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第52話 昼食(後)

「…で、お前はそれが話したくて呼んだのか?素直に殿下に頼めば良かっただろ」

「あ、いや、違います。実はお二人にご相談があるんです」


 水霊祭の件が一番気にかかっていたのは確かだが、他にも話したい事はある。


「お二人は、同級生のヘルビン・ゲータイト様の事をご存知ですか?」

「ああ。あのスフェン・ゲータイトの弟だろ」

「なかなかの剣の腕だと聞いているな」


 別クラスだが、二人共多少は知っているらしい。


「私、近頃彼の姉のスフェン先輩と仲良くさせていただいているのですが、どうやらあのご姉弟はお互い疎遠なようなんです。先輩の方は密かに気にかけている様子はあるのですが、表立って近付こうとはしていないし、ヘルビン様について触れにくい雰囲気です」


 シリンダ様も言っていたが、実際、先輩は妙に騎士課程一年生の事情に詳しいフシがある。

 それは武芸大会の情報収集にかこつけて、弟の噂を聞こうとしているからなのではないのだろうか。


「せっかく同じ学び舎に通っているのに、ご姉弟で疎遠というのは悲しい話です。あまり他家の事情に首を突っ込むべきではないのかも知れませんが、どうしても気になってしまって…。お二人はヘルビン様とスフェン先輩の姉弟仲について、何かご存知ではありませんか?」


 私の言葉に、二人は少し考え込んだようだ。


「ふむ…」

「あそこの家は結構ややこしい話になってるとは聞くな。…やっぱりあれじゃないのか?ああいう格好の姉にはあんまり近付きたくないんじゃないのか?」

「やっぱりそうなんでしょうか…」


 彼自身あまり名家っぽくない振る舞いをしていたし、そういう事を気にするタイプには見えなかったのだが…。

 彼にとってもやはり、男装の姉というのは恥なのだろうか。



 私がヘルビンの事を気になっている理由は、ただスフェン先輩の弟というだけではない。

 実は前世の殿下と彼は親しい友人だったのだ。

 前世ではクラスメイトだった彼は、討伐訓練の時にたまたま殿下や私と組み、それがきっかけで殿下と親しくなった。当時の1年生の中ではかなりの剣術の使い手だったのも大きいだろう。

 名家であるゲータイト家の権力を鼻にかける様子もなかったし、私の目から見ても信頼できる人物のように見えた。


 私とはそれほどでもなかったが、殿下とは学院卒業後も親しかったようで、近衛騎士になるために騎士修業をしていたはずだ。

 それが今世では別クラスになり、友人となるきっかけが失われてしまったのではないかと思って気になっていたのだが、やはり名前を知っている程度の関係でしかないらしい。


 私が見たところ、今世の殿下は前世より友人が多い。多分スピネルの影響だ。

 学院に入って初めて知ったのだが、どうやらスピネルは自身が従者というより友人に近い振る舞いをするだけではなく、殿下にちゃんと他の友人ができるように立ち回っているようなのだ。

