瓦礫の都
あれからというものの、私の頭は完全に上の空であった。
それはそれで特に問題はないのだけれど。
この席さえ用意することができれば、もはや全てが終わったようなものだからだ。
様々な小細工を、人間は“前回”と同様に用意していた。
戦闘になる可能性を当然のように考慮していたんだろうが、それもほとんどが無駄に終わっていた。
ここまで力の差があるにも関わらず、今まで攻め落とせなかったというのは、アウルの言う通り違和感があるというものだ。
「――たた、たすけて、くださいぃ」
腰が抜けてしまって動けなくなる兵士。
「あははははー! ダメだよー? 大人しくしておいてくれないと、余計に苦しんじゃうよ?」
ボコボコと身体から無尽蔵に溢れだす、緑色の不気味な液体。
断末魔とともに、人間たちはピュリウの溶解液に飲み込まれてしまい、白い塊だけがその場に落っこちる。
「――ふざけたことしやがってぇッ!! 人間を舐めんじゃねーぞぉ!! ガキがッ!」
「……ごめんなさいっ……」
ジャミの身体からにゅるにゅるした触手が何本も伸び散らかし、人間を弾き飛ばしていく。 壁に激突した兵隊は、そのままピクリとも動かなくなる。
「――あらあらぁ? もうちょっと楽しませてくれると思ったんだけどねェ!? 昔もお前らはもう少しやれたはずだよォ!?」
上半身をオーガへ変異させたヴェントローゼが、飛び掛かってくる衛兵を次々と吹き飛ばしていく。
広間の外で待機していた兵士たちが、次々と扉からなだれ込んでくる。
しかし、あっけなく身体から血を流し、死んでいく。
机が、椅子が、壁が、床が、全て赤く染められていく。
「――このっ! 怪物がぁーーー!!!」
巨大な剣を振りかぶった兵士が、フォルスリリーに襲い掛かる。
「――あらぁ? レディに向かって怪物だなんて、失礼ですわよ?」
身体を蛇に変異させ、突っ込んでくる兵士もろとも、周囲の人間を薙ぎ払う。
「貴方たちが弱すぎるのよ」
今の衝撃で壁が崩れ落ち、天井の石材もボロボロと崩れ落ち始めていく。
「――国王陛下の皆さまッ!! どうかこちらへ!!」
「ホッホッホ、どこに行かれますのかな?」
国王たちを引き連れて、事前に用意していたであろう逃走路へと向かう兵士たちの前に、オーロワルツが立ちふさがる。
「絶対に王たちを守り抜けッ!! 命に代えてでも!!」
「俺たちが相手してやるよ、スケルトン!!」
「魔族。 あまり……調子に乗るなよ」
異様な光を放つ剣が襲い掛かり、豪炎が降り注ぎ、地を這う閃光が飛んでくる。
だが、突如地面から冷気を帯びた塊が生え上がり、攻撃を遮ってしまう。
「――なんだ!? これは!!」
「氷!?」
「おいおいッ! 出口が全部塞がれてるぞッ!? どうなってる!!」
白い衣装を身にまとう少女が、気配もなく現れる。
「シズリさんや、儂を助けてくれたのかのォ? 本当にお主はいい子じゃなァ」
「……」
ゆるりと手を伸ばすオーロワルツ、指先が鈍く光り始める。
「――デススピア」
いくつもの黒い閃光がはじけ飛び、容易に氷を貫通した上で、身構えていた男たちの身体に風穴を開けていく。
「ばかなっ……」
「――マジ、か」
先ほどまで立っていた人間たちが、バタバタと息絶えて倒れる。
人間たちの主戦力を殺し、王や貴族の息の根を止めれば、指揮官共は化物に身体を変異させ、仕上げに移るだろう。
私は、ただそれに巻き込まれぬようにしているだけ。
「……ははは、ここまで簡単にいくなんてね……良い意味で想定外だ」
城の遥か上から、高みの見物。
既にいたるところから煙が立ち昇っている。 人間共はろくに相手にならない、もはや時間の問題だろう。
「……本当に美しいお方だ」
私の腕の中には、意識を失ったエルがいる。
生きている。
首から血を流して、空を見上げていた彼女ではないのだ。
目的を、無事達成することが出来た。
「――いけないッ! 勝手に口角が上がってしまうっ!! くそ、この状態でエル様が目覚めれば、私は変態扱いされてしまうっ」
日が沈み、夜が明ける頃には、この国にいる人間のほとんどが死んでいる。
だが、彼女は生きている。
ああ、なんて素晴らしい世界なんだ。
「……早く目覚めてほしい」
喜んでくれれば、私はそれでいいのだから。
◇
地平線の彼方に日が沈み、そして今、また昇ろうとしている。
フェルノセスタ国は国王と王都を失い、またしても滅ぼされることになった。
各国の王や貴族、招いてやった人間たちは、今頃全員瓦礫の下に埋もれているだろう。
建物はほとんど薙ぎ倒され、ずいぶんと見通しがよくなったものだ。
統率者を失った人間は、もはや烏合の衆。
あとは順番に潰していくだけの作業。
「――うぅ……ん」
一晩中眠り続けていたエルが声を漏らした。
「あぁ、あ、大丈夫……でしょうか」
目覚めは良いはず、たぶん。
オーロワルツのジジイに眠りの魔法をかけさせただけだ。 身体に負担はおそらくない。
「あれ……ここは、いったい……」
「お気分は悪く、ありませんでしょうか」
「……? レブンス様、ですか?」
また! 名前を! 呼んでくれた、覚えててくれたっ!
――落ち着けぇ! 冷静に、クールを装え! 焦る男は減点対象だっ!
「はい、レブンスでございます」
「ここは、どこでしょうか……? 眩しいし、頭が……痛い」
場所選びにも抜かりはない。
朝日が綺麗に見えるところを急いで探し、見晴らしの良いこの瓦礫の山を選定した。
寝心地が悪くならないように、一応は平面になるように配慮はしている。
美しい日の出を前にして、目覚める。
我ながら最高のシチュエーションを用意してしまったものだっ!
これこそが紳士の気遣いというやつだろう。
ちょうど地平線に、日の鬣が露わになりはじめているな。
「ここでしょうか?」
頭を抱えながら、エルは上体を起き上がらせる。
「ここは――」
眩い日の光が、私とエルを包み込む。
「――フェルノセスタ国の、城跡でございます」
しばらく目元を擦っていたエルだったが、次第に目を丸くし、固まってしまった。