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ある朝、機知によって策を練る③

 さてその後はあわただしく帰国の支度を整え、昼食を取った後にアルバハーラ城をお暇することになった。

 ヴェンディはずっと翼を落としてしょげているが、忙しいので放置一択である。城に帰ったらちょっとご機嫌を取らねばならないだろうけど。いい加減、私が人前でデレることがないことくらい学んでほしい。

 プレゼントしてもらったネックレスを肌身離さず身に着けているのだから、これで十分私なりの「デレ」であると思ってもらえないもんだろうか。

 招待を受けて急いで飛んできたので荷物というほどの大荷物はないものの、まとめたお土産が結構な量だ。そのため帰りはお使いの竜ちゃんを呼ぶことになった。そういえば彼(彼女?)の口の中に入れてもらって戦場へ飛んだのも、なんだかはるか昔の様に感じるけどまだそれほど経ってないんだなぁ。

 小山のように大きい竜ちゃんの到着を待ちながらテラスから中庭を見下ろしていると、南館の門近くに人影がやってくるのが分かった。衛兵じゃない。大きな荷車をひいている。その荷車の横に立つひとには見覚えがあった。


「あれって、昨日のケットシーの店主さん?」


 スリだか万引きだかのコボルトを庇ってくれたひとだ。ケットシーは門に着いて衛兵に何事か話していたが、テラスの上にいる私に気が付いたんだろう。おーい、とばかりに手を振っている。私も手を振り返すと、遠目にも表情が明るくなったのが分かった。


「昨日はお騒がせしましたぁ。どうかされたんですかぁ?」

「いえいえー、昨日は大変失礼しましたぁ! こちらにお泊りと伺ったので、お土産をお持ちしたんですよぉ!」


 ケットシーは荷車に載せた籠を指した。果物やお菓子だろうか、小分けにされた箱がいくつも並び、その隣には綺麗な柄の織物なども見える。

 衛兵は取り次ぐかどうするか迷っているようだったけれど、テラスの上から客が直接答えているのだからどうしようもないだろう。私とケットシーとに視線を彷徨わせながら、困惑しきっているようだ。


「今行きます。ちょっと待ってて!」


 そう告げ室内に戻ると、ナナカの姿が見えない。ヴェンディの支度の手伝いにでも行ったのかも。私よりはるかに荷物が多いはずだし、あそこの部屋にはクローディアの荷物もあるんじゃないかな。あの二人の荷造りとなると……と考え始めてそれをやめた。

 お客さんを待たせてはいけないし、いつもお世話になっている庶務課と厨房に個人的にお土産を買いたい。あと、今夜のおやつ。

 私は急いで財布を取り出し、一人で門まで向かったのだった。


 結論を言えばそれは大きな間違いだった。


 ヴェンディとも仲直りして、なんとなくトーヤを退けて、もうすぐ帰国できると浮足立っていたから油断してたんだ。

 門の外に出た途端に、私の視野は真っ暗になった。あれ、と思う間も無い。顔や手に当たる質感から布かなにかをかぶせられたのだと気が付いたのは、体を無遠慮にひょいと持ち上げられて固いところに転がされてからだ。


「っつ……!」


 なにすんのよ、という言葉は出せない。被せられた布の上からさるぐつわを嚙まされた。ぎっちぎちに絞められたそれは口を動かそうとすると頬にぎりぎりと食い込むくらい。パニックになった頭がその痛みではっとする。そこでようやくこの状況は「拉致」だと気が付いた。

 しかし気が付いたところで既に遅かった。暴れようにもさるぐつわを噛まされたと同時に手足も縛られて身動きが取れない。両足を持ち上げて振り回してみるも、それもすぐに何者かに押さえつけられた。

 がたっという音とともに体の下から振動が伝わった。ゴトゴトという音は、これは移動してる? まさか、さっき見えてた荷車? これ、城から遠くに連れていかれるってこと?

 ぞくり、と背中に冷たいものが走る。

 すると、すぐ耳元でお嬢さんとささやく声がした。


「おとなしくしててくださいねぇ。さもないと、あんたの手足がなくなるかもしれませんからね」

「っく……!」

「いえね、うちとしてはあんたに恨みもなんもないですけどね。ちょいとあんたにお話させていただきたいってひとがいるもんで」


 ささやく声には聞き覚えがあった。あの気風のいいケットシーの店主だろう。ということは、さっきの荷車に積まれたのか。あの大荷物の影に突っ込まれてしまっては、傍目には人が入ってるなんて気が付いてもらえない。

 なんで、というよりこれはマズいのでは。下手したら戦になっちゃうのでは? 私の脳裏に最悪の想像が浮かぶ。こめかみの近くで自分の脈打つ音が大きくなった。

 仮にも王の客の側近にこれって、ヤバくない? これ、大事になっちゃわない? どうにか穏便に済ませるには? 自力で逃げる? できる? この非力さで?


――ヴェンディ……


自分の迂闊さを激しく後悔しながら、私はこの事態がヴェンディの耳に入らないことを祈っていた。


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