ある夜半、回心して転意する③
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素肌に触れるリネンのシーツはちょっとひんやりとしている。それでも寒さを感じないのは、ヴェンディの腕に包まれているからだろう。
ぽつりぽつりと私が語る前世の話を、魔王は遮ることなく聞いてくれた。
年齢のこと、暮らしぶりのことをはじめ、ハードな仕事していたこと、後輩指導で疲れ果てていたときに病気の発作で息絶えたらしいこと、気が付いたら魔王城に居て訳が分からなかったこと、でもなんとか食い扶持を稼ぎたかったことなどは、時系列もまとまっていなかったしいつもの話し方じゃなかったかもしれない。
こっちに来てから思い出すことも少なかった家族の事を話すときは、なぜか涙が止まらなかった。たどたどしい話にヴェンディは根気よく付き合ってくれて、大方話し終えたころにはもうすっかり夜も更けてしまっていた。
「……なるほど、君はこの世界のニンゲンとして城にやってきたのではなかったということは良くわかったよ。」
「うーん、そこのところはよくわかりません。おそらくはこの体で二十数年生きていたんでしょうけれど、その記憶が吹っ飛んで前世の記憶だけがよみがえったということなのか、それとも全く縁もゆかりもない人間の体を器にして、私の魂っていうんですかね、そういうのが入り込んでしまったのか……」
「または、その体と記憶のまま世界と飛び越えてきたのか?」
「いえ、以前の私の体ではないことは確かなんです。だって私、その、こんなに綺麗な顔や体してなかったから……」
いくらすべてを話そうと決めていても、今の自分とは似ても似つかない以前の容姿については語尾が小さくなってしまう。口ごもってしまった私の目尻に、ヴェンディは優しく唇を落とした。
「以前がどうあろうとも、リナが私の愛しいリナだということは変わらないさ」
「……変わりますよ、だって」
「だって?」
「……こんなに、色白じゃなかったし、腕や足だって太かったし……」
顔だって吹き出物いっぱいだったしと重ねれば、ヴェンディはくくっと肩を揺らした。
「すまないね、リナ。言葉が足りなかったよ。どんな見目をしていようとも、リナがリナであることには変わらないさ」
「でも、以前の私を見たらきっとがっかりしますよ」
「がっかりなぞするものか。君の美しさは君というひとの一部ではあるけれど、意志の強さも聡明なところも、思ったより腕力が強いところも君であることには間違いない」
「う……」
「そしてそうやって自分を卑下してしまうところも、私に対して気持ちを返してくれるところも、全てが君だ。過去のことも全てが合わさって魅力的な君を作っているのだと思うと、私は転生する前の君を育てたその世界に感謝したい気持ちだよ」
歯が浮くような甘いセリフを臆面もなく口にできる魔王に対して、私の頬はどんどん熱くなる。気恥ずかしくなって顔を彼の胸に埋めれば、細い指が私の髪を梳くように動いた。優しい指の動きのはずなのに、愛撫されているような感覚を覚えますます鼓動が速くなる。耳の際を爪先でなぞられ、既に落ち着いたはずの体の熱がぶり返しそうだ。
「責任感が強くて、そして細かい心配りもできる。だからこそ私は君に仕事を任せられるし、城の皆もそんな君を信頼しているだろう」
「……ほめ過ぎです」
「いくら褒めたって過ぎることなどこれっぽっちもないよ。リナだけじゃない。私の城の皆、いや領民の皆はそれぞれがちゃんと責任をもって己の仕事をしてくれる。私が何か命令せずとも、国としてしっかり成り立たせてくれる。大したものだ」
ふがいない魔王なのにありがたい、とヴェンディは自嘲するように頬を掻いた。
頼りない王ではあるものの、ちゃんと褒めてくれるしそのための言葉を惜しまないヴェンディは上司としては十分優秀なのかもしれない。無茶ぶりもされるしわがままも言われるけど、感謝やねぎらいを忘れられたことはない。その言葉があることを知っているから、きっと頑張れる。
――ああ、そうか。うちの領民にはこれがあった。
クローディアの残した宿題に、一条の光が見えたような気がした。