 友人が増えた代わりにご令嬢方との接点が減っている様子なのは気にかかるが、いざという時に頼りになるのはきっと友人の方だ。

 殿下の味方となる人物は、今のうちにできるだけ増やしておきたい。


 スピネルを見て、前世ではその辺り全く貢献できていなかった事を私は大きく反省した。私ももっと殿下に友人を作って差し上げるべきだった。

 そもそも自分の友人の作り方も分からなかったんだが…今もあんまり分かっていない。

 カーネリア様に助けられている部分が大きいと思う。彼女には本当にお世話になっている。


 せめて今世では殿下の役に立ちたい。そこで真っ先に思いついたのがヘルビンだったのだ。

 気が合うのは間違いないのだし、彼が将来近衛騎士になるという夢を叶えられたら、殿下を守る騎士の一員にもなる。

 つまり彼とスフェン先輩の姉弟仲を解決しつつ、殿下との仲も取り持てたらいいな、というのが今回の私の目論見だ。

 具体的な策はまだ何も考えていないが。前世のヘルビンからは全く姉の話を聞かなかったしな…。



 またローストビーフを飲み込んだ殿下は、一口水を飲んでから言った。


「そういう事なら、ニッケルに聞くといいかも知れない」

「えっ?」

「ニッケルはヘルビンと親しかったはずだ」

「そうなんですか!?」


 知らなかった。意外な所で意外なつながりが。


「じゃ、俺が呼んできてやるよ。ちょっと待ってろ」


 スピネルが席を立ってニッケルを捜しに行った。

 やはり気の利く男だ。私が行ったら変に驚かせそうなので助かる。




 それからすぐスピネルがニッケルを連れて戻ってきた。

 私の説明を聞き、ニッケルが言葉を選ぶ様子で口を開く。


「ええと…ヘルビンがお姉さんの事を避けているのは本当だと思うっす」

「何故ですか?やっぱり男装しているからですか?」


 だがニッケルは首を横に振った。


「いや、多分違うっす。ほら、お姉さん、女の子から大人気じゃないっすか。だからお姉さん目当てでヘルビンに近寄る子がすごく多いみたいで…。それが嫌で、あんまりお姉さんには関わりたくないっぽいっす」


 なるほど、それはいかにもありそうな話だ。

 モテる兄弟や姉妹を持つと大変だという話は私も聞いた事がある。


「でも、幼い頃は仲が良かったんですよね?」

「その辺はよく知らないんす、すみません。俺がヘルビンと仲良くなったのって3年くらい前で、その頃にはもう今みたいな感じでした。あいつ普段、お姉さんの話は全然しないんす」


 ニッケルは友を気遣う表情になった。


「…でも、前にちょっとだけ言ってました。お姉さんも昔は普通のご令嬢で、その頃はよく遊んでもらったって。それに、女の子たちの愚痴はいつも言ってますけど、お姉さんの悪口は聞いた事ないっす」


 私は少し考える。

 ニッケルの口ぶりだと、ヘルビンは男装をしている姉そのものよりも、その周囲の人間を避けているようだ。

 それだけが理由で仲が良かった姉と疎遠になるものだろうかという疑問はあるが…。


「…つまり、別にスフェン先輩のことが嫌いで疎遠にしてる訳ではないんですね?」

「多分っすけど…」


 ニッケルはちょっと自信なさそうに言う。友人でも触れにくい部分なのかも知れない。

 前世の私と殿下の間には隠し事などなかったと思うが、皆がそうではないという事くらいは分かる。


 しかしそうなると解決方法は限られてくるな。

 先輩はファンのことも大切にしている訳だし、排除はできない。たくさんいるファンを統制するのも難しいだろう。

 ヘルビンの側から歩み寄ってもらう方が手っ取り早そうだが…。



「これ以上は本人に訊かなければ分からないんじゃないか?」と、食後のお茶を飲んでいた殿下が言った。

 確かにそれしかないか。

 先輩の事を嫌っている訳ではないなら、直接話を聞きに行ってもいきなり怒り出したりはしないだろう。多分。


「俺らも一緒に話聞いてやるよ。乗りかかった馬だ」


 スピネルも同意してくれる。付き合ってくれるつもりのようだ。

 私より男子同士の方が話を聞きやすいだろうし、この手の事は二人の方が得意だろうから心強い。


「あっ、でも、ヘルビンは殿下やリナーリアさんに呼ばれたら来るの嫌がるかも…」

「な!?」


 ニッケルの困ったような呟きに、私は驚いて大きく振り返った。

 そう言えば、ニッケルの友人だというなら今までもちょっとくらい殿下と接点があってもいいはずなのに、その様子がない。

 他のニッケルの友人と殿下はそれなりに親しくしてるのに。


「何故ですか!?どうして殿下を!?」

「お前はちょっと黙ってろ、話がややこしくなる。…ああ、何となく分かった」


 私を遮ったスピネルが何やら思い当たったような顔になる。


「分かったなら説明して下さい!殿下の何が嫌なんですか!」

「黙ってろっつったろ!もういい、どうせ呼ぶんだから本人に訊け。俺らの事は伏せてニッケルに呼び出してもらえばいい」


 私は非常に不満だったが、殿下は「それでいいんじゃないか」とうなずいた。

 かくして放課後、ヘルビンを呼び出し私と殿下とスピネルとで待ち受けることになった。

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