最長の最短(7)
プレイヤー主催の遠足。十三皇レッドの「お騎士見」。
万命の令嬢にとっては、彼を愛でる楽しい宴であり。
彼にとっては、覚めない悪夢のはじまりであった。
命ゴイにまだ、大型アップデート「闇の六皇:外騎士の反旗」で、サッドライク大陸とほぼ同サイズの新エリア「追放棄路」が追加される前の時代。
攻略コンテンツの大半を平らげて、あとは皇騎士たちを弄ぶ以外の楽しみがなくなっていた淑女により発案された、近未来蛮女たちにふさわしい催し。
事の発案者は、万命の令嬢の一人「カリカリうめえ」。
前髪を段差強めのレイヤーカットでまとめ、後ろ髪の和風な盛り髪にかんざしを刺し、梅文と槍梅をあしらうも、伝統文化とはかけ離れたサイケデリックな造形の振袖を妖艶に着こなす、命ゴイの和風ファッション勢力のトップカリスマ。
彼女はある日、リアルの天候事情で紅葉のお花見がお流れしたことに腹を立て、皇騎士たちに「オメエらが花びらみせんかいオラアァアア!!!!」と八つ当たりしていたとき、その聡明な脳にアイデアが思い浮かんでしまった。
『ありゃ。ウチら、やつらに斬られたんなら(花護の)花びらが散りゃせん?』
万命の令嬢は戦闘中に攻撃を受けると、身体1メートル先で自動防御する非実態型シールド「花護」によって、プレイヤー心理の安心が完璧に守られる。
そして花護はダメージ表現として、色とりどりの花びらを宙に舞わせる。攻撃してくるのは概してイケメンのみ。カリカリうめえの頭上に電灯がともる。
『のうのう、手前さんら。お騎士の艶顔、間近で鑑賞したくはありゃせんか?』
命ゴイのトップランナーの呼びかけに、恥ずかし魔女の隠れ家でナビにちょっかいかけて遊んでいた暇人たち、総勢十数名の万命の令嬢が乗っかった。
そこで相手に選ばれたのは、並み居る皇騎士のなかで、十三皇レッド。
万命の令嬢たちはいくつかのパーティを組み、定刻通りに四季彩の大草原を巡回していたレッドを発見。こちらが攻撃するまで手を出してこない相手なのをいいことに、来る前に作ったレジャーシートを広げ、草原に腰を下ろす。
もし上空から見れば、万命の令嬢たちに行き先をすべて潰されるように円陣で囲まれてしまい動揺していたレッドの姿を見られたことだろう。
『ダヒャッ、ダッヒャッヒャッ! 超イイ顔で超必死ww こりゃあかんてww』
そして、プレイヤー主導の熱心な創意工夫による初めての試みは。
十三皇レッドを初の生け贄とし、皇騎士たちを地獄の宴に引きずり込んだ。
カリカリうめえはレッドを包囲後、万命術で小突いてアクティブにさせて戦闘開始。彼は逃げ場を円陣で埋め尽くしている蛮女らに果敢に斬りかかった。
しかし、彼女らの身体1メートル先に発生する花護により、直線距離での接近がほぼ叶わず、完全包囲されているとあって、周囲には不可視の壁だらけ。身動きするためのスペースもほぼない。それでもレッドは、憎き蛮女どもの花護を斬り裂かんと、血吸いの刀「染め紅」を全力で袈裟に切り下ろすと。
――その瞬間、彼女らの目の前に、花護のダメージ表現の花が咲いた。
『ウッハー! カリカリうめえさん、これちゃんとお花見ですーww』
『レッドくん超カワぁ。いつもこんなじっくり見れないよねえww』
『ほらほらレッドきゅ~んww もっとがんばって斬りなよ~ww』
敵に攻撃されることで、空に咲き乱れるシステムの花々。
プレイヤー心理を保護するための、絶対的な安全圏の距離。
戦闘目的ではないから、じっくりと座って眺められるお花見。
