ある夜半、回心して転意する①
ちょっと待て。
ものすごい宿題が来た。無茶ぶりもいいとこだ。
これは決定事項よとばかりに鼻の穴を膨らませてドヤ顔をするクローディアに対し、私は頭を抱えたくなった。
まあ確かに、そういった仕組みを考えて提案するのも秘書の仕事のうちなのかもしれない。でもちょっと急すぎる。
アルセニオのヘッドハンティング(という建前で行われる乗っ取り)の期限がいつなのか、どのくらい余裕があるのか分からない上に、その対策をしろというのは漠然としすぎているのではないか。
「クローディア様も考えてくださいよ……」
「わたくしはこうやってお前に裏事情を説明し、寝返りに同意したと見せかけて情報を得る係ですわ」
「あー……えぇぇ……そんな頭脳戦みたいなことでき……いやいや、それは頼もしいですが」
「ナナカを連れてきてやっただけ、ありがたいと思ってほしいものです」
「私はリナ様のお世話をするのが仕事ですからー」
えー。
つまり丸投げってことか。いや、企みを教えてくれたのはありがたいし、なんとかアルセニオの計画を阻止したいのはやまやまなんだけど、それにしたって――。
うちの国の経済力を高めてアルセニオの話に対して旨味を減らし、それでいて結束を高める方法なんてそんなすぐには思いつくはずもない。
そんな中、何故かテンションが上がっているクローディアとそれをニコニコ眺めるナナカをよそに、うーん、うーんと頭を抱えて私が唸っていると突然ドアがノックされた。
「はーい……あら、城主様」
応対したナナカの声に、私は唸り声を飲み込んだ。はっと顔を上げれば、薄く開いた扉からヴェンディが細身の体を滑り込ませるように立っているのが見える。目が合った瞬間、彼の顔にバツが悪い表情が浮かぶが、それはお互い様だろう。
しかし私より少し早く立ち直ったヴェンディは、穏やかな笑顔を浮かべ会釈をするナナカの肩に手を置いた。
「……やあナナカ。君もこちらに来ていたのかい?」
「はい、クローディア様にお誘いいただきまして」
「あら、ヴェンさまぁ」
「く、クローディア、君がなんだってリナの部屋に……?」
「ヴェンさまこそ、このポンコツ女に何か御用でも」
室内にまさか私の天敵ともいえる伯爵令嬢がいるとは思わなかったのだろう。テーブルについているクローディアを見て、ヴェンディの声が裏返った。
説明を、と腰を浮かせかけたところでテーブルの下でクローディアに脛を蹴られる。目配せ代わりにじろりと睨まれながら悲鳴を飲み込めば、黒髪の美女は優雅に立ち上がった。黙っとけってことか。
「いや、私はその、明日の予定や帰国の準備の話をだね! 我がセクレタリにね! で、く、クローディアはなんでここへっ?」
「眠れぬので、ナナカに良い香りのお茶を淹れてもらって女同士よもやま話をしていたところですの。ご馳走様、ナナカ。そろそろわたくし、お部屋に下がらせてもらいますわ」
「お見送りいたしますー」
ひらひらと手のひらを翻したクローディアにナナカが付き従う。脛が痛くて半分涙目になった私は追う事もできない。その上この場でヴェンディと彼女が絡み合うところを見せつけられるのか。
やってられない、と言いかけるとクローディアが振り返った。小さく鼻を鳴らし、唇と尖らせた彼女はこれ以上ないほどに眉を吊り上げている。
「先程の件、良い提案があることを期待してますわよ」
「そんな……ちょっと待ってくださいって!」
「あと、ヴェンさま。昨夜はわたくしのためにベッドを空けてくださってありがとうございます。今夜はどうぞごゆっくりお休みくださいませね。ナナカ、行きますわよ」
へ、と私の口が開く。ベッドを空けた? 一緒に寝たんじゃなく?
しかしそんな私の疑問なんてまるで気付いてもいない風で、捨て台詞のような言葉を残しくるりと背を向けた彼女は迷いなく扉に進む。そしていざこの場で抱き着かれるかと身構えていたヴェンディの横をすり抜け、ナナカと二人で部屋を出て行ってしまったのだった。