最長の最短(10)
美しい町並みに反して、彫像のように固まっている住人たちのおぞましさ。
サッドライク皇城は間違いなく、ゲーム的に壊れてバグっていた。
「おい、あそこの空白地帯が見えるか」
レッドが指を指したのは、町の左奥あたり。
「家々が途切れている広場ですか?」
「ああ。あのへんは蛮女どもが練り歩いて、家を消滅させた場所だ」
「……そういう」
キレイな家々が整列するなか、レッドが示した周囲だけ、広場というにはあまりに飾り気のない、失敗した都市計画のように不自然な空白地帯があった。
その周辺は彼が言うとおり、壊れた令嬢たちがうろつき、手当たり次第にその身で触れていった結果、オブジェクトが消滅した一帯であった。
「皇城は令嬢の皆さまの拠点の一つですし、いても不思議はありませんか」
「ケッ。皇国民にとっちゃ、蛮女は正しく万命の令嬢だからな……口惜しいがよ」
「あら、彼女たちはいつだって清廉潔白ですが?」
「ボケが。瓜みてぇに中身全部くり抜くってんなら、俺だってそう言うさ」
「むむむ」
十三の頭脳を持つとされる十三神「ケルイス=ヴァリアンシー」は、未開であったこの地にサッドライク皇国を建造し、自らの代行者として、この地の住人たちを守護する番人たる、十三の皇騎士たちを生み落とした。
皇騎士とは、皇国民を案ずる王の資質と、彼らを護る騎士の役目を持つ者。それが人の世の理に溶け込み、数百年。神の使いであった皇騎士を人が代行し、老いた皇騎士はまた、傑出した力を持つ新世代の若者へと役割を継承する。
そういった文化を脈々と紡いできた、サッドライク大陸の歴史の一幕を切り取ったのが、この作品。「十三皇騎士ノ命ゴイ」というゲームである。
命ゴイの世界設定において、万命の令嬢の存在は正しくは「十三神が、皇騎士が統べる世の公正と秩序を保つために送り出した御巫にして、皇騎士たちの腐敗をせき止め、人々の治世に是と非を申す存在」つまり監視役である。
作中のストーリーラインも「皇騎士一皇がなにかたくらんでいるらしい」といったあやふやな難癖からはじまり、それを解決するのが万命の令嬢の役目だ。
ゆえに、実際に行われる彼女らの蛮行のごとき実態は別として、万命の令嬢たちは出自だけなら皇騎士と同じく神聖なる存在で、由緒正しき聖女。
ただ、そんな清浄な世界にアクセントを加えたかったディレクターが捻りを加えた。「清らかな聖女が突然ドSになったら、面白そうじゃん!」。
企画段階では神秘的で、いっそ思春期の乙女にうってつけな存在になりそうだったところ、サディスティックという属性を開花させられた万命の令嬢は、最終的に「セールスのために尖らせたんだな」と十人中十人が揶揄するとおり、キャッチーなギャップではあったが、主張の激しいテーマと成り果てた。
こういうことは、どの業界でも往々にしてありそうだとしておきつつ。
ともかく、治世の監視役な令嬢たちは設定面からしても、皇騎士たちにとっては目の上のたんこぶであり、存在からして「一個人が治世に言いがかりをつけ、超常的な力で押さえつけるのは横暴だ!」と蛇蝎のごとく嫌われている。
しかし、彼女らはこの世界において、皇国の行く末をつかさどる皇騎士に上から圧力をかけられる唯一無為の存在であることから、皇国民たちからは皇騎士と同等、いや感情面の設定では皇騎士よりも神聖視されており、愛されている。皇国民には皇騎士へのやっかみはいっさいないのだが、”そういう構図”なのだ。
こうして主人公メリットを最大化された万命の令嬢は、皇騎士にうとまれながらも、住人たちには無条件で愛されているから城下街に入り放題、使い放題。
皇城にせよ、皇騎士たちは「蛮女めがッ……」などと思いながらも、治世の監視者である万命の令嬢の存在を、出自と役目からして否定できないだけに、入城を拒むことはない。だから彼女らは、いろんな意味でやりたい放題。
皇騎士とはいわば、公正の札を下げた第三者の介入を拒めない、拒んだらそれ自体が罪として罵られて罰せられる誠実な苦労人たちだ。そこに一方的な捕食者たちがねじ曲がった嗜好で、あの手この手とイヤなことをしてくる。当の捕食者にはそれをしてしかるべき後ろ盾という名の免罪符があり、後ろめたさなどない。
