ある夜、戮力すれど協心せず③
自分の読み間違いではないことにぶるっと肩が震える。どういうことだと聞かなくても、クローディアの据わった目を見れば理解できた。
「アルセニオ王は、ヴェンさまを失脚させるつもりですわ」
「そんな……」
この裕福な国がありながらどうして、という言葉は出てこない。口の中が一瞬で乾いた。
「この国の様子、日中に見て来ましたわね?」
「リナ様と城下に行ってきました。クローディア様のおっしゃっていた通り、治安はよろしくないようでしたね。大急ぎで整えたようで、警備の兵も通常では考えられないほどおりました」
「よろしくないどころではないわ。街中に散っている兵の数を考えても、厳戒態勢と言って良いくらいよ」
「裏通りには住居の無いものも多く見かけました。犯罪件数も少なくないようです。それに伴い収賄や癒着も」
よく見て来ましたこと、とクローディアが口角を上げる。妖艶な笑みではあるが、決して目は笑っていない。ナナカも同様だ。いつもののんびりした雰囲気はなく、表情は厳しいものに変わっている。
「この間の戦の折にお前が提案した、ニンゲンとの協働施設。アルセニオ王はそれについても非常に興味を持っているようでしたわ。立案したのは誰か、ニンゲンとどういった交渉をしたのか、かなり調べているようよ」
「……だから、昨日わざわざ私に声を」
「幼少時より、気になることがあれば自分で確かめないと気が済まないお人ですわ。そして欲しいものは力づくで手に入れると豪語して、実際手に入れてしまうほどには強引な王子でしたわね」
苦々しげに唇を曲げたクローディアは長い爪でコツコツとテーブルを叩いた。
「全く、ヴェンさまとはまたいとこというご血縁ですのに、強引なところは相変わらずですこと」
「アルセニオ様と、クローディア様はご面識が?」
当たり前です、とクローディアは口調を荒げた。そういやそうかと自分の失言にがっかりした。こう見えて(いやどう見えて?)も彼女はわが国の辺境伯の姫君にして騎士団を指揮する身分でもある。
「魔界の貴族はどこかで血縁であったり婚姻で同盟を結んだりしているものですのよ。わたくしとてスラフ伯爵家の者。母はここより南西にあるラ・セヴィー国の侯爵家の出ですし。ヴェンさまの婚約者としてアルバハーラ国の先王にもご挨拶に伺ったことがありますわ」
「な、なるほど……」
藪蛇だった。私は小さく肩を竦めた。
私が来る前、そして私がヴェンディのそばで仕事をするようになる前。クローディアが魔王の婚約者同然の立場であることは、国内外において公然のことであったらしい。先王と彼女の父親であるスラフ辺境伯は古くからの仲で、口約束ではあるものの年頃になったら婚姻を、と話を進めようとしていたという。
しかし当のヴェンディにはその気がなく、先王も早くに亡くなってしまったため婚約の儀式もうやむやに流れ、その後は――。
「正式な婚約はしていませんでしたけどね? 伯爵家の後見があればヴェンさまの王としての地位も安泰でしたのに。でも物珍しさで寵愛されたどこかの誰かさんのおかげで、わたくし、すっかり可哀そうな女として有名になってしまいましたわ」
「えーっと、あの」
「アルセニオ王もわたくしを不憫に思われたようで、お前に恥をかかせるとはどういうことだと親身にお話をきいてくださいました」
つんとそっぽを向いてしまったクローディアには、なんか申し訳ないという気持ちも湧いて出る。それと同時に、自分の身がとんでもなく危うい立場であったのではないかとうすら寒く思う気持ちもあった。