十数名の花護が生んだ不可視領域は、逃れられない檻となって。
レッドは蛮女に軽薄に笑い続けられながらも、必死で斬り続けた。
そしてこの日、イケメンの必死な戦闘顔をみんなで囲んで間近で眺める。
プレイヤー主催の命ゴイ名物イベント「お騎士見」が誕生した。
レッドは強い。彼はメインストーリーのラスボスである皇騎士一皇を倒したあとに挑める隠しボスなだけに、エンドコンテンツ相応の能力が盛られている。
しかし、彼の特性は「HP残量に応じた三段階強化」「それに付随する染め紅の相乗強化」にあり、素のままでは、高性能だが皇騎士のなかでも中堅が関の山。
持ち前のポテンシャルを引き出すには削り合いの戦いが求められるが。
攻撃を放棄されてしまえば、強化もできず、強敵とはなり得ない。
彼以外の皇騎士はみな、基本的にサッドライク皇城にいる。しかも城内では戦闘エリアの形式がまちまちのため、大人数でのお花見が難しい。
そこで、ダメージさえ与えなければ、染め紅の0.25倍乗算強化も発動せず、初期状態では大した攻撃もないことで回復行動も容易な相手……。
そういった条件からカリカリうめえにより、お騎士見の桜役に選ばれた。
選ばれてしまったのだ。
お騎士見中は、レッドがどれだけがんばって攻撃しても、万命の令嬢同士は気軽に回復アイテム「花蜜」を使って回復しあう。ゲーム内通貨「ナルキ」はとっくに膨張し、市場価値などないティッシュ紙のようにバラまかれていた。
あまつさえ、戦闘不能まで追い込んでも命ゴイの仕様だ。令嬢たちは体にキズの一つも負わずリスポーンし、レッドはさらに悔しそうな顔をさらすだけ。
たとえ回復されずに倒しきっても、相手は「もう飽きたからさっさと帰して」とばかりの横柄な態度。ナビのもとに帰って違うことをしたいだけだ。
ついでに、お騎士見は解散時もむごたらしい。みんなで「そろそろ帰ろっか」となると、それぞれ自前のシートをしまい、残った者たちはノソノソと立ち上がり、背筋を伸ばしたりしながら、ゾロゾロとダラダラと歩いて現地解散する。
その間もレッドは、万命の令嬢たちの背中を必死に攻撃する。
しかし、ドSな彼女らはそれを無視。お喋りに興じて空気扱い。
そういった無視をしない者でも、ときおり後ろを振り返っては、必死に追いかけて攻撃してくる十三皇をほほ笑ましく眺めて、嗜虐的に笑う。
そして憂森林や、戦闘状態の彼がサッドライク皇城に入城できない縛りを利用され、森や城に消えゆく笑いの絶えない万命の令嬢たちを、息を乱し、顔を屈辱に歪め、お外で一人、無様にも呆然と立ち尽くして見届ける十三皇。
そんな無力な哀愁姿を最後にウォッチして、あー楽しかったー。
ここまでの流れが、お騎士見の作法である。
強盗めいた一方的な布陣で好き放題に構われ、笑われ、弄ばれ。
飽きたら勝手に帰られて、追いかけて攻撃しても滑稽さを笑われる。
唯一の打開策は、彼をHP80%以下にしたときにはじまる染め紅のバフモード。延々と攻撃力さえ高めれば、花護のシールドもたやすく破れるようになる。
可能性はちゃんとある。万命の令嬢たちもお騎士見中は戦闘状態に入っているため、なにげなく口に出した言葉が万命術へと変換される。攻撃の意思を持たない、他愛のない発言はダメージがほぼ計上されないようになっているが、その蓄積ダメージによってHP80%以下になれば――というそのとき。
令嬢たちがご丁寧に、酒乱が酒瓶を投げつけるように、レッドに花蜜の瓶を投げつけて強制回復してくるため、参加者が計算間違いをしなければ望みは薄い。
