城内応接間、2発目の雷
『貴方が……私を助けてくれたのですか』
『ええ、応接間で初めてお目にかかった時……麗しいお姿の虜になってしまったのです』
『ありがとうっ! ふふふ……貴方のお名前はなんというのでしょうか?』
『――レブンスと申します。 あなたのことは必ず守ってみせます、魔王執事の私が……』
『――頼もしいです! 貴方のそばに、ずっといさせてくださいっ! もう離れません!』
『ははは、これは困りましたねぇ』
――今朝見た夢は、最高だった。 ふふふ。
「――おーい、レブンスさーん? なんでそんなにニヤニヤしてるのー?」
「……い、いえ、なんでもありません。 気のせいですよ」
ピュウリがきょとんとしながら、こちらの顔を覗き込んでくる。
「ちょっとちょっと、しっかりしてくれないと困るわねェ」
「しっかりしてくれないと困るわねぇですよーっ! あはは!」
ぎゃんぎゃんと五月蠅い連中。 アウルの前で余計なことを言うんじゃない。
“前回”同様、人間を集める場所として選定したのはフェルノセスタ王国。
人口、領土、軍事力等、おそらく人間の国では随一を誇る。
今回も滅ぼしてやった国は、ネフェリ王国。
フェルノセスタ王国に次ぐ大国だった。
――だがアウルが一晩で炎の渦にし、王都は三日三晩燃え続けた。
やはり、アウルこそが化物の中の化物。 1人でネフェリを潰して城へ戻った時、いつもの涼しい表情を見た時は正直ゾッとしてしまった。
もはや、魔王だけで全て片付いてしまうんじゃないのか。
「魔王様……人間の王たちは逃げ出すことなく、この城に集まっております」
「他に問題は起きていないか」
「何もございません」
“前回”から感じてはいたが、この城の応接間は驚くほど居心地がいい。
指揮官連中はモフモフのソファに腰を沈めて、用意された菓子を満足そうに頬張っている。
私も思わず、ソファの中に臀部を埋もれさせてしまうではないか。
これから人間と全面戦争だというのに、指揮官の連中は緊張感の欠片もないな、まったく。
「魔王様っ! この国を滅ぼした後に、城の家具を全て持って帰ってもよろしゅうございましょうかっ!?」
「ホッホ、フォルスリリーさんは意外と欲しがり屋さんじゃのォ」
「――あたしは食べ物全部持って帰りたいでーすっ! 魔王様―!」
自由過ぎるだろう、この化物ども。
「ジャミ様、顔色が良くありませんが……ご体調でも優れませんか?」
「――っ! いや、だ大丈夫だからっ!」
部屋の隅にある椅子に縮こまっているジャミ。 相変わらず暗い奴だな、このイカ野郎は。
「――しかしねェ、拍子抜けとはこのことだよ。 大した奴がどこにもいないったらありゃしない」
「本当ですこと……リリー、退屈で欠伸が出てしまいそうになりますわ」
「お2人とも、油断は禁物ですぞ? ホッホッホ」
お前たちが強すぎるんだよ、私1人だったら生きて帰れるかどうか不安なものだというのに。
大きく溜息を漏らしたアウルは、物憂げにつぶやく。
「――この程度の存在をなぜ根絶やしできなかったのだ、愚かな父親は」
次第に、眉間に皺を寄せ始める。
指揮官共は異変に気がついたのか、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返る。
「ホホホ、先代が出来なかったことは、貴方様がやればよろしい。 この老骨は、貴方様が先代を超えられる、いえ、既に超えておるお方だと思っております」
オーロワルツは、どこかなだめるかのように笑っていたが、
「しかしだ、何か理由があったんじゃないかと思わないか? オーロワルツ、ヴェントローゼ、レブンスよ」
鋭い目線が私を含む古株に向けられる。 “前回”はヒヤッとした展開だったな、これは。
だがこの質問に答える必要はない。 なぜなら――
その時、部屋の扉が叩かれる音が鳴り響く。
――心臓の鼓動が、高鳴る。
眉を吊り上げるアウルなど、今はどうでもいいのだ。 ああ、この時が待ち遠しかった。
ギギギ、と扉がゆっくりと開かれ、修道服を身にまとう黒髪の女性が姿を見せる。
「――失礼いたします」
視線が扉に集中する。
しかし、物怖じなどすることもなく、凛とした表情で顔を上げる。
2発目の雷が、私の胸を射抜く。
――なんという美しさだっ……! や、やはり彼女は生きていなければならない存在。
「大変お待たせし、申し訳ございません。 フェルノセスタ国王、レレミア国王、イルカンティア国王、ソルロ国王、バルムヘムク国王の準備が整いましてございます。 皆様、どうか大広間までお越しくださいますよう、お願い申し上げます」
アウルは小さく舌打ちをし、彼女の横を通り抜け、さっさと部屋から消えていく。
指揮官連中は名残惜しそうにソファを離れて、先導する従者に連れられてぞろぞろと部屋を出ていってしまった。
……応接間には、私と彼女だけが残される。
――手が、手が震える!
