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リトライ


 あれからというものの、私は何も手につかなくなってしまっていた。


 何も考えられない、彼女の心がわからなかったのだ。


 「レブンスよ、浮かない顔してどうかしたのか? お前がそんな表情をするなんて珍しいことだな」


 訝し気な目つきで、アウルがこちらを見てくる。


 「いえ……特に問題はございません、魔王様」

 「本当か? これから人間と戦争をするというのに、そのような様子で大丈夫なのか」

 「余計な心配をおかけし、申し訳ありません。 本当に、なんともございませんので……」


 しまった。


 顔に出さないようにしていたつもりだった。


 いつもの私であれば、このような失態を起こすはずがないのに。


 「ホホ、もしや緊張してるんじゃないのかのォ」

 「――えー!? レブンスさんも緊張なんてするんだー!? あたしなんて、いっつもガチガチで緊張してるのに!」

 

 口の周りにお菓子の食べかすをべたべたにくっつけながら、ピュリウは物珍し気に大声を出してくる。


 「あんたは緊張なんてものとは無縁なんじゃないないのかねェ」


 赤い液体でヒタヒタになったグラスに口をつけつつ、呆れた様子でヴェントローゼは口を挟む。


 オーロワルツめ、面倒くさいことを口走りやがって。


 次から次へとベラベラ口を開いて、本当に緊張感の無い奴らだ。


 「緊張はしておりませんが……実はこれからのことについて、考えを巡らせていただけなのです」


 これからのことを考えていたのは、まぁ事実ではある。


 何の計画もなく時間を巻き戻してしまった上に、同じように人間の王をフェルノセスタ国へと集結させる段取りまで運んできてしまったのだ。


 本来であれば、アウルが先代魔王に対して苦言を漏らすような流れになるはずだったが、この状態ではどんな言葉が飛び交うか、わかったものではなくなった。


 「これからのことと言いましても……すべきことは1つなのではないかしら? レブンス」

 「仰る通りでございます、フォルスリリー様。 しかし、どんな状況であってもイレギュラーというものの存在は否定できませんゆえに。 ――勿論、魔王様や指揮官の方々のお力を疑っているつもりは微塵もございません」

 「まぁ、リリーのやることは変わりません。 つまらない余興となるでしょうが……」


 悪気は恐らくないのだろうが、フォルスリリーの言葉はいつも角が立っている。


 悪気が無ければ、何を言ってもいいというわけではなかろうに。


 余計な言葉に掻きまわされぬよう、この時間においても成すべきことをやる、それだけ。



 ――トン、という扉を叩く音が鳴る。


 

 すると暫くして、黒髪の美しい女性が姿を見せる。


 「――失礼いたします」


 視線が扉に集中する。


 物怖じなどすることもなく、凛とした表情がこちらへと向けられる。


 私にとっての救いは、この世界には“まだ”エルが生きているということだけだ。



 「大変お待たせし、申し訳ございません。 フェルノセスタ国王、レレミア国王、イルカンティア国王、ソルロ国王、バルムヘムク国王の準備が整いましてございます。 皆様、どうか大広間までお越しくださいますよう、お願い申し上げます」



 同じような流れで、ぞろぞろと連中が扉の外へと消えていく。


 唯一違う点は、アウルが言葉を遮られていない為に、気を悪くしていないということくらい。

 

 「――あの、どうかされましたでしょうか」


 意識していなかったが、私は彼女を凝視しすぎてしまっていたようだった。


 明らかに不審な目でこちらを見ている。 仕方がない、今は初対面なのだから。


 「いえ、何でもありません。 失礼をいたしました」


 以前のように、鬼気迫る勢いで話しかける気に、今はなれなかった。


 


 

 ◇




 崩壊していくフェルノセスタ国。


 何一つとして変わらない、蹂躙されていく人間。


 そして、私の腕の中で眠っている聖女。



 寝顔を思わず覗き込んでしまう。


 髪の毛には艶があり、肌は透き通るような色をしていた。


 目の下にクマもなければ、頬もこけていない。 唇は水分を帯び、光を反射しているほどだ。


 ベッドに横たわっていた彼女も、腕の中で眠る彼女も、どちらも同じエル。


 改めて認識する必要もない、当たり前の話。


 しかし私は今、この手の中にいる彼女のままでいてほしかった。


 「……どうしたものか」


 エルが目を覚ますのは、おそらく夜明け頃。


 しばらくはこのまま眠り続けてくれるだろうが、同じことを繰り返すわけにはいかない。


 雪崩のように崩れ落ちていく城を、黙って見つめていた。





 ◇


 



 「骨がないとは、このことであったのゥ……ホッホッホ」

 「そ、そーだねー。 確かに、人間にとっては骨身に染みただろーねー」


 鷹揚に構えているオーロワルツを見て、ピュリウは何やら身体をムズムズさせている。


 予想するに、骸骨であるオーロワルツに対して「骨だけに!」などという冗談を言いたくて仕方がないのだろう。


 相手にしていられない。 特に触れてやる必要もない。


 「皆様、大変お疲れ様でございます。 皆様のご活躍により、無事に人間たちへ致命傷を与えることができたかと存じます」

 「ここまであっさり行ってしまいますと、何か裏があるのではないかと勘ぐってしまいますわ」

 「――ハッハッハッハ! 今となってはそれくらいしてくれた方が、ウチとしては楽しめるってものだねェ!」


 おもむろに懐からワインを取り出すヴェントローゼ。


 私は扉で待機している従者に、目線でグラスを指示する。


 その時、壇上の袖からアウルが姿を現した。 私や指揮官たちはその場で膝をつく。



 「――魔王様。 此度の戦い、大変お疲れ様でございます」

 「皆、楽にしてくれていい」



 手を払うような仕草をして、こちらに許しを与える。 そして、ドサッと玉座に腰を沈める。


 「――魔王様ァ! 戦いの最中、リリーめは魔王様をずっと、ずっと見ておりました! 流石のお手際でございましたわっ!」

 

 紫色の髪を震わせているフォルスリリー。


 「すごい! あたし全然見れてなかった! あたし自分の身体をおっきくしちゃうとほとんど周りが見えないんだよねー! 魔王様は身体の大きさが変わらないから、気がつかなかったのかなーっ!? ……え、でもフォルスリリーさんもおっきくなってたよねー? 本当に見えてたんですか、ずっと?」

 「――余計な事は言わなくてよろしいッ!!」


 ぎゃあぎゃあと喧しくなってきた。


 そしてさらっと言い放ったが、ピュリウのほぼ無差別攻撃宣言。 こいつにはやはり近づいてはいけないようだ。


 「レブンス、これからは残った人間を掃討していく。 それで構わないな」

 「――は、はい。 もちろん、問題ございません」


 突然の言い捨てるような語気に、私は少しギョッとしてしまう。


 元々、アウルは淡々とした話し方をする性格ではあるのだが。 今は機嫌が良くないのだろうか。

 

 思い返してみれば、“前回”もこんな様子だったか。


 「――人間は?」

 

 再度こちらへ向けて飛び出す言葉。 まるで鉄砲玉のようだった。


 「聖女のことでございましょうか?」


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