この世界は徹頭徹尾、万命の令嬢が気持ちよく生きられる世界なのだ。
その一方で、ヘルプヤクの魔女の存在は皇国民には知られていない。
単純に、設定したところで物語的に影響がなかった都合のためである。
「魔女、さっさと皇城に行くぞ。ここは視界をさえぎる物陰が多くて面倒だ」
「分かりました」
これまでとは逆に、レッドが前を歩き、ナビがあとを追う。
ぶっきらぼうなそれは、エスコートとは呼べない代物であるが。
ナビは、レッドの赤い後頭部と白いマントの背中についていきながら、道々に散在している、固まって動かない皇国民たちを眺めた。
進路上では、スカートを跳ね上げてドロワーズまで露出させている、背丈の低いやんちゃな少女が、躍動感のある彫像のようにして宙に浮いている。
すれ違う瞬間、サラリと。少女の肩口を右手で軽く撫でる。素肌との間に挟まる触れられない数センチの空間越しでは、元気そうな温度も感じ取れない。
二人は石レンガの大通りを進み、水路をまたがるようにしてかけられた大小の石橋をいくつか渡っていく。門から城まで最短ルートを歩いているはずだが、グネリグネリと進路が左右するせいで、真っすぐ歩いては進めない。
ここがもし軍隊を擁する都市であれば、戦時の機能はないに等しい。幸いなことに命ゴイでは無縁な話だ。案はあったが、できなかったの意味で。
「このへんの細かな水路は、城下街西の揚水広場につながってんのさ」
「知ってますが」知識だけは豊富。
「……ケッ」
レッドのせっかくのアテンドは、彼女の白銀髪のようにサラリと流される。
二人が歩く場所とは離れたところにある揚水広場は、西側は追放棄路の門壁まで伸びていく崖沿いから、東側はマップ外枠の海へとつながる大河まで、サッドライク大陸の中央部を横断しているエクリタス運河に面している。
揚水広場は、優男系のイケメン皇騎士がバリエーションの過半数を締めるなか、細身ながらバキバキな筋肉で一部令嬢の目を潤わせた、船乗り風の皇騎士十一皇「シズマ=フォン=プリンシュヴァリエ」の担当箇所だ。
なお、大陸上にはほかに交易するような都市がないことと、大陸外の地理も言及されなかったことで、雰囲気だけのファッション波男とバカにされた。
「あちらが、ケルイス・パビリオン。十三神の遺物をまつる神殿ですね」
「……そうだよ」
「そちらが、グッディフル・パレス。令嬢はこの宮殿で生活していたのですね」
「……まるで案内のしがいがねえ客だな、おい」
「申し訳ありません、才女なもので」
城下街を抜けて、皇城に近づくにつれ、中規模な建造物が増えていく。
いずれも見目麗しい作り。大きさに手を焼かされたのであろう皇城より、いっそ繊細なデザイン。十三神をまつる神殿のてっぺんの十字架は、見る者の立ち位置により、反射する光量と照射角度が変化するなどのこだわりを感じさせる。
もう一方、グッディフル・パレスは万命の令嬢が拠点としていた場所だ。
ゲーム起動処理のせいでログイン後の再開地点などの機能を持たないが、都市東側にある「秋煙りの煙突街」に近く、アイテムのお店や、ドレスやアクセサリーを制作・依頼するためのさまざまな仕立屋に気軽にアクセスできる。
また、叩きのめした皇騎士を瞬間移動で連れ込むクローズドな休憩施設も近い。
ここいらはサービス中、ゲーム内の第二の拠点としてにぎわった。
だが、命ゴイのゲーム進行の大半はナビを経由しなければいけないゲームデザインであり、アイテムの売買や制作にせよ、プレイヤー同士の商いやプレイヤー機能で完結できてしまうことで、使わない人はとことん使わなかった。
そんな拠点の周囲を見渡すも、壊れた令嬢の姿はない。レッドが言うに「気付いたときにゃ、蛮女はどいつもこいつもいなくなってやがった」。
万命の令嬢たちがどのように活動していたのか、現地の様子が気になるナビであったが、ここはグッと好奇心を抑えて、目的をあらためる。
神殿や宮殿をスルーして、城に近づくにつれ、皇国民の姿が目に見えて増えていった。城下街の入口付近よりも、明らかに不動の彫像が密集している。
