異質な魔力
怪訝な表情をしている指揮官。 アウルも同様であった。
「ほほぅ、それにはどういった狙いが?」
「――要するに“脅し”でございます。 滅ぼす国は大国であればどこでも。 攻撃を仕掛ける理由は、何かもっともらしい理由をつけてやればいいのです。 例えば、『魔族の領地を著しく侵したにも関わらず、対話すら拒否した』……とか」
「それに伴って今一度、人間たちと対話の席を持ちたい……という具合に持ち掛けるわけか」
「左様でございます」
私の意図を理解しはじめたのか、先ほどまで眉を吊り上げていたヴェントローゼが、薄っすらと口角を上げる。
「――なるほどねェ。 戦う気力が起きなくなるほどの力の差を見せつけてやれば、ウチらの用意する席に座るしか、人間は道を選べないってわけだ」
「その通りです。 影武者などを送り付けてきた国には、“対話をする意志のない国”として早々に滅ぼせばよいのです」
ここの展開も、全く同じ。
「――まぁ、各国に連帯感を持たせるため、文書には“影武者が発覚した場合は、問答無用で全ての国に攻撃をする”といった具合に但し書きをしておけば良いかと」
「レブンスさん凄いっ! 悪者だねーっ!」
「まったく、物騒なことを考えるもんじゃのォ」
ピュリウの発言は、褒めていると捉えていいものか。
「しかし、人間たちも死ぬためにやってくるわけではないでしょう。 我々と対等に対峙、対話をする為に、持ちうる戦力の全てを用意してくることは間違いありません」
「そこが不安ってのは変わらないねェ……腕っぷしに自信がないワケじゃぁないが、相手の手札が読めない中で、人間の全戦力とドンパチやっていいものかい」
「あらら? もしかして怖いのですか? ヴェントローゼ」
「――馬鹿言うんじゃないよォ!? その鱗、一枚一枚剥がしてやろうかぃ!?」
ヴェントローゼは両腕を黒い皮膚のオーガへと変異させ、フォルスリリーを追いかけ回し始める。
「――その点の心配はないものと、私は考えております」
「どういうことだ、レブンス」
がちゃがちゃし始めていた空気が、落ち着きを取り戻す。
「いくら人間の数が多いとはいえ……ここに着席されている方々は魔王様と、魔族随一の精鋭である指揮官様でございます。 皆様が一同で戦闘をして、負けるなどはおろか、苦戦するという未来があるとは思えないからです」
力強い言葉で、ここは勢いで言い切るしかない。 なんせ、根拠など何もない発言だからだ。
だが結果的に、“前回”はあっけなくなるほど容易く、人間は滅びた。 間違ってはいないのだから、別にかまわないだろう。
「――皆、レブンスの意見をどう思う?」
ぐるりと円卓を見回し、アウルは様子を伺う。
もちろん、異を唱える奴はいない。 そりゃあそうだ、指揮官の連中は自らに自信を持っているし、それに見合う力も持っているのだからな。
弱気な姿勢を見せれば、魔王の信頼に亀裂が入る可能性だって否めない。
「しかし、一点だけ……懸念している要素がございます」
――ここからが私の本番。
ここまでは、すでに通った道をなぞっただけ。
この先どういった反応があるのかは、わからない。
だが、私は“あの”人間を助けたいのだ。
そのためにもう一度時間をやり直しているのだから、失敗はしたくない。
「なんだ、言ってみよ」
「――聖女と呼ばれる人間でございます。 申し訳ございません、私も詳しく存じているわけではないのですが……なにやら異質な魔力を持っているという噂を聞きまして」
「ホッホ……聖女、とな」
するりと意見を言い切ってしまいたかったが、オーロワルツが何やら首を傾げている。
なにか知っているのか? くそっ、余計なことを言うなよジジイ。
「オーロワルツ、何か知っているのか」
「いえいえ、遥か昔に何か……聞いたような気がしたのじゃがのォ」
しばらく考え込んだ後、「忘れてしまったわぃ」と言って笑った。
気を取り直そう。 とぼけたジジイなど放っておいて。
「続けさせていただきますが……実際のところ、聖女が脅威になると考えているわけではありません。 ただ、その異質な魔力とやらに私は興味があるのです。 ――ですので、この人間のみ生け捕りにし、私の研究対象として生かしておく許可を、魔王様にいただくことができれば恐縮でございます」
言い切った。
少し早口になってしまったのが、不信感にならなければいいが。
もちろん、異質な魔力やらというのは真っ赤な嘘。
だがそんな些細なことは、時間が経てば連中は忘れてしまうだろう、きっと。
指揮官連中は特に噛みついてくる様子もなく、アウルの言葉を待っている。
心臓の音が五月蠅い。 この沈黙が、なんとも居心地が悪かった。
「……かまわん、好きにするがいい」
相変わらずの、眉一つ動かさない表情で呟いた。
身体中の血が沸き立つ感覚がする。
――やった、やったぞ! こうもあっさりと彼女を助けられるなんて思わなかった! この空間に誰もいなければ、思わず踊ってしまいそうだっ! あはっ! あはははっ!
……いけないいけない。 感情を殺せ、顔に出すな。
「お聞き入れ頂き、有難うございます。 ――では、聖女のみ捕獲を」
「だが――」
一転して、血の気が引いていく。
だが……一体なんだ。 なにが引っかかった?
考えろ、考えろ。 どんな言葉を返されても冷静に、淡々と、作業のように返事をしろ。
別の意図を感じ取られれば最後、何を言われるか分かったものじゃない。
指揮官たちは特に興味もなさそうにしているというのに。
「レブンス、いくらお前の申し出とはいえ……人間をいつまでも生かしておくことは許さん。 ――頃合いをみて、必ず処分はするようにしろ」
淡々とした、いつもの口調。
だが、どことなく興が乗らない、という雰囲気を感じる。
「――承知いたしました。 研究が済み次第、速やかに」
「ならいい」
命令を当たり前に受け入れるように、頭を下げてみせる。
なんだ、そういうことか。
どうやらアウルは、人間を心底嫌っているようだな。
……しかし今はこれでいい。 最初のハードルさえ超えられれば、後からどうとでもなるだろう。
彼女の命を一先ず繋ぐことができれば……。
それからは、“前回”と同様に私の意見が採用され、同じように準備を進めていった。
なにも滞りなどなく。
――生き残ることができた彼女は、一体どんな顔をするだろうか? 生の喜びを噛みしめてくれれば、それでいいのだが……。
――いやいや、感謝のあまりに抱きつかれちゃったりなんかして……!? あぁっ! ニヤニヤが止まらない!! ダメだダメだ、気持ち悪いぞ、私!!
私の頭の中は、彼女と会話をするシミュレーションで、いっぱいだった。