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サ終世界から逃げ魔女っ!  作者: 手遊花
■命ゴイ編
12/81

最長の最短(9)

 レッドがナビに、ロイヤルチョコレイトタルトを手渡した直後。


「……おい、どういうことだボケ女」

「……さあ」

 なにも起きなかった。


「万鍵ってのはどうした? 出せんのか?」

「いえ、見当たりません。おかしいですねえ」

 黒絹のローブを両手でペタペタと触って確認するも、鍵は見当たらず。

 頼みの綱に裏切られ、混乱のさなかにある二人だが、それもそのはず。


 「贈り物」は、万命の令嬢にだけ許された選択型のコマンドアクションである。それはシステム外にいてユーザーインターフェースを備えず、ヘッドアップディスプレイを視認できない二人には利用することができない。

 今のレッドの行動は、アイテムを魔女に見せて説明してもらう「調べる」であるため、まるでゲームのように「タルトを渡したら、どこかから鍵を取り出した」などという超常的なイベント現象は起きるはずもなく。


「……もう一度だ。ほらよ」

 ナビの手にあるタルトを奪い取り、もう一度手渡し。

「…………」

「…………」

「…………」

「……ざけんなよ、おい」


 ダメな理由を知らない二人が、もう何度か、タルトの手渡しを試みる。

 しかし目的の万鍵がナビの手元に現れることはなく、途方に暮れる。


 命ゴイでは食事や睡眠の概念はイベント処理でのみ行われることであり、どちらもゲーム内世界で活動するうえでは必要ない。

 食事にしても食べるわけではない。「目で見て楽しむとお腹が膨れる」だけのもの。そして両者ともに、無駄に手渡しをしすぎて頭は満腹状態。


 青い草原で見合って立っている、年ごろの男女の間で。

 微妙に、静寂な、ゆるやかな空気が流れた。


「どうすんだよ。数の問題か? またパティシュバリエから奪うか?」

「……いえ、その時間はもうなさそうです」

 レッドの背後、ナビは遠い空を指さした。


 碧い波はすでに、四季彩の大草原を侵食しはじめている。

 サッドライク皇城よりも地理的に南側、見つけやすいようにと魔女の隠れ家にある追放棄路の門壁は、もうまもなく碧に飲み込まれてしまいそうな位置。


 おそらく、走って戻れば、目測ではギリギリでたどり着ける。

 だが万鍵を入手できなかった以上、赤さびまみれの門に戻っていったところで、なすすべもない。静かに、碧い波にさらわれるだけ。


 この瞬間、ナビは目標であった贈り物作戦を断念せざるを得なかった。


「"れべる”もダメ。定命の令嬢パスもダメ。ロイヤルチョコレイトタルトもダメ。残すは"くえすと"ですが、それも私の理解には及ばない――」


 そう言いつつも、ナビは右手の指先にファアキュウの万命書を生成する。


「魔女が問いかけに応じよ。『棄て花の隠されごと』」

 だが、機械的な解説文は非情だ。


――FAQ:クエスト「棄て花の隠されごと」について

――この質問内容は、多数のユーザー要望によりステータス【秘匿】です。

――意見抜粋:愛のない令嬢には見つけられん。一生迷ってろザコ女が。


「……愛のある万命の令嬢でないと、発見できないようですね」


 クエストの受諾手段は進行方法によりけりだが、NPCである二人にはシステム画面を開き、能動的に選んで受諾することなどできない。

 窮地に陥ったときに都合のいい仕組みの恩恵を受けられないさまは、リアル社会を生きる人間さながらだが。命ゴイだけが彼らにとってのリアルだ。


「……クソがよ。追放棄路にたどり着けねぇってなると、ここで詰みか」

「…………」

 消沈したか。返事をしないナビに、皇騎士が一歩詰め寄る。


「ヘルプヤクの魔女。幕引きだ。約束したよな? テメェの罪を断ずると」

「まだです。最後の手段が残ってます」

「ぁん? んだテメェ、この後に及んでまだ命が惜しいか。ええ? クソ魔女」

「惜しいのは命ではなく、諦めること」


 レッドがイラだって右手を持ち上げるも、そこにあるのは多くの万命の令嬢たちを斬ろうとしたには違いない染め紅ではなく、ただの泡立て器。

 雰囲気を台無しにする己の間抜けさに嫌気が差し、魔女の処刑を躊躇する。


 レッドがそうしている隙を見計らい。

 ナビは、ファアキュウの万命書に新たな使命を送る。


「魔女が問いかけに応じよ。『サッドライク皇城の隠し通路』」


――FAQ:サッドライク皇城の隠し通路

――サッドライク皇城からは四季彩の大草原、十三神界、追放棄路に移動可能

――抜け道とは:場内の「廃棄迷宮」より追放棄路に侵入可能

――廃棄迷宮の開放には条件あり


 検索結果の文字列を読めないレッドに変わり、ナビが口頭で言い直す。


「皇城内には、追放棄路への隠し通路が存在します。名は廃棄迷宮」

「ッ、んだとテメェッ!」

「レッド、廃棄迷宮の名に心当たりは」

「ねえ。ありゃしねえ。皇城のことは俺ら皇騎士がよく知ってる」

「手がかりなしと。皇騎士のくせに頼りになりませんね」

「ッ、叩き切られてぇのかヘルプヤクの魔女ッ!!」


 十三皇は憤慨するも、魔女は意に介さず。自分のなかでは新たな目標を打ち立てたと足を進め、サッドライク皇城へと歩みはじめる。

 それを見てレッドは声を張り上げて抗議するが、手出しはしない。両足はしっかりと彼女の背中を追いかける。振り回される姿がよく似合う男だ。


 ナビは気持ち早歩きで、レッドは歩幅を合わせて、二人は青い草原を進んできた方向へと戻っていく。ときどき草騎士が視界に入ってきたが、ナビは騎士たちが襲いかかってこないよう、遠ざかるように膨らんで進み、やりすごす。