それら数十名の者たちは、ひとかたまりになって集まっている一方、それぞれ顔も体の向きもバラバラ。鼻先が触れそうな距離の相手を無視して、遠くの誰かにあいさつしているようなそぶりの者もいるなど、まるで町中を歩いていた者たちを、無作為にそのままの仕草でかき集めたような不自然さがある。
さらに密集地帯だけあって、道幅はせまくなっており。
二人は皇城を前にして、人混みの隙間を縫って進んでいくことになった。
「おい、こっちから通るぞ」
「んっ、ぐっ、むむーーっ!」
「クックク、どんくせえ田舎魔女が。町と森とは違えんだよ」
「むーっ!」
ナビは体やローブを通行人に引っかけてしまい、思うように歩けない。
大半の皇国民は長身痩躯のイケメンで、彼女より背丈が高いのもある。
さながら、動かぬ人々の壁で作られた迷路のようだ。
レッドが通れそうな道を先に進み、ナビが必死に追いかける。
眼前では皇城がのっぺりとした銀色で起立しているが、あとちょっとが遠い。
赤髪の侍騎士が、超人的な脚力で障害物たちをあっさりと飛び越える。
銀髪の黒魔女は、無礼と思いつつも、腰を九十度に曲げた初老男性の背を馬乗りにして飛び越え、ようやく人混みを抜け、皇城の前までやってきた――瞬間。
「ッ!?!? おい走れッ! 魔女ッ!!」
ナビのほうを振り向いたレッドが、急に叫んだ。
釣られて、思わず後ろを振り返ったナビの背後で。
「おおォォお、おおは、うよようゥゥうううおゥ」
それまで、石のように固まっていたはずの皇国民たちが次々と動きはじめた。
表面上の皮膚と衣服をグチャグチャに混じらせ、身体を尖らせたり、ヘコませたり。壊れた令嬢たちと同じように、破損を浮かべた異形となって。
「っっ!?!?」
ビクン。硬直してしまったナビの逡巡の間に、近くにいた大工姿の中年イケメンが足腰をゴムのようにしならせながら、人とは思えない動きで迫る。
そこに敵意や悪意は感じない。町の訪問者にちょっとあいさつをするような動きだが、今はまずい。触れられれば、ナビによくないことが起きる。
どうなるかは分からずとも、触れられれば確実によくないことが起きる。
大工の中年イケメンら、壊れた皇国民たちの異形には不吉な説得力があった。
「テんメェッ!! ボサッとしてんじゃねえぞッ!!」
「むきゃっ!?」
壊れた皇国民の手指が、あわやナビに触れる直前。皇城前から瞬時に走り寄ってきたレッドが彼女の腕を強引につかみ、引っぱり上げる。
次の瞬間、大工の中年イケメンの腕が、ナビがもといた位置を素通りした。
「どうなってんだクソが!? なぜあいつらまで蛮女みてぇになりやがった!?」
悪態をつきながらも、ナビを引っぱる手は緩めない。
「分かりません……ですが」
引っぱられている側は、宙に浮く自分の両足と、階段下の皇国民を見つめる。
その間も壊れた大工イケメンを起点に、周囲の皇国民たちに異変が伝播していくようにして、子供も大人も老人もその姿形を破損させながら、急に、人とは思えない様子で、ウヨウヨと不自然にうごめく物体へと変わっていった。
ただし、壊れた皇国民たちは、城下街と皇城との境目で見えない不可視の壁にさえぎられているかのように、皇城側へは侵入してこない。
「彼ら、お城には入ってこられないのでしょうか」
「んだと?」
「あそこ、こちら側の階段から先には入ってこられないようです」
それは、二人にとって幸運な「皇国民NPCのリミットエリア」が生きている証拠だが。そんなことを知るよしもない彼女らには、自我もなくガラス窓に自分たちの体を押しつけては不思議がる生物群のように、悪夢の光景に映る。
「ッ!? おい見ろ! 碧い波がもうサッドライク皇城まできてやがる!」
「なっ……は、早すぎます! さっきまで四季彩の大草原だったのに!」
直下でうごめく、壊れた皇国民たちの背後。その少し先の風景は。
いつの間にか、先ほど歩いていた四季彩の大草原をもすべて飲み込み、城の外はもはや蒼海から流れ来る大河と、城門前の吊り橋しか見えないほどに。
幾何学模様の碧い波が、サッドライク大陸の半分を覆い隠していた。




