第90話 武芸大会・5
翌日2日目は、魔術師部門の1回戦。その後タッグ部門と騎士部門の2回戦だ。
騎士部門は参加者が多いので一番時間がかかる。1回戦は昨日のうちに行われており、エントリーしていた殿下は当然勝ち進んでいる。
ちなみにスフェン先輩はタッグ部門に注力したいとの事で、騎士部門への出場はしなかった。
カーネリア様は大会に出場したがるのではないかと思っていたが、1年生のうちはまだ出場しないとの事だった。
どうも彼女なりの考えがあるらしい。少し悔しげではあったが。
タッグ部門が始まるのを待ちながら、魔術師部門の試合をのんびり眺める。
見栄え重視の部門なので試合としての緊迫感はあまりないが、見ごたえはそれなりにある。
1回戦だからどの出場者もやや抑え気味だが、決勝戦まで行けばだいぶ派手になるだろう。
3年生が使っていた、高位の雷魔術をアレンジした術などは範囲が広く威力もしっかりありそうだ。参考になる。
私たちの試合はタッグ部門2回戦の最初。組み合わせ表のせいで毎回第1試合だ。
相手はあのブロシャン家の長男フランクリンと、その婚約者である。
もう卒業が近い二人なので、思い出作り的な出場だろうし1回戦で消えるかと思っていたら、意外に真面目に戦って1回戦を勝ち進んできたので少し驚いてしまった。
「東、騎士課程2年、スフェン・ゲータイト!魔術師課程1年、リナーリア・ジャローシス!」
《美しき女性タッグが再び登場!1回戦では魔術師2人のタッグ相手に華麗に勝利を収めました!》
「西、魔術師課程3年、フランクリン・ブロシャン!騎士課程3年、オリーブ・アンブリゴ!」
《こちらは本年度ベストカップルの呼び声も高い2人のタッグ!1回戦では息の合った戦いで騎士2人組を沈めました!》
オリーブ様はフランクリンの幼馴染で、魔術師の彼を守りたいからという理由で自ら女騎士を志したご令嬢だ。
周囲は彼女の選択に仰天したそうだが、案外才能があったらしく優秀な成績を収めている。
フランクリンとはバカップルとして学院内で有名だ。
《女騎士と魔術師という、似通った組み合わせの2組と言えますね!》
《それぞれの魔術師がどういう動きをするかが勝負の鍵になりそうかな?》
レグランドが面白そうな口調で言う。
「…始め!!」
「ダーリン!行きますわよ!」
叫んだオリーブ様がフランクリンの方へ手を伸ばし、フランクリンもまたそこに手のひらを合わせる。
「任せて、ハニー!『風よ渦巻け、纏いて鎧となれ』…!!」
詠唱と共に、風の鎧の魔術がオリーブ様を覆った。
《フランクリン選手は風の防御魔術をオリーブ選手に使用!どうやら1回戦と同じ戦術か!》
私も1回戦を見ていたが、二人はこの風の鎧の使い方が実に上手い。
風を使って相手の剣を逸らし、逆に自分の剣には勢いをつけるのだ。
フランクリンが細かな調節をしながら魔術を使い続けているのだが、オリーブ様の方もよくタイミングを合わせて動いている。息が合っていなければできない芸当だ。
…何か無駄にイチャイチャしてるようにも見えるが、あれも息を合わせるために必要な事なんだろう。…多分。
オリーブ様が剣を構えて叫ぶ。
「わたくしとダーリンの愛が!渦巻く風となり!」
「嵐を呼び起こし!二人に勝利の祝福をもたらす…!!」
二人は左右対称にポーズを決め、私は思わず真顔になった。
ばばーん!!という幻聴まで聞こえた気がする。
《フランクリン組、愛の勝利宣言!》
《見事に揃ったポーズだ。実に仲がいいね》
1回戦でもだいたい似たような名乗りを上げていたのだが、改めて目の前で見ると、何と言うか…こう…。
「リナーリア君!!僕たちも負けていられない!!二人の絆の力で栄光を掴み取るんだ…!!」
スフェン先輩は私とは逆にめちゃくちゃテンションを上げていた。無意味にかっこいいポーズでこちらを振り返る。
試合前「まずは相手の出方を見よう」と言っていたのでその通りにしたが、これもしかして先輩は名乗りを見たかっただけなのでは…?
