最長の最短(11)
「碧い波の進行速度が急すぎます。これは……想定外です」
「んなこと言ってる暇はねえぞ、アホが」
サッドライク大陸は現在、ナビのスタート地点であった恥ずかし魔女の隠れ家、その先の憂森林、大陸中心に大きく広がっていた四季彩の大草原までもが碧い波に飲み込まれ、二人の見るサッドライク皇城から先の景色は碧一色。
入口に大きくそびえていた吊り橋も、広大な大河も。
天空と大地を飲み込む波と比較すると、ミニチュアにしか見えない。
「……先ほど追放棄路の門壁へ向かっていたら、終わっていました」
「おい、なんで碧い波はこんなに早く動いた。昨日までとはまるで速度が違えぞ」
「森林と違って、草原はなにもないから……とか?」
「クソがよ。あんなものに、そんな生物じみた習性があってたまるか」
青空と大河と碧い波と。それぞれ色合いが異なる青の三色世界。
異常な光景。二人が呆然と立っている皇城はもはや、天も地も丸ごと食らい尽くす、抗えぬ壁のような大津波に囲まれたようなものだ。天まで覆うほどのサイズ感となると、ゲームとはいえ、この世の現象とは思えない。
碧い波は表面にときおり、数字とも文字とも物体とも判別がつかない文様を浮かべる。根元から先端まで、波打つような動きで真っ白な光を走らせることもあるが、現状は吊り橋と大河が食い止めているかのように動く気配がない。
「目の前はイカれた皇国民。その先は碧い波。逃げ場は皇城しかねぇってか……」
不条理にイキがる気概は捨てていないが、レッドも顔色が悪い。
その反面。
「もとより、城の隠し通路だけが私の退路。さあ、行きますよレッド」
「ウゼえな……って、テメェいつから俺の名前を、ちょ待て! 先に行くなッ!」
ナビがやってきた道は、最初から逃げてきた道。
彼女にとって、行く先々こそが退路である。
皇城入口の開け放たれた大扉をとおり抜けると、地面には赤の絨毯がびっしりと敷き詰められ、視界左右には大理石のような壁と柱、皇騎士の甲冑、絵画や壺などの調度品が等間隔に配置されていた。天井には豪奢なシャンデリアも。
ある種、ステレオタイプの「よくありそうな豪華な城のイメージ」そのものだが、風景画やレリーフだけは驚くほどの精巧さで形作られている。
まあ、それら出来がよいものほど、商用利用可能なパブリックアセットを流用しているだけだが。それこそ命ゴイの住人たちには関係のないこと。
「さて、レッド。隠し通路に思い当たる節はありますか」
碧い波からさらに逃げるためには、この城にあるという隠し通路を探し出して、追放棄路につながっているという廃棄迷宮を見つけるほかないが。
「ねぇよ、んなもの。そもそもあるわけねえ」
手がかりもない。
「むっ……じゃ、いいです」
「ッ、おら待て! 勝手に城を散策すんじゃねえヘルプヤクの魔女ッ!」
皇騎士の居城を我が物顔で散策しはじめたヘルプヤクの魔女に、皇騎士十三皇が憤慨して文句を言うが、静止させようとはせず、ナビの自由にさせる。
「クックク、隠し通路なんてあるわけねえ。ここがテメェの最期の……」
意味深で悪そうな顔をしながら、ザンバラな赤毛をねじる男。
金色の両目に映るのは、前を歩く黒魔女の白銀糸のような髪。
それが、そこはかとなく楽しげに揺れているのがイラッとくる。
皇城は一階に社交用の大広間、中央階段を上がって二階に執務室や修練場などの施設、三階には皇騎士たちの私室が並び、四階には王との謁見の間。
外観の大きさは、現実比で言えば十数階はあってしかるべき建物だが。入れない扉、かつ作られていない部屋も多く、見た目ほどの広さはない。
そして国家の要人である万命の令嬢は、皇騎士たちに敵視されながらも彼らの私室以外、どこであろうと好き勝手にズカズカと踏み入ることができた。
プライベートな私室にせよ、万鍵さえあれば問題なし。年がら年中フリー入場な遊び場の城のなかに、レッドたちの安息の場所などどこにもない。
「ハァハァ……これほどの階段というのは存外、疲れるものですね……」
若い魔女が息を切らせながら、情けない後ろ姿で一段ずつ階段を上る。
「どんだけ貧弱なんだ、テメェは。蛮女たちは上階から飛び降りてすらいたぞ」
「……ふふっ、令嬢の皆さまならそうでしょう。目に浮かびます」
命ゴイにはジャンプアクションもある。
ナビが最初に目指したのは皇城の最上階。一皇がいるはずの「皇謁見の間」だ。隠し通路というなら一階、あるいは地下通路あたりが相場と決まっており、ナビもそれを分かってはいるが……ヘルプヤクの魔女は見てみたい。
なんだかんだ、知識でしか知らなかったサッドライク皇城を見てみたいがために、本命の一階部分を先送りにし、上から順に見ていくことにした。
彼女の目には絶対に見えないスタミナゲージを枯渇させ、息を切らせながらたどり着いた最上階。眼前には国旗と同じ、十三本の剣と光を象った大扉がある。
「ふっ、ふんぐぅーっ!」
大扉を全身と両手で力いっぱいに押すが、ビクともしない。
「テメェにゃ無理だ、どけ。ザコが」
見かねたレッドが片手でグイッと押すと、扉は簡単に押し開かれた。
線が細めな優男であるが、秘められたパラメータは桁違いである。
