魔王と魔王軍指揮官
「おはようございます、魔王様」
ゆっくりと扉を開くと、すでに着替えを済ませた魔王が、ゆったりと椅子に腰かけていた。
「以前までのように、アウルでいいと言っている。 何度言わせる」
「そうは仰られましても、貴方様はもう“魔王”なのですから……指揮官の方々へも示しがつきません」
抑揚の無い声は、一見すると怒っているようにも聞こえる。 しかし、これが魔王アウルの平常運転。
「なら、全員が名前で呼べば解決するのではないか」
「皆様がそうされたとしても、私は今の呼び方を変えるつもりはございません」
眉一つ動かさず、表情も硬いまま。 だが、どことなく不満そうな雰囲気を醸し出していた。
余計なことを口走られると面倒だ、さっさと部屋を出てしまおうか。
手元のティーカップをコトリと置いて背中を向けるが、呼び止められてしまった。
「レブンス、皆はすでに揃っているのか」
「……はい、魔王様をお待ちしておりますが、もうしばらくごゆっくりされてもいいかと思いますが」
「いや、もう行くことにする」
アウルは立ち上がると、差し出されたカップを一気に飲み干す。
そして、私の横をすり抜けて部屋から出ていってしまった。 慌てて、その後を追いかける。
先代の魔王が逝去し、その子息であったアウルが即位してから1ヵ月が経過していた。
人間の侵略に腰の重かった先代と打って変わり、即座に攻撃へと舵取りをした方向転換には驚かされたものだった。
「お前の意見を尊重したいと考えている、しっかり頼むぞ」
「……私の僭越な考えでよいのであれば、ですが」
これから、今後の侵略方法について話し合いが行われる。
何も余計なことをしなければ、“前回”と同様の流れになるとは思うが。
しかし、今回は“前回”のようにしてはいけない。
彼女を助けるために、手を打たなくてはならないからだ。
◇
玉座のある広間の扉を開くと、指揮官たちが揃って膝をついて頭を下げる。
「――魔王様ぁ! 今朝も精悍なお姿を見られて、リリーは嬉しゅうございますっ!」
到着早々、甲高い声がお出迎えしてくる。 いつも口やかましい女だ。
「フォルスリリー、おはよう。 ――皆、腰を上げてくれ。 朝早くから呼びつけてすまない」
アウルは、壇上のど真ん中に鎮座している椅子に腰を降ろす。
すると、短髪黒髪の女が勢いよく手を伸ばして、元気な声を出す。
「大丈夫です! あたしも今来たところなのでっ!!」
緊張感の欠片も無く、軽快な笑みを浮かべている。
そんな様子を見かねて、黄金色の髪が眩しい女がその頭を叩く。
「――ピュリウ、その馬鹿みたいな声はなんとかならないもんなのかねェ!? 魔王様にも失礼ったらありゃしないわよ!?」
「いたいっ! ……暴力反対! このオトコオンナ野郎!!」
「誰がオトコオンナだってェ!? オカマを馬鹿するやつは生かしちゃおかないよ!!」
お互いの服を掴み合い、牙をむく2人。 その茶番こそが、一番失礼ということに気がつかないものか。
「ホッホッホ、元気の良い若者というのは、見ているだけでこちらまで活気づいてしまうもんじゃのォ」
紳士服を着た骸骨が、がちゃがちゃしている2人を見て、優しくほほ笑む。
私は扉の前に待機している従者に視線で合図を送る。 猫の獣人は白い液体で満たされたカップを骸骨へと手渡させる。
「オーロワルツ様、いつものモノでございますにゃ」
「おぉ、すまないのォ。 これがなければ儂の朝は始まらんのじゃ」
「――あぁ! オーロワルツ爺さんだけ、いつも特別扱いだ! ねぇレブンスさん、あたしにも朝一番に何かちょうだい!」
「いい加減に大声を出すのやめてもらえる? リリー、とっても不愉快なのだけど」
ぎゃあぎゃあとした喧騒が続く中、アウルは依然として涼しい顔をしている。
「……レブンス、シズリがいないようだが」
「申し訳ございません、本日の彼女は大変機嫌が悪いご様子で……起きたくないとのことです」
「……まぁ、いい」
魔王からの呼び出しを堂々と拒否するなんて、いつもながらいい度胸をしている、あの小娘。
「すいません……お腹が痛いのでトイレに行ってきていいですか」
白髪の青年が、小さな声で申し訳なさそうに手をあげている。
「かまわない、行ってきてくれ」
「すいません……すいません……」
アウルは視線を出口の扉へと向ける。
青年は身を屈めて、のっそりと扉の中に消えていく。
……相変わらずではあるが、なんという自由な集団。
ほとんどが、アウルが魔王就任後に、方々からかき集めて来た魔族。
忠義の心をしっかり持っているのか疑問だな……。
まぁその辺のことは、私もこいつらのことを何も言えないのだがね。
……だが、この騒がしい連中が“前回”に王都を滅ぼした化物たちだなんて、外部の者が聞いても信じないだろう。
「ジャミ様がお手洗いから戻り次第、今後の行動について具体的に取り決めたいと存じます」
私は依然として喧騒のおさまらない連中に向けて、声を投げかける。
しかし気がついていないのか、こちらを振り向いてもくれない。
まぁいい、ここからだ。
とは言ったものの、今は身構えても仕方がない。 何もイレギュラーが無ければ“前回”と同じような流れになるのだから。
一応、もっともらしく聞こえる言い分は考えてある。 深く言及されれば、苦しいかもしれないが……
個性の塊のような指揮官たち、もとい、魔王が直々に選抜した化物たちは、何を言い出すかわかったものではない。
油断は禁物だ。
アウルの涼し気な横顔を、私は黙って横目に見ていた。
一気にキャラ出しまくってしまい、すいません。
次の部が、進行+キャラ紹介的な流れになる予定です。
(混乱しないよう、前書きか後書きでキャラ名とか整理させていただきます)