それ以上に、もっと根本的な問題もある。
いかにレッドが世界五強で強く、全力でぶつかれたとしても。
十数名の万命の令嬢たちは、もーっと強い。
十数名どころか、三名ほどで討伐される。
命ゴイ最強プレイヤーなら、だいたいワンパンで沈められる。
性根からしてこの世界に適応できてしまった万命の令嬢たちは、ここに至るまでの短い月日で、サッドライク大陸のコンテンツをすべてを手中に収めた。
また性格や嗜好が向いているほど、自然と発言の威力も高まっていく音声認識システムだけに、当初想定されていたバランスなど灰燼に帰した。
単刀直入に、これはただのNPCいじめだ。サディスティックな恋愛ゲームとしては理解の範疇にあるような、ないようなだが。万命の令嬢らは支持した。
結果、皇騎士を愛でる行為の代表格として盛り上がった、カリカリうめえ発案の「お騎士見」は、ルールに則したコンテンツ外の遊びの探求につながり、命ゴイではさまざまなイケメンなぶりが生まれた。お騎士見は原初の大罪なのだ。
これはただのNPCいじめ。大昔の2D・3D視のゲームならまだしも、ALR対応ゲームではプレイヤーもNPCに人間味を感じてしまうものなのだが。
それだけに、お騎士見のことを聞いて笑いにきた初見さんが、ウワサだと所詮はゲーム的なお遊びに聞こえていたのに、実際の空気感を目の当たりにしたときに吐いた……かの真偽は不明だが、参加者よりも敵NPCへの同情が勝るほどの真に迫った人間体験をしたため、万命の令嬢を「現代女性の闇」と評した。
命ゴイはいつの間にか、ホンモノたちに愛されすぎていた。
その後も暴虐は続く。隠しボスゆえに物語との関連がほぼなく、大型アップデートで過去の因縁を後付けされるまで活躍する場所がなかったレッドは、いつしか定期開催されはじめ、テーマも「梅雨のお騎士見」「海開きのお騎士見」など、もはやなんでもありで集まりたいだけのお喋り会の生け贄となった。
レッド以外にせよ、狭いボスエリアでもパーティで囲んで少人数でお騎士見するミニマムスタイルが提唱され、被害は皇騎士全体に及んだ。
気付けば、命ゴイ内で最もプレイヤーを集めるイベントとして公式に注目され、便乗した開発がその後押しにと、渾身の「花護エフェクトアップデート」を実装。被撃時に散る花びらの色調や種類を変更できるようになったが、令嬢たちは自分たちが工夫した遊び場に無神経に手を出されたような不快感を表明し、「こんなことやってる暇あるならゲーム見直せば?」とお気持ちで殴り返した。
それでも次第に参加人数は、五十人、百人が当たり前となっていき。
レッドは日々、邪悪な儀式で一人、愛玩イケメンとして必死に舞い続けた。
レッドの学習指導型AIが記憶しているなかで、皇騎士十三皇としての彼の尊厳を最も傷つけた言葉がある。お騎士見が人気イベントと化し、参加人数が膨れあがるにつれ最前線競争が激化。前席の令嬢は回復なしで倒されてリスポーンし、ローテーションで回転率を上げるというローカルルールが生まれたときのこと。
眼前には、攻撃されてもキャッキャしてあざ笑ってくる数十名の蛮女。
それを倒しても順繰りで隙間を埋めてくる、終わりの見えない行列。
必死に、健気に、がんばって蛮女を倒していると列後方から一言。
『んもぉ、レッド君おっそぉ。前の子さっさと倒してぇ、萎えるわザコ騎士ぃー』
こうしてレッドは、光の速さで蛮女への恨みを煮詰めていった。
まあ、お騎士見だけ取って見れば悲惨な境遇であるが。
彼より悲惨な扱いを受けた皇騎士は少なくない。




