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ある夜半、回心して転意する④

 私の話が終わると今度は寝物語にと、ヴェンディが今日のアルセニオとの対談と城下の視察について話してくれた。

 往年の先王は随分と派手に領土を拡大しており、そのツケがずいぶんとたまっているらしい。どんなツケかはヴェンディもよく聞かなかったというが、まあ何となく予想はついた。極端に軍事に偏った政策をすれば人々の不平不満もたまるだろうし、何より軍備にはお金がかかるのだ。

 反対にうちが今軍備にお金を十分に割けない状態であることは、私自身が一番よく知っている。その費目、めちゃくちゃ絞ってるのは私だもん。それが裏目に出るかもしれないなんて、今までがいかに平和だったか身に染みる思いだ。


「さすがのアルセニオもちょっと困っているようだったけれどね。まあ彼の事だ。すぐに立て直すだろう。目途もたっているというし心配はないさ」


 悠長なヴェンディの言い草は、どこをどう聞いても他人事だ。またいとこという間柄からくる、長い付き合いの信頼関係があるんだろう。いやいや、あのひと貴方の失脚を狙ってますよ。その目途って多分うちの領地のことですよと伝えても、きっとこの人はびっくりするだけで信じようとしないんじゃないだろうか。

 とはいえアルセニオが本気を出して攻めてきたらこちらに勝ち目があるだろうか。惜しみなく軍備にお金を費やし十分な訓練を積んだ軍団に、うちで対抗できる部隊はどのくらいいるだろう。そしてこの魔王は本当に戦になってしまったら怖がって泣いてしまうかもしれない。

 こんな王だけれど人間界との戦の際に「泣かせたくない」と思った。今回だって泣いてほしくは無いし、怖がらせることは不本意だ。

 だからクローディアもヴェンディには伝えずに、私に話をしに来たんだろう。


「ヴェンディ様はいつまでこちらにご滞在するおつもりですか?」

「明日は昼食を一緒にと言われている。君にも来てほしいとのことだったよ。それを終えたら我が城に戻ろうか。そろそろ皆も寂しがっているだろうし」

「今日、ナナカと一緒にネリガさんや皆にお土産を買ったんですよ」

「それはいい。きっと皆喜ぶだろうね」


 明日の昼食会か、と私は目を閉じて考える。何か事を起こすなら、ヴェンディが自分の城に居ない今がある意味チャンスだろう。

 とくん、とくんと耳元でヴェンディの鼓動が聞こえた。滑らかな肌に掌を添わせるとあたたかい。このあたたかさを失いたくはなった。絶対に守ってみせる、そのためにはアルセニオの本当の狙いをはっきりさせ、そしてそれを阻止しなくてはいけないのだ。


「そういえばリナ」


 明日の立ち回りをぐるぐると頭の中で考えていた私の頬に、ヴェンディが軽く唇を触れさせた。


「あのトーヤとかいう青年と、今朝何か話していたそうだね」


 お、と目を開けると紅い瞳が小さく揺れている。今までであれば私に何か男性の気配があるとどす黒いオーラを出しまくっていたヴェンディなのに、今は違うらしい。

 ちょっとだけ声音が拗ねているが、努めて冷静に聞かれて私は頷いてみせた。ヘッドハンティングされましたと答えれば、ええ、と情けない声がヴェンディの口から漏れる。


「や、やっぱり彼とはその、違う世界で何か関係が……」

「違いますよ。あくまで同僚として、一緒に仕事してみませんかというお誘いです」

「リナ、まさか。いや、だめだよ、君を離すなんてことは――」

「ナナカを見た瞬間、アルセニオ様のとこからうちに転職しようかなとか言ってましたけどね」

「ええ?」

「その程度の軽―いお誘いですよ」


 困惑しきっているヴェンディが面白くて思わず笑いが零れた。

 遠山さん、いやトーヤはおそらくアルセニオに指示されて私に会いに来たんだろう。冷静になって記憶をたどれば、仕事の上であの人に世話になった覚えはない。むしろ手がかかることしか覚えてないのだから。

 でも営業成績は良かったんだよなぁ、とぼんやり考えていると慌てたようにヴェンディが上半身を起こした。


「ね、ねえリナ?」

「行きませんってば。言いましたよね? どっか行けって命令も聞きませんよって」

「ああ、そうだね。君は私のそばにいてくれると言ってくれた」

「ヴェンディ様もお約束、守って下さったし」

「約束?」

「ほかの女のひとと、しないって……」


 ああ、とヴェンディの表情が和らいだ。途端に頭の中を占めていた不安や、靄が晴れていく。


「やっと君が手に入ったというときに伝えた通りさ。私の全ては君だけのものだよ」


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