「――あ、あの、えっと」
な、何か話したい! なにか話さなければ!! “前回”は放心状態だったので部屋を出てしまったが、今回はそうはいかない!
「――? こちらの部屋に、何か不備がございましたでしょうか」
平然としている様子だが、彼女の表情は硬い。 やはり、警戒されているのか!? そ、そりゃそうだわな!!
「そそ、そんなことはありませんっ! 物凄く居心地が良くてですねぇ……魔王様や指揮官の方々も大変お喜びになっておられましたよ!?」
「――そう、ですか。 それは大変光栄でございますが……私はこの城の者ではありませんので」
「そうですかっ!? そうだったんですねぇ!?」
だんだんと怪訝な目をしはじめる彼女。
会話が、会話が続かない。 どうすればいい!?
誰か助けてくれ!!
「――その、あの、今日はとても天気がいいですね」
「あ……はい、そうですね」
引かれている!? 惹かれているのではなく、引かれている!!
くそ、くそ! 彼女が部屋に入ってくる前からやり直したい。
しかし、都合よく巻き戻せるのか……!?
思わず胸ポケットに腕を滑らせた時、
「申し訳ありません、各国の国王陛下がお待――」
「――じこ、自己紹介が遅れてしまい申し訳ありません!! 私、魔王アウル様の執事を務めております、レブンスと申しますっ! 見ての通り、烏の獣人でございますっ」
私は背中の黒い翼を、大きく広げてみせる。
――こんなところで逃げ出してしまっては、男ではない!!
「恐れ入りますが、貴方様のお名前を伺ってもよろしいでしょうっか!?」
せめて、せめて彼女の名前だけでも聞かなければ……!
爪痕を残したいのだ、なんでもいいっ!
彼女は、ぽかんとした顔をしていた。 豆鉄砲でもお見舞いされたような。
気のせいだったかもしれないが、その後に彼女が、少しだけ微笑んでいたような、気がしたような、気がした。
「あ、あはは……オ、オホンッ! 失礼いたしました、ご丁寧に有難うございます。 私はエル・ヘレナと申します。 フェルノセスタ国では聖女などと呼ばれております、よろしければ以後、お見知りおきをお願いいたします」
「――エル様、エル様と仰られるのですね!! ああ、有難うございますっ! もう頑張った甲斐があるといいますか、なんというかえっと」
「――あの、レブンス様。 本当にお時間が迫っておりますので、大広間へお越しいただいても宜しいでしょうか?」
――今、なんつった? レブンス様?
「ひゃ、ひゃいっ!! 行きます!!」
おいおいおいおい!! エルさんってば、私の事を名前で呼んでくれたんですけど!? どんなご褒美だよこれ!!
それからというものの、私は興奮しすぎてしまったのか、あまり記憶が残っていない。
顔が火照りすぎていたのか、眼鏡が曇っている、とピュリウに指摘されるまで気がつかなかった。
やはり間違いない。 彼女は絶対に死んではいけない人だ。