のスキルツリー「囁き」に。