開かれた扉の先には、ところどころを金糸で彩った、一階部分のものよりも高級そうな、手織り風の真っ赤な絨毯が敷かれている。
左右の壁面も、大広間より豪勢な調度品が並ぶ。部屋の奥側には、立場を明確にするための三段だけの階段と、赤・青・黄・緑の宝玉を散りばめた王座。
そこに、キリッとした顔つきで泰然と座る、雰囲気のある男の姿。
顔のいい近衛騎士が右奥に三人、左奥に三人、整列している。
それがおそらく。
「彼が皇騎士一皇、ディアルス=フォン=キングシュバリエ」
「……外のやつらと一緒だ。もうずっと、話しも動きもしねえ」
ナビにとってはただの高貴な皇騎士だが、レッドの沈痛な面持ちをおもんばかり、全身をベタベタと触ったり調べたりする行為は諦めた。
サッドライク皇国の皇騎士一皇。つまり、この国の王である「ディアルス=フォン=キングシュバリエ」は、レッドと同じ赤髪の男性。十三皇の髪が茜色だとすれば、一皇のそれは紅梅のような淡さも感じさせる深い色彩だ。
火炎のように燃える色合いの両目と、業火のような優美さと獰猛さが意匠された真っ赤な鎧も目を引く。尖った意思にまだまだ未熟さが見え隠れする十三皇と比べると、より精神と立場を醸成させきった風貌にも見える。
そして、ディアルスは大型アップデート以前のラスボスであった。
万命の令嬢たちにとっても、ゲーム進行における数々の重要クエストの報告相手となっていたことで、多くのプレイヤーたちに親しまれた。
なお、命ゴイにおけるクエストは皇騎士から受けるものではなく、住民らの要望や国家問題に対する急な事態が進行段階に応じてマップに自動でマークで記され、「風聞で聞いた」という言質をベースに、自分勝手に解決するものだ。
結果、ディアルスへの報告というのは「私がどうにかしてあげたんですがぁ?」「なにか言いたいことありますぅ?」と迫って脅し、毅然としたしっかり者のオレ様系イケメンであるディアルスに「クッ……!」と苦い顔で無理やりお礼を言わせ、王としては無視できない善良なる行いへの見返りを要求すること。
そのため、本来なら頭が高くあるべき皇騎士一皇だが、この場に万命の令嬢が楽しそうな顔で乗り込んでくるときは原則いびられ、苦々しい顔を隠すように頭を下げて、思ってもいないが言わざるを得ない感謝の言葉を口にする。
『……万命の令嬢よ。皇騎士一皇の最大級の感謝と敬愛を、ここに捧げたい』
そんなプライドもまた、どうでもいいように足蹴にされるのも込みで。
トップの男のあらゆる屈辱顔を披露するのが、彼のお仕事であった。
「不思議です。なぜ、私たちだけが普通に動けているのでしょう」
「知らねーよ。分かったところで碧い波はすぐそこだろうが」
「むー、探究心のない人」
「おいおいおい、煽ってんのか? 一皇の前で死体さらしてぇならそう言え」
「おまけに暴力的。令嬢の皆さまにおしおきされるわけです」
「ざけんなテメェ! 暴力に関しちゃ蛮女の右に出る者はいねえぞクソがッ!」
あまりの暴言にキレ散らかすレッドを放って、ナビは不動のディアルスの王座をぐるりと回り、壁や床を見回し、隠し通路につながりそうな違和感を探った。
けれど、この場にそれらしきものはない。軽く嘆息する。
「レッド、城内にはほかの皇騎士もいるのですか?」
「……ケッ」
かみ合わないことにイラつくも、彼は素直に答える。
「五皇アイゼル。六皇カティ。九皇ウェイン。揚水広場の十一皇シズマの四人だ」
「みな、一皇のように動かずで?」
「なんべん言わせんだ。耄碌してんのか白髪女」
「むっ」ナビの着火もわりと簡単なほうである。
ここにいるレッドとディアルスを含めて、皇城にいる皇騎士は計六人。
一人の例外を除き、残りの六人については確認できていないという。
皇騎士たちは全員が全員と仲がいいわけではない。また皇騎士は世襲制ではなく、世代ごとの立候補や推薦による選抜だ。王たる一皇にも特例はない。
そのため、サッドライク皇国には王家の血筋といったものが名実ともに存在しない。直近の歴史設定の前後が用意されていない事情も加味して。
ただし、仲がいい特定の組み合わせというものはある。
例えばレッドの場合、無印版では物語性がほとんどないポッと出扱いの裏ボスであったが、大型アップデート「闇の六皇:外騎士の反旗」で出自などのエピソードとライバルが明かされ、彼の人気を一つ押し上げたように。
十三皇たちは相関図として、それぞれ一人ずつ、わざとらしい仲良しがいる。
人の心が分からぬ五皇アイゼルは、精神依存のメンヘラ男な六皇カティと。
ムードメーカーな九皇ウェインは、一皇ディアルスも素顔をさらけ出す男。
バキバキ得体の十一皇ウェインは、健気な田舎青年の七皇リオスの憧れ。
「七皇はおらずとしても……レッド、あなたの親友はどちらに?」
「……テんメェ、本気で死にてぇのか? 反逆者の居場所なんざ知るわけねえ」
「むむむ……となると、そうですか、つまり」
十三皇の人間関係のやぶ蛇を突いたことは、まったく気にせず。
ヘルプヤクの魔女ナビが、現状から導き出した見解は。
「この異変は"かっぷりんぐ"とはあまり関係なさそうですね」
「ぁん? かっぷりん? ワケ分かんねえこと言ってんじゃねえぞ、クソがよ」
一部の腐った令嬢らが教え込んだ、カップリングはカギじゃなさそうだ。