 幸い、大陸東部をグルグルと回っていただけで、遠ざかってはいなかったため、青い草原の向こう、白亜の皇国街道をはさんだ先の緑の草原は近かった。

 右手側には、サッドライク皇城への進路をさえぎる大河がゆったりと流れている。まもなく往路で目にした皇城へと至る大吊橋に到着した。


 チラリ。ここからでは山嶺に隠れていて追放棄路の門壁を視認できないが、碧い波はもう、門壁をも飲み込んでしまいそうな位置にまで至っている。

 波の速度は不均一。なにかに突っかかっているかのように遅延することもあるが、三日前から動き続けてはいる。あれは確実に我が身へと迫ってくる。


「ケッ、最期はサッドライク皇城でってか。悪かねえが、しまんねえな」

 レッドのなかではすでに、にっくき魔女の処刑場所が確定している。


「うるさいです。あがきもせず運命を決めつけるとは、皇騎士の名折れですね」

「黙れ。テメェこそ、魔女の分際で運命を切り開く勇者にでもなったつもりか?」

「べつに、そういうつもりですが」

「クソがよ」

 ナビにはまだ、諦めるという選択はない。


 斜度で斜めになった地面に建立されている城や街を目にしながら、まったく揺れもしない、頑丈な木材の足場で組まれた大吊橋を一歩ずつ進む。


 命ゴイの世界にはいわゆる「大きな町」がサッドライク皇城しかない。そのためプレイに膨らみを持たせる目的や機能は、皇城周辺に集約されていた。


 数分ほど歩いて橋を渡りきると、皇城城下街に入る手前に、のっぺりとした表面の銀色の門。といっても門は年がら年中開きっぱなしであり、外部からの侵入を妨ぐ機能も存在せず、誰でも自由に往来できる入口となっている。


 門はあくまで飾りだ。ここを閉めてしまうとゲームプレイに支障が生まれてしまう。それに命ゴイでは皇騎士の対抗勢力「外騎士」が別のエリア、追放棄路にしか存在せず、また皇騎士と外騎士による戦闘イベントも存在しない。

 なので、完全にプレイヤー都合の雰囲気作りのための門構えである。


「――美しい。ここがサッドライク皇城」

「そうだ田舎魔女。この町こそ、十三神ケルイス=ヴァリアンシーの恩寵だ」

 胸を張り、勝ち誇るレッド。まるで子供が宝物を自慢するかのよう。


 ナビが文字でしか知らなかったサッドライク皇城の姿は、水運の張り巡らされた水の都。城下街はいっさい汚れのない真っ白な壁面で統一されており、屋根やガラス窓、緑黄の鉢植えなどのオブジェが家屋ごとに差別化されている。


 道なりには、透きとおった清水が流れゆく細い掘りがいくつもあり、心地よい流水の効果音を絶え間なく鳴らし、脇に添えられた街路樹とともに清潔感をあらわにしている。神秘的なほどに汚れなき風景は、明らかに生活感に欠ける潔癖さであるが、分かっていれば引っかかりもない、お手本のようなゲームの町並み。


 けれども、それよりまず真っ先に目に入るのは、異常のほうだった。


「……ひどい有り様。そこに並んでいる彼らが、皇国民なのですね」

「……地震の直後からだ。あいつら全員、突っ立ったまま動いてねぇ」


 ナビの視界に映る城下街には、ゆうに百を超える人の姿があった。

 しかし、その全員が手足どころか、まばたき一つしておらず。

 各々の、その瞬間の表情で、彫像のように固まっている。


 そのときまで、娘二人を連れて歩いていたのだろう父親。

 そのときまで、ベンチで腰を休めていたのだろう中年女性。

 そのときまで、鎧をまとって巡回中であった騎士の集団。


 みな、生き生きとした営みの一瞬を切り取られた絵画の題材のように、己の生活の途上で、身体の時間を止められてしまっている。

 掘りに流れる清水で洗濯中であったのだろう老婆など、つらそうな中腰姿勢のままで布の上衣を流水に沈めているが、穏やかな水の流れに反して、手元の柔らかそうな布は「鉄のように硬直しながら水を反発」していた。


 初めて目にした、世界最高峰の神秘的な町並みと風景に抱くもの。

 見たことのないものへの憧憬と、理解できるわけがない違和感。

 相反する感情が同時に湧いてくる。


 世界の物理現象が壊れた、不自然でしかないその光景は。

 良くも悪くも、旅気分でいたナビの心を消沈させた。


「俺はこの二週間、このへんのヤツら全員に声をかけてまわった。誰一人として動かなかった。こっちが力ずくで押そうと、あそこの新婦が抱えた赤子すら、指一本も揺らせねえザマだ。皇騎士も同じだ。どいつもこいつも半分は姿ごと消えちまいやがったし、もう半分は今も皇城内で彫像やってるよ……クソがよ」


 ここにいる皇国民たちは、草騎士と同じくAIを搭載していない。

 万命の令嬢たちが近づくと「やぁ」だの「こんにちわ」だのと、テキストなしの一言ボイスを発生するだけの存在で、町を彩るオブジェクトでしかない。


 それでも、NPCがヘルプヤクの魔女しかいなかった森の隠れ家では見られなかった光景に、ナビの心というべき部分は、ささやかに、ゾワッと震えた。


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