ある夜、戮力すれど協心せず⑤
ようやくクローディア来訪の意図を掴み私たちの向く方向が揃ったところで、それを察したナナカが席を立った。ワゴンからあたたかいお茶をいれて、少しひび割れてしまったテーブルに並べると、彼女はにっこりとほほ笑んだ。
カップから立ち上る花の香りと彼女の微笑みに、ちょっとだけ力んだ方から力が抜ける。拳で涙をぬぐっていたクローディアも、香りのよいお茶を口に含み幾分落ち着いたようだ。
私たちが落ち着いたのが分かったんだろう。そうそう、とナナカがちょっと悪戯っぽい表情を浮かべた。
「昨日、クローディア様が城へおいでになって、ネリガさんにもこの話は伝わってます。青いお顔がちょっと紫になってましたねぇ」
何を言い出すかと思えば、ネリガさんのことか。青白い顔がトレードマークともいえる彼が紫になったとは、それは相当怒っている証拠である。骨と皮しかないような外見のネリガさんがそんなに怒ったらひょっとして倒れちゃうんじゃないだろうか。
「物凄く血圧上がったんじゃないの、彼」
「あの方も先王様の代から長くお仕えになってますし、城主様がお小さいころからお世話をされていので城主様愛は相当です。小馬鹿にしおってーって書類の束で机を叩きまくってましたよ」
なるほど、と私は頷いた。
「厨房長さんも、軍部のサラさんも、皆さん長くお勤めになっていて城主様の成長を近くでご覧になってます。お年もお年ですし、今更よそでお仕事したいってことも無いと思いますよ」
「城には、そういった人が多いってことかな」
「そうですねー。私たち侍女や庶務課もそうですが、なんだかんだ言ってみんな城主様の事は好きですし、戦をしない魔王様って結構いいじゃないかって空気感はあります」
先王はそれなりに意欲的だったと聞くから、隣接する人間の国とも戦も多かったのかもしれない。口ではうまいことを言っているヴェンディが、実は「怖いから戦をしない」というのは城内では暗黙の了解事である。
なんやかんや軍備は整えてはあるし、軍団の皆さんは演習だ訓練だといっては消耗品の申請にくるけど、和気あいあいとしたあの雰囲気は戦に意欲的というよりも運動会準備の雰囲気に近い。
「それってすごくヴェンディ様にはありがたいことだけど、地方は? 農村地域とか、山間の村とかは城より貧しいところも多いでしょ? こんな裕福そうに見える国から反乱の後推しされたら……」
「我が伯爵領ではそんなものはいなくてよ!」
「スラフ家や騎士団の方はそうかもしれませんけど、うち、全体に貧乏だしアルバハーラにあこがれる民もいなくはないのではと思うんですが」
「お前、ヴェンさまに人徳がないというつもりなの?」
魔王に人徳……。しかもあの弱虫に。
うーん、と口ごもる私の代わりにナナカが口を開いた。
「城主様のお人柄は、国内の者には十分伝わってますよー。それを良しとするか、情けないとするかはまた別問題ですけど、表立って情けないと言わない程度にみんな城主様を立ててます」
「でもナナカ。今日の商店街みたいな裕福さを見せられたら、心、揺れない?」
「揺れる者もいないとは言えないでしょうね。でもあの厳戒態勢ぶりや癒着ぶり、貧富の差をご覧になりましたよね。一般の民衆は果たして幸せに暮らせるかどうか」
「うん。あれを見に行けたのは収穫だったと思う」
「表向きの豊かさを、羨ましいと思わないようになれば、地方民の反乱の可能性は低くなるのではないでしょうか」
「そこで、よ」
クローディアがぴしっと私を指さした。形の良い長い爪がぴたりと目の前に付きつけられる。
「舐められたままで終わらせるわけにはいきませんわ。お前が知恵を絞りなさい」