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ある朝、機知によって策を練る⑤

「あんたぁ、こんなひょろいニンゲン攫ってこさせるなんて、やっぱりニンゲンがいいのかい?」

「んなわけないって。聞く事聞いたら用済み。そしたら食っていいよ」


 ふふっとケットシーが微笑んだ。目を細めたその顔は、愉悦に浸っているように見える。妙に艶のある腰つきでトーヤに近づき、すれ違いざまに彼の頬に唇を寄せた。それを軽く受けたトーヤは、にやりと笑って荷車へ近づいてくる。

 彼のまとうにおいは、甘く、香ばしい焼き菓子に似ている。やっぱりここはあのケットシーの店の倉庫かも。店に近いのなら城までの道は覚えている。なんとかこの戒めを解いて外に出なきゃ。

 私が脳内で道筋を思い浮かべていると、こつんと荷車が揺れた。トーヤが爪先で荷車を蹴飛ばしたのだ。そしてそのまま彼は行儀が悪いその足を乱暴に荷台の端に乗せた。


「よう、ヴェンディ卿の秘書さん。気分はどーだい?」


 城で話した際には人懐こさ全開の口調だったくせに、えらい変わりようだ。スーツ姿ではあるもののネクタイはだらしなく緩め、ジャケットのボタンは全て外れている上に両手はスラックスのポケットに突っ込んでいる。

 陽気そうな表情はなりを潜め、これみよがしに顎を上げてこちらを見下ろしている表情を含めいい年こいてどこぞのヤンキーかチンピラかとでもいう出で立ちだ。


「……何の用?」


 じろりと睨み上げるがトーヤは眉一つ動かさない。ケットシーは腰を揺らして去っていき、私たちの間には一瞬の沈黙が流れた。

 


「何の用って聞いてんだけど。こんな事して、タダで済むと思わないで」

「タダで済まさねえためにやってんだよ」


 鼻を鳴らしてトーヤは荷台を蹴った。がたっと床面が揺れ、手足を拘束されたままの私は大きく体勢を崩す。遠慮もくそもない。私はバランスを保てずその場に倒れ込んだ。頬を強打し痛みに顔をしかめた瞬間、目の前にドスンと音を立てて黒いブーツの足が落ちる。鼻先スレスレをかすめた爪先はそのまま頬の下にねじ込まれ、私の顔に無理やり上を向かせた。

 屈辱的な扱いにカッとなるが、身動きが制限されているままでは抵抗もできない。私は強い非難の気持ちを込めてトーヤを睨みつけた。


「全く。今朝は肝を冷やしたよ。ヴェンディ卿がいるなんて」

「……当たり前でしょ」

「結構派手にモメさせたと思ったんだけどね」


 はっとトーヤが短く息を吐く。顔の下にある爪先が小刻みに上下しているのか、私の視界はそれに合わせるようにぐらぐらと動いた。脳ごと揺さぶられる錯覚に襲われ吐き気がする。その時だ。ちゃりちゃりと顎の下で金属が揺れる音した。


 途端に焦っていた思考がクリアになる。


 なんで忘れてたんだろう。

 このネックレス、念じてヴェンディを呼べばあのひとが飛んできてくれる術がかかったシロモノだ。人間界との戦の際に飛んできてくれたことを思い出して幾分頭が冷静になる。大事にはしたくなかったけど、いざとなったらという対策があるだけで心強い。

 であれば目的を聞き出してからでも遅くない。


「……どういうことよ」

「そっちの魔王様、相当嫉妬深いって聞いてたんでね。あんたに他の男の影でも見えりゃ、勝手に別れてくれるか、逆上してくれるかと思ったんだけど。でも仲直りしてたみたいだから、作戦第二弾の実行やむなしだ」


 恨むんならオレじゃなく主を恨みな、と笑うトーヤに城内でナナカに追い出されたときのお人好しそうな面影はない。確か「僕」だった一人称もヤカラくさい「オレ」に替わってる。キャラ違いすぎるだろう。


「作戦って、なにするつもりよ」

「あんたはここで『行方知れず』になる」

「……は?」


 意図することが分からず、私の口からは間の抜けた音が漏れる。トーヤはそれを見降ろして、可笑しそうに口の端を歪めた。


「招待されて訪れているお隣の国で魔王が溺愛する秘書がいきなり姿を消したら、さてどうなると思う?」

「どうって……」

「きっと魔王は血眼になって探すだろう?」

「……そりゃ、探すでしょ」


 もしそんなことになったら、考えずとも目に浮かぶ。泣きながら必死の形相でおろおろするヴェンディの姿――。探してはくれるだろうけれど、陣頭指揮を執るのは誰だろう、クローゼか、あるいはナナカ辺りかもしれないな。


「そこへ、隣国の男が近づいていた情報があれば魔王は逆上する」

「……ぎゃく、じょう……?」


 するかな、しないんじゃないかなという言葉を飲み込むと、トーヤはそれを恐れと解釈したのかもしれない。歪めた口元を大きく開け胸を反らした。


「執着している女を盗まれたと解釈し、アルセニオに戦を仕掛けてくるだろう」

「……はい?」


 それはないんじゃないかな、と思うも言葉にならない。あんまりにもトーヤが自信満々に告げているそれは、ヴェンディを良く知る者としては夢物語にもならないことが分かるからだ。

 あの弱気で怖がりで戦嫌いな魔王が、たとえ私のためでもアルセニオに戦を仕掛けるなんてありえない。しかし、ひょっとしたらヴェンディが疑惑を口にした時点で逆手に取られ、戦を仕掛けられることはあり得る。

 まさかアルセニオはそれを狙っているのか。だからトーヤに私を誘拐させたのか。

 それはダメだ。

 ヴェンディを呼ぼう、今ならまだ大事にならない。

 しかし私が彼の名を口にしようとしたときだった。トーヤの口から耳を疑う言葉が飛び出したのだ。


「その隙に乗じて、オレがアルバハーラを占拠する」


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