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ある朝、食卓に鉄槌を下す②

 翌朝のこと。

 私は厨房のスタッフを手伝いヴェンディの食卓の準備を行った。テーブルに並んだもののセットが終わるのを確認して、侍女のナナカにヴェンディを呼びに行かせる。寝起きの良くない彼が起きてくるかどうかとは思ったけど、一緒に食事をしましょうと言伝をしといたので何とかなるだろう。

 そう思っていると、廊下から律動的な足音が聞こえてきた。そして寝巻のままではあるけど上機嫌の魔王が姿を表した。


「おはようリナ! 朝食を一緒に摂ろうなんて珍しいじゃないか」

「おはようございます、ヴェンディさま」

 

 人払いをしてから、どうぞと椅子をすすめると彼は素直に従った。しかし機嫌がよさそうだったのはそこまでだ。目の前に広がる食卓にあからさまに表情が曇る。

 当たり前である。彼の前に並べられた皿には、見るからに生の野菜と分かるものとそれをパンではさんだサンドイッチ、彩にちょっと焼き目を入れただけのトマトやアスパラといった野菜が盛りだくさんなのだから。


「リナ……朝食を一緒にするのはうれしいんだけど、この料理はいったい……」

「ヴェンディさまのお好きなパンもありますよ。ほら」

「待ってくれ、それには野菜が挟んであるじゃないか」

「おいしいですよ。召し上がってみてください」

「私が普段、甘いパンを好むということはよく知っているだろう? 君と食事できるのは心躍るようだけれど、このパンにはさんだこいつらが大いに邪魔だね」


 常に艶やかな微笑みを浮かべている魔王にしては、珍しく眉を寄せて皿を遠ざけようとしている。思った以上に厳しい拒絶反応だ。

 しかしそうはさせない。この食事で野菜嫌いを克服し、穀類の消費を少しでも抑えるという目的のためにどうしても食べてもらわなければならない。


「まあそうおっしゃらずに。パンにはさんだものはすべて、私が調理したものです。きっとお気に召すと思いますので、どうぞ」


 私はぐいっと皿を押し戻した。


「リナが作ったのかい? それは……」


 魔王が逡巡を見せた。好機、と少し遠くの皿も近寄せる。


「そうです。私がヴェンディさまのために切って混ぜて焼いたものです。どうぞ召し上がってください。じゃないと私」


 泣いちゃいます。

 しおらしそうにつぶやいて顔を伏せる。こういう手段はどうかと思うけど、経費の無駄を省く必要とさらには健康にもかかわることだし、あんまり気にしないことにした。

 ウソ泣きまで必要なるかと覚悟はしていたが、顔を伏せた段階でヴェンディの気配が焦ったものに変わるのが分かった。

 狼狽したような、言い訳のような、ちゃんとした言葉にならない声が途切れ途切れに発せらている。――ダメ押しだ。


「私が、あーんってしてあげますから」

「なんだって! すぐ食べようじゃないか、すぐ!」


 勇ましいほどの宣言で、ヴェンディはお行儀よく椅子に座りなおした。まばゆい笑顔でサンドイッチと野菜が乗った皿をこちらへ渡してくる。それを受け取った私は、ナイフでサンドイッチを一口大に切り指でつまんで彼の口へと運んだ。


「ヴェンディさま、あーん」


 自分でいうのもなんだけれど、クソほど甘い声が出た。その声につられるように、彼の口が大きく開けられる。普段は隠れている鋭い犬歯があらわになり、赤い舌が食べ物を待ち受けていた。

 そういえば、この間はこの舌に……とそこまでで思考を無理やり停止させる。思い出すな、あれはちょっとしたアクシデントである。わたしは邪念を振り払い、彼の口内へサンドイッチのかけらを押し込んだ。

 すかさず顎を押さえ吐き出しを阻止する。もぐ、っと小さく咀嚼するのが手のひらを通して伝わった。


「……ぐっ」


 ヴェンディの閉じた口からうめき声が漏れる。慣れない食べ物の味が広がっているせいか、経験はあるから気持ちは分るが吐き出させるわけにはいかない。私は彼の顎を押さえた手に力を込めた。

 至近距離でこちらを見る赤い瞳が潤んでいる。叱られた子犬のような、でも燃え滾る炎のような、きれいな色だ。そこへじわじわと涙が浮かび始めた。大丈夫だから飲み込め、というつもりで私がその瞳に頷いて見せると、一瞬躊躇の色が浮かんだが観念したかのように長いまつげが下りた。

 ごくり、と喉が鳴ったのはそれからすぐの瞬間だった。

 私が手を離すと、ヴェンディはすぐに手元のグラスの水を飲みほした。息が苦しかったのだろう、肩で荒く呼吸をしている。

 ちょっとやりすぎただろうか。でもなるべくなら野菜を食べて健康でいてほしいし、あわよくば穀物代を浮かせたいし……。

 自分のやったこととはいえ少し後悔をしているうちに、次第に彼の呼吸は落ち着いていく。最後にはあ、と大きなため息が聞こえた。

 これは明らかに好ましくない反応だ。やっぱり少し強引すぎたか、もともとの好き嫌いは直せないのか。彼の母親の教育を、少し恨めしく思う。

 長く続く沈黙に、だめかとちょっとあきらめたその時だった。


「リナ……」

「は、はい」

「これは……これは……」


次回15禁かな、良い子はUターンです!

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