ある夜、戮力すれど協心せず②
本当にお前というニンゲンはポンコツですこと。
そんな余計な一言からクローディアの話は始まった。深刻そうな話かと思えばこの言い草。本題に入る前にマウントを取ろうという姿勢に、かあっと頭に血が上るのが分かった。
「確かに貴女のような武力はありませんが、少なくとも城の財政を多少なりとも改善させている私にポンコツとは?」
真向から受けて立った私に、黒髪の美女はふんっと鼻を鳴らした。
「お前の仕事ぶりの事を言っているのではないわ。ヴェンさまのお側に侍るなら、もう少し王のメンタルにも配慮してしかるべきではなくて? 昨晩久しぶりにお伺いして、麗しいお顔がげっそりとやつれていらっしゃってびっくりしましたわ」
「昨晩の宴まではぴんぴんとして、列席されていたお偉方相手にいつものように大口叩いてましたけどね」
「はあ……。やはりニンゲンなどに我々魔界の者の精神状態など微塵も理解できていないようですわね。ましてやヴェンさまのように高貴なお方となれば、お心の内を計ることがどれほどむずかしいか」
「鷹揚で能天気そうに見せていて、実は泣き虫で怖がりなんてことはよぉく存じてますし、その点についてはフォローを欠かしていないつもりです」
「まあ! 泣き虫なのではなくてお優しいだけですわ! ヴェンのそんな性格を分かっていてこのザマですの?」
「何を仰りたいんですか?」
「ヴェン様をお辛くさせるのであれば、お側にお仕えするにふさわしくないと言っているのよ。理由は自分の胸にでも聞いてごらんなさい。覚えがないとは言わせませんわ」
「……で、貴女はふさわしいと?」
「お前よりはるかにお力になれると自負してますけれど」
「その割に、ヴェンディ様にははぐらかされてばかりのご様子ですけど?」
ふさわしくないとはっきりと言われればちくりと胸が痛んだ。そんなの、自分でも分かってる。昨夜だって、ちゃんと言えなかった自分が悪い。傷つけた自覚はある。
けど言われっぱなしは癪に障るじゃないか。それもこのクローディアに。カチンと来てついつい言い返せば、両者に挟まれたナナカがぱんっと手を打った。
「お二人とも、落ち着いてくださいな。もう、クローディア様も、そんな口喧嘩をなさるおつもりでいらっしゃったんじゃないでしょ」
「お黙り、ナナカ。話をしようと思ったところにこの女が余計な口をはさむからですわ」
「リナ様は見かけによらず喧嘩っぱやいのですよ。城主様も簡単にノシてしまいますし、売られた喧嘩はすぐ買っておしまいになるのでこのままではお話が進みません。夜は案外短いですよー?」
ナナカ、あんたって子は主人に向かって、という言葉は飲み込んだ。
喧嘩っ早いって、いやまあ、否定できないかもしれないけどちょっと酷い。あんまりな侍女に台詞に冷や水をかけられた気分になって口をつぐめば、クローディアもその形のいい赤い唇をへの字に曲げた。
黙ってしまった私たちを交互に見やったナナカが微笑む。すると、バツが悪そうに顔をしかめたクローディアは懐から何かを取り出してテーブルに広げた。
「これをご覧なさい」
広げられたものは一枚の紙だった。うちで普段使いしているペラペラのものとは厚みが違う紙は、燭台の灯りの下で見る色だけでも一目で高級品と分かる。これが何か、と言おうとするけどクローディアはそれを