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烏獣人の恋

 “あの”人間を見た時、私の心臓は雷に打たれたようであった。



 戦場と成り果てたフェルノセスタ国の王都。


 方々に飛び交っていた断末魔は、その数を徐々に減らしていく。


 宮殿の中を闊歩する私は、どこかでその姿を探していた。



 もう一度会いたい。 



 いつまで経っても、頭の中から離れてくれなかった。


 辺りは人間の死骸や肉片が散らばっているが、私の眼はそこに転がっている破片が“あの”人間ではないのか、ということだけが気がかりで仕方がない。

 


 ――ドゴォン! という爆音と共に、突如として崩壊する天井。



 瓦礫と一緒に降ってくるのは、先ほどまで動いていたであろう人間の兵士。


 ぽっかりと空いた穴から覗くのは、青い空と巨大な蛇の頭。


 水晶玉のような瞳がギョロリとこちらを睨みつけてくる。 思わずドキっとしてしまうが、すぐにどこかへ消えていった。


 浮ついていた頭が急激に冷やされていき、思わずほくそ笑んでしまう。



 ――東の窓へと目を向ける。


 2本の角を生やした黒い怪物が、積み木を崩すように城壁を破壊している。


 いくつもの青白い触手を持つ軟体生物が、街を薙ぎ払っている。


 ――西の窓へと目を向ける。


 緑色の液体が、濁流のような勢いで建築物を押し流している。


 おどろおどろしい骸骨が、宮殿を簡単に押しつぶしていく。


 私の瞳に映っているのは、いずれも成すすべなく蹂躙されていく人間たち。


 日が沈む頃には、この王都にいる人間はほとんど息絶えるだろう。

 


 ――本当に恐ろしい連中だ。



 魔族に生まれることができて良かった。 窓の外を見ていると、そう思わされる。

 

 こんな化物共を相手にさせられるなんて、人間という生物はつくづく不幸。


 しかし、あっけないものだった。


 大したことは無いとは思っていたが、ここまで人間が弱いとは。


 窓から目を逸らすと、突然床と壁に冷気が走り抜け、一面が氷に覆われる。


 「――ッ!?」


 寸前のところで羽根を広げて、足が凍り付くのを回避する。



 この場所も危ない。



 私は割れた窓の隙間を抜けて、空へと飛び立つ。


 化物たちに巻き込まれぬように、しばらく飛行していると、私の瞳が一点を射抜いた。



 ――“あの”人間がいた。



 なんという幸運。

 

 砂漠に落とした石っころを偶然見つけることができたようなものじゃないのか、これは。


 一目散に地上へ向かう。


 しかし、人間と対峙している者を見て、私は自分の身体にブレーキをかけた。


 赤い鱗に覆われた皮膚、背から突き出す翼に黒い装束。

 

 あれは、肉体を変化させた姿の魔王だ。


 気配を殺して地上に降り立ち、瓦礫の陰から様子を見る。 正面まで出ていきたいが、とてもそんなことは出来ない。



 「――ッ! ―――!!」



 間違いなかった。

 

 何か叫んでいるようだが、うまく聞き取ることができない。


 以前に見た時と、“あの”人間は姿が変わり果ててしまっている。


 艶が眩しかった黒髪はボサボサに荒れ、純白の修道服は泥と血に汚れて、目も当てられない有様。



 ――だが、その姿を見て、私は胸の高まりが抑えられなかった。



 何なんだ、この感情は。


 はじめて経験する症状に私は狼狽えていたが、視線は人間をとらえたまま離れてくれない。


 魔王が人間の首を掴み上げると、嗚咽する声が耳を貫く。 そんな光景にも、私の視線は釘付けにされたまま。



 ――胸の辺りが苦しいッ! なんなんだ、このザワザワ感はッ!!



 私はこの不思議な気持ちが何なのか、少しずつ答えを導き出すことができてきた。


 それはとても受け入れがたく、信じられないことだった。


 だが、自分に嘘をつくことは出来ない、出来そうもない。


 この気持ちは、あの人間を……とても美しい彼女を、愛おしいと感じていること。


 そこから推理すると、私の中に芽生えている感情は、明確な好意であった。



 ――ああ、くそッ! もっと近くで見たい、話をしたい、肌に触れてみたいッ!!



 陰で私がもがき苦しんでいる最中に、魔王の爪が彼女の首を握り潰してしまった。


 頸部から血が噴き出し、身体は地に投げ落とされる。


 その光景を唖然としながら、私は見ていた。


 やがて魔王は翼を広げて、どこかへ飛び去っていく。


 ……後ろ姿が見えなくなるまで身を潜め、私は横たわる彼女の近くまで駆け出す。


 血だまりが地面を赤く染め、すでに息絶えてしまっていた。


 呆然と空を見つめる両目をそっと閉じてやる。


 気がつくと、私の瞼からは涙が溢れ出ていた。



 ――この美しい人間を助けたい。


 

 そう思い立つや否や、震える手を胸ポケットに滑り込ませる。


 こんな気持ちになったのは、生まれて初めてだった。


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