第121話 親友
寮に戻ると、すぐにコーネルが出迎えてくれた。
「お嬢様。ギロル様からのお荷物が届いています」
厚紙製の筒を差し出され、急いでそれを受け取る。
筒を捻って蓋を開け、中から丸められた紙を取り出した。
「わあ…。見て下さい、とても凛々しい絵です」
「本当ですね」
白銀の騎士と黒の騎士が並んで馬に乗っている絵。
ラフの時よりも細かく描き込まれているので、より表情豊かだ。馬上で楽しく会話を交わしているのがよく分かる。
「私、早速ミメット様の所へ行ってきます。着替えはその後で」
「承知致しました」
ミメットは放課後は大抵すぐに寮に戻っているようなので、きっともう部屋にいるだろう。
部屋がどこなのかは管理人に尋ねればすぐに分かった。どうやらレヴィナ嬢との二人部屋らしい。
ノックをすると、ややあってドアが開きレヴィナ嬢が顔を出した。私を見て少し目を丸くする。
「リナーリア様」
「こんにちは。ミメット様はいらっしゃいますか?」
「はい。どうぞ中へ」
レヴィナ嬢はミメットの許可を取ることもなく私を中へと招き入れた。
前から思ってたけどこの子、一見ミメットに従ってるようで実は結構好き勝手してないかな…。
案の定、部屋に入ってきた私を見てミメットは驚いたようだった。
「りっ…!」
「こんにちは。お邪魔いたします」
にこやかに微笑みかけ、レヴィナ嬢に勧められてミメットの向かいの椅子に座る。
目を白黒させているミメットの耳に、レヴィナ嬢が唇を寄せた。
「ミメット様、ちょうど良かったじゃないですか。チャンスですよ」
「れ、レヴィナ!」
チャンス…?一体なんだろう。
レヴィナ嬢は相変わらず声量を抑えられていないので、会話はこっちに筒抜けだ。
ミメットは何故か慌てている。
「もしかして、ミメット様も私に何か御用がおありでしたか?」
「わ、私…私は…」
尋ねてみるが、ミメットは何やらもごもごとするばかりだ。どうしたんだろう。
「…それより、貴女の方こそ何なの!何の用で来たの!?」
噛みつくような勢いで逆に尋ね返されてしまった。
何だかよく分からないが、私の用件は変わらない。絵が入った紙筒を膝の上に置いたまま話を始める。
「あの、しつこくて申し訳ないんですけど…ミメット様に生徒会に入って欲しくて、そのお話に参りました。…すみません…」
いい加減聞き飽きているだろう事は私も理解しているので、ついミメットの機嫌を伺うような言い方になってしまう。
案の定ミメットは唇を真一文字に引き結んで私を睨んだ。ああ、やっぱり不機嫌になってる…。
すると、レヴィナ嬢がミメットを肘で突ついた。
「ほら、ミメット様」
「分かってるの!…あ、あの」
「はい」
上目遣いに睨んでくるミメットと向かい合う。大丈夫だ、突っぱねられるのには慣れている。
「…入っても構わないの」
「ええ、そうですよね…。なので今日は…、…えっ?」
私は耳を疑い、もう一度聞き返した。
「い、今なんて言ったんですか?」
「…だから!入っても良いって言ってるの!」
私はぽかんとしてミメットの顔を見た。
ミメットは怒ったような表情で、頬を赤く染めている。
「…入ってくれるんですか?」
「さっきからそう言ってるじゃない!」
えっ…。な、何で急に?
