リア充鎮魂歌(レクイエム)
ここはリア充を羨む人間達の溜まり場‥
いや、リア充を撲滅せんと日夜戦いを繰り広げる勇者共の酒場であり住処だ。
「我々はリアルが充実しているカップル。所謂リア充どもを滅殺し、この世界を清らかな清浄な世界を取り戻すのだぁ!!」
舞台上では朗々と宣言する首領らしき人間が高々に拳を天に突き上げると、うおおお!という野太い歓声が上がる。
酒場のカウンターにロックでウィスキーをかっくらう男は、その威勢の良い集団を鼻で笑ったかと思いきや、不敵な笑みを浮かべては虚な視線をウィスキーに注ぐ。
「マスター。俺は次の仕事で引退しようと思う。そろそろ潮時だ。」
男は、手榴弾を野球ボールのように扱い、数度空中に投げては、それを掴むという動作を繰り返す。
「なんだい?あんたも好きなやつでも出来たのか?」
カットグラスを手入れするマスターに、切なさを包含した男は伏目がちに、お代の一万円札を差し出すと、スクっと立ち上がる。
「いいや。違うけどな。この家業はな、虚しさしかないんだ‥。」
するとマスターは穏やかな微笑みを浮かべると、紙幣を押し返す。
「そうかい‥アンタも気付いちまったんだね。お代はいいよ。気持ちだけ受け取っておくよ。そうだ、どうせなら、最後にこのカップルをやるといい。」
押し返した紙幣の上には、仲睦まじい男女の写真。
「お代までご馳走になったのに、仕事の斡旋までしてくれるとはね‥。しかし有り難く頂いておくよ。」
哀愁漂う背中を向けて、男は酒場を後にする。
港近くのこの酒場は、酒の匂いよりも、塩水の香りが漂う。
港を照らす赤白の街灯が明滅し、男の暗い影を映し出す。
写真の裏には、山下公園とある。
山下公園と言えば、数々のカップルを、爆散させてきた狩場だ。あの場所に最後に立ち寄るなんて、おつな話だ。
感慨に浸りながら、潮風を体に受けながら歩く。向かい風に体が冷えるのを嫌い、体を縮こませてはコートを深く羽織り、風を遮断する。
船の汽笛が聞こえる中、山下公園までは15分の道のりだ。
後ろは振り返らない。
振り返ったところで、あるのは、積み上げてきた爆破の煙と、熱風の面影だけだ。
黙々と歩き、目的地にたどり着いた。
辺りを見回せば、時間帯らしく、他にも狙い目のカップルは大勢いる。
しかし今回はマスターのご要望だ。希望通りこの二人をやろう。
男は二人がよく立ち寄る東屋をマークする。
ここもまた、爆破スポットとしては絶好の場所だ。
東屋のベンチ下にダイナマイトを設置し、物陰に隠れる。
すると、しばらくして予定通りに二人が来た。
しかし様子がおかしい。熱量が圧倒的に足りないのだ。そしてむしろ剣呑な雰囲気を醸し出している。
それでも注意深く二人をマークしていると、どうやら二人は結婚を約束していたのに、なかなか煮え切らない男の態度に腹を立てて、仲違いしているらしい。
それを見て内心舌打ちをする。
マスターめ、終わり際のカップルを掴ませやがったな。これじゃ、現行犯での爆破をポリシーとする俺の信条に悖る。
嘆息をつき、俺は諦めてダイナマイトの回収をしようかと思った矢先。ふとある考えが浮かぶ。
そうか‥そういう事か。
男は決めた。今まではこの日、この為のリア充爆破だったのだ。
手に握った遠隔操作スイッチのボタンを確かめると、瞑目する。そして祈るようにボタンを押下した。
ドカン!!
派手な爆音の割に小さな火力のダイナマイトは大量の噴煙を撒き散らしている。
煙が風に流れて、視界が明瞭になると、東屋に座った二人は抱き合っていた。
どうやら爆破の危機に男が身を挺して女性を守ったらしい。
フッ。やるじゃないか。
ダイナマイトで、焼け木杭に火を付けちまったかな。
黒の中折れハットを目深く被り直すと、踵を返して、公園を後にする。
「俺の仕事は終わった。リア充爆破‥みんな、いい夢見ろよ。」
男は旅に出る。
リア充爆破の使命は終えた。
そして、男は一人道なき道を歩んで行く。