「ふふ、愛と友情の絆と、どちらが勝るか…ここで証明してみせようじゃないか!」
「いいわ!受けて立ちますわよ、ダーリン!」
「もちろんだよ、ハニー!!」
えええ…3人共すごい楽しそうなんですけど…。
これではまるで、一人だけ真顔の私がおかしいみたいではないか。でも無理だ。私にこのテンションは無理だ。
《スフェン選手、負けじと闘志を漲らせる!双方譲らない姿勢だ!!》
《…ところで、いつ戦いを始めるのかな?》
レグランドがつぶやく。そんなの私が聞きたい。
いや、今は試合中だった。戦いはもう始まっているのだ。
何とか気を取り直し、得意の水魔術で周囲にいくつもの水球を浮かべる。
《リナーリア選手、魔術で水球を大量に召喚!》
先輩がニヤッと笑って姿勢を低くし、剣を構える。
「リナーリア君、行くよ!僕たちの表情豊かなる二重奏…!」
私にあまり高度なアドリブを求めないで欲しいんですが!!
「は、はい!行きます!機敏に…!!」
とりあえず先輩に合わせ、適当に音楽用語を言いながら水球を操った。特に意味はない。ないんだよ!
まずはオリーブ様の頭上と足元に向けて水球を撃ち出す。
風の鎧がなるべく薄そうな部分を狙ったのだが、しっかりと弾かれた。フランクリンが私の魔術に合わせて風を動かして防いでいるのだ。
《水球がフランクリン組を襲う!しかし愛…もとい、フランクリン選手の魔術がそれを防いだ!》
ほぼ同時にフランクリンの方にも水球を撃っていたのだが、こちらは彼の防御結界の魔術に防がれている。
予想通りだ。何しろ彼は1回戦でも、風の鎧と防御結界の2つの魔術以外ほとんど使っていなかったのだから。
《フランクリン君の風魔術は器用だね。少ない出力で上手く相手の魔術に対抗してる》
正直な所、彼は弟とは違いそれほど才能豊かな魔術師ではない。センス、技術、魔力量、どれも突出したものがあるわけではない。
しかし、自分の力を効率的に使う方法に長けている。彼もまた称賛すべき魔術師なのだ。
先輩もオリーブ様へ向けて剣を繰り出しているが、次々に風の鎧に弾かれている。
しかも、向こうが斬り付けてくる剣には風の勢いがある。受けには回らずなるべく躱して凌いでいるが、いつまでも避け続けるのは難しいだろう。
「これはなかなかやりにくいね…!」
「当然よ!ダーリンの愛が、わたくしを守ってくれている…!」
「その通り!僕の愛はいつでもハニーを包んでいる…!!」
それにしてもこれはやめて欲しい。切実に。気が散ってしょうがない。
いや、そういう心理攻撃なのか…?