承諾してくれるのは嬉しいけど、急展開で理解が追いつかない。
混乱する私に、レヴィナ嬢が説明してくれる。
「つまりミメット様は、今日まで毎日、何度も何度もリナーリア様にお声をかけていただいて嬉しかったんですよ。何しろお友達いませんし」
「レヴィナ!!!!」
ミメットが怒るが、レヴィナ嬢はどこ吹く風だ。
「でも、なかなか素直になれなかったんですね。ミメット様、ツンデレなので」
「ち、違うの!!」
ミメットは赤い顔のまま俯き、ぼそぼそと言う。
「…あんまりにもしつこいから、折れてあげるだけなの…」
レヴィナ嬢が「本当にツンデレですね」と肩をすくめ、私はまじまじとミメットを見つめた。
ツンデレという言葉の意味は私も知っている。この前リチア様がやけに丹念に教えてくれたのだ。
きっと役に立つからと言っていたが…。
…何て事だ。
手の中の紙筒を思わず握り締める。
前世よりも時間はかかってしまったけれど。
こんな小細工などしなくても、殿下が言った通り、私の思いはちゃんとミメットに届いていたのだ。
「ミメット様…!」
嬉しさが胸いっぱいに湧き上がり、私は紙筒を置くと身を乗り出してミメットの手を握り締めた。
「ありがとうございます!ミメット様が承諾して下さって、本当に嬉しいです。…これから一緒に、生徒会で頑張りましょう!!」
「え…ええ」
ニコニコする私に、ミメットが気圧されたようにうなずく。
「あっ、もちろん、生徒会以外でもです!お友達として、仲良くいたしましょうね!!」
「そ、そうね。…しょうがないから、少しくらいなら付き合ってあげてもいいの」
ミメットはぷいっと横を向いたが、これは照れているんだと思う。ツンデレというのはそういうもののはずだ。
隣のレヴィナ嬢だってにっこりしているし。
…本当に良かった。ミメットが生徒会に入ってくれる事も嬉しいが、それ以上に私の気持ちが伝わっていた事が嬉しい。
このちょっと拗ねたような顔で横を向くミメットの姿には、前世でも見覚えがある。
あの頃はきっと彼女の機嫌を損ねたのだろうと思っていたが、もしかして違っていたのかな…。
それを確かめる術は、もうないけれど。
「ところで、リナーリア様。これは?」
レヴィナ嬢がテーブルの上に置かれた紙筒を示す。
「あっ…。ええと、これは」
どうしよう。これでミメットを釣るつもりだったとは言いにくい。
でも彼女のために用意したものだしな…。やっぱり渡した方がいいよな。私が持っていてもしょうがないし。
「ミメット様が生徒会入りを承諾して下さった時に、お祝いとして渡そうと思っていたものです。どうぞ、見てみて下さい」
微妙に目的を誤魔化しつつミメットへと差し出す。
ミメットは少し怪訝な顔で受け取ると、紙筒の蓋を開けた。
そして、中に入っていた紙を広げる。レヴィナ嬢も横からそれを覗き込んだ。
「…これは…!?」
二人は驚愕に息を呑んだ。
「こ、これ、白銀の騎士と黒の騎士…!?挿絵にそっくりなの…」
「本物!?本物のジャイロの絵ですか!?リナーリア様、これを一体どこで!???」
「すみません、入手元は明かせません。でも、喜んでいただけたみたいで良…」
「リナーリア様!!!」
言い終わる前に、眼鏡を光らせたレヴィナ嬢にがっちりと両手を握られた。
「ミメット様のお友達なら私にとってもリナーリア様はお友達!!…いえ、もはやミメット様は関係ありません。私たちは親友です!!そうですよね!??」
「え?は、はあ…」
「ちょっとレヴィナ!!」
ミメットが慌てて割り込んでくる。
「何ですかただのお友達のミメット様。私の親友のリナーリア様に何か御用でも」
「ず、図々しいわ!!だったら私だって親友なの…!」
「昨日まであんなに渋っていたのにですか」
「それはそれ!これはこれなの!!」
…何やら言い合い始めたミメットとレヴィナ嬢に、私は呆気に取られる。
こんなミメットの姿は初めて見た。
前世ではいつもツンとして澄まし顔でいたのに、こんな風に騒いだりもするんだな。
でも年相応な彼女の一面が見られて、なんだか嬉しい。
親しくなるという事は、こういう色んな顔を知るという事なんだろう。
「ふふ…」
つい愉快な気持ちになり、口元を抑える。
「…あの、ミメット様、レヴィナ様。良かったら、この絵に対するお二人の解釈をお聞かせいただけませんか?」
そう声をかけると、二人はぴたりと言い合いをやめ私の方を見た。
「そ、そうね。聞かせてあげてもいいの」
「あ、ちょっと待ってください。でしたら私、お茶を淹れてきます」
「そうだわ、レヴィナ、フィナンシェがあったはずなの。あれも出してちょうだい」
「はいはい、分かっております」
「はいは一回でいいの!」
仲良く言い合う二人に思わず苦笑する。
どうやらこの二人は、私が思っていたよりずっと良い主従…いや、友達のようだ。
二人もいっぺんに友達が増えて、私はとても幸せだった。




