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真昼の月に満ちる毒  作者: みーなつむたり
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1話


 八反田克之が勤める山内法律事務所に、その男がやってきたのは、四月の終わり、街が長期休暇に浮かれ始めた金曜日の午後。


 男はIT関連企業経営の38歳、名を井上司郎といった。


「妻はおそらく不倫をしています。妻の不貞を立証し、慰謝料を請求した上でこちらに有利に離婚したい。」


 井上は、神経質そうに何度も眼鏡を押し上げながら、対応する八反田の目を見ようともせずに言った。


 井上の妻の名は瑠璃子。井上より一つ年上の39歳。


「………」


 渡された写真に写る瑠璃子は、頬杖を付き、ぼんやり何かを眺めていた。


「………」


 こういう場合、大抵はカメラに目線を向けた写真を差し出すものだ。だが、この写真はまるで日常の一コマを盗み撮ったようにしか見えない。


 この写真こそが、彼ら夫婦の冷めた関係を如実に表しているようだった。


「…わかりました。こちらで調査した後、慰謝料請求等の手続きが可能かどうか、検討してまいりましょう。」

「よろしく頼みます。」


 井上は一瞬だけ頭を下げ、後にすぐさま立ち上がって事務所をあとにした。


     ※ ※ ※


 本来ならば、この手の調査は専門の調査員、すなわち探偵と呼ばれる職の者に依頼するのが常だったが、所長の山内は何故か八反田に直接調査をするよう命じた。


「八反田君、君は少し、弱者と呼ばれる人間の心の機微を理解しなくてはいけないね。今回の依頼、君は0:10で妻に非があると考えているのだろう?」

「…?もちろんです。不倫をしているならば、なおのこと、井上氏は十分な慰謝料を請求でき、離婚も有利に行えるはずです。」

「まあ、その辺りを、君は自分の目で確かめなさい。…いい機会だからね。」


 山内は穏やかな男だった。

 だが、この日の山内はどこか怒りに近い感情を滲ませ若い八反田に対峙した。


 後に、パラリーガルの藤堂に聞くとこになるが、山内は昔、離婚調停を扱った際、依頼人を自殺に追い込んだことがある。


 その時の依頼人は妻の側だった。

 妻は夫との離婚を希望していたが、夫はそれに応じず、どうすれば離婚できるのか、という内容の依頼だった。


 若い山内はその調査を知り合いの探偵に依頼。調査の過程で、妻の側の不倫が発覚した。


『奥さまに不貞が発覚した以上、離婚を請求した場合、奥さまの側に慰謝料が発生する恐れがありますよ。』


 忠告ではなく、事実の報告のつもりだった。

 しかし、その一ヶ月後、妻は自殺した。

 詳しく調査を依頼していた探偵から、後日、報告が入る。内容は、夫による日常的なDVの事実だった。


 真実は、複数の事実の中から弾き出さなくてはならない。そこに主観を介在してしまえば、真実の信憑性は途端に薄れてしまう。


 山内は、この一件を己の罪としてその身に焼き付けた。だからこそ、八反田に自身の目で事実を確認するように命じたのだ。


(所長は俺を見くびりすぎだ。)


 それでも、経験則の少ない若さの前では、年長者の助言は古臭い慣習の押し付けに聞こえるものなのかもしれない。


 八反田は憮然とした態度のまま、事務所のドアを開けた。

 

 


 

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