だとしたらかなり効果的と言わざるを得ない。私の集中力は確実に削がれている。
このままではまずい。
先輩は連撃を使ってダメージを与えるタイプ、一撃の重みには欠けるので、この風の鎧とはあまり相性が良くない。
魔術師の私が現状を打開しなければ。
意を決し、防御に回していたいくつもの水球をオリーブ様の周囲に素早く纏わりつかせた。
「く…鬱陶しいですわ!」
命中はしなくても、しつこく飛び回る水球は相手の気を散らす。
苛立ちを表した彼女に、私は「先輩!」と叫びつつ土魔術を放った。
『隆起せよ、石の塔!』
「きゃっ…!?」
先輩がすかさず後ろに飛び退るのと同時、オリーブ様の足元の石床が盛り上がった。いきなり数メートルもの高さに持ち上げられ、オリーブ様が悲鳴を上げる。
《リナーリア選手、土魔術で石床に干渉!これにはオリーブ選手もびっくりだ!》
彼女の全身を覆っているかのように見える風の鎧だが、足の裏にだけはそれがない。もしも足の裏に風を纏わせれば地面に足をつけなくなり、踏ん張りが効かず動きが大きく妨げられるからだ。
だから私は水球で彼女の集中を乱した上で、足の裏を狙って土魔術を使った。
先輩は私の作戦をきちんと察していたようで、タイミングよく下がってくれた。念入りに連携訓練をしておいたおかげだ。
そして天高く盛り上がり塔となった石床は、無理矢理その構造を広げたせいでかなり脆い。
当然、オリーブ様の体重を支えられずボロボロと崩れることになる。
「きゃああっ…」
「オリーブ…!」
フランクリンは、体勢を崩し空中に投げ出されかけたオリーブ様の身体を魔術で支えようとした。
その瞬間を狙い、フランクリンへと容赦なく大きな火魔術を叩きつける。
『業火よ、焼き尽くせ!』
彼の防御結界はかなり堅そうだったが、オリーブ様を助けようとしているこのタイミングなら二重防御は使えない。一枚だけなら私の魔術で十分に破れる。
フランクリンががくりと膝をつき、審判が「フランクリン選手、戦闘不能!」と叫ぶ。
《オリーブ選手を助けようとしたフランクリン選手ですが、そこを狙って業火の魔術が炸裂!フランクリン選手が脱落しました!》
「…今です、先輩!」
「ああ!!」
先輩が身体強化を使い、落下していくオリーブ様へ向かって大きく跳び上がる。
オリーブ様の身体を守っていた風の鎧は、術者であるフランクリンを失いかなり薄くなっているはずだ。
「ここで決める!決然と…!!」
斜め上、下、そして横。3つの斬撃が、瞬く間に叩き込まれる。
「きゃあああぁ…!!」
真っ逆さまに落ちたオリーブ様の身体が地につく寸前、私は風魔術を使ってそれを受け止めた。
ふわりと一度浮いてから地面に横たわる。
闘技場に張られた結界の効果で落下の衝撃はだいぶ緩和されるだろうが、受け身も取らずに落ちればさすがに結構痛いはずだ。
女性にあまり痛い思いをさせるのは忍びない。
「オリーブ選手、戦闘不能!スフェン・リナーリア組の勝利!!」
観客席からわあっと歓声が上がった。
《最後は空中での華麗な三連撃が決まりました…!!》
《足場のない空中ではあれは避けられない。しかも斬り上げに落下の勢いが加わっていたから、一撃目の時点で風の鎧は吹き飛んでいたね。オリーブさんにはかなりのダメージがあったはずだけど、最後は魔術で受け止めるという万全さだ。スフェン組の余裕の勝利と言えるだろうね》
「…オリーブ!」
地面に倒れたオリーブ様に、よろめきながらフランクリンが走り寄る。
助け起こされたオリーブ様は弱々しく微笑みを浮かべた。
「ダーリン…ごめんなさい。負けちゃったわ…」
「いいや…君は悪くない。僕の愛が一歩届かなかった…」
「…悲しむ必要はない!」
手を取り合い悲しげにうつむく二人の前に、スフェン先輩が立った。
「君たちの愛は見事だった!もしリナーリア君がいなければ、僕の剣は愛に阻まれ全く届いていなかった事だろう。つまり、今回は僕とリナーリア君の絆が君たちを上回ったという事だ。…だが、あえて尋ねよう!君たちの愛とは、こんな所で終わってしまうものなのかい!?」
「…!!」
雷に打たれたかのように、手を取り合う二人の身体が震える。
「いいえ…違うわ!わたくしとダーリンの愛は永遠…!」
「そうだよ、ハニー!」
熱く見つめ合うフランクリンとオリーブ様。
「この試練を乗り越え、二人でもっと強い愛を築いていこう…!!」
先輩が高らかに拍手を打ち鳴らした。
大きく腕を広げながら感嘆する。
「ブラボー!おお…ブラボー!!さあ皆、この二人に称賛と拍手を…!!」
観客席から、再びの歓声と拍手が上がった。
…私はずっと真顔のまま後ろで見ていた。
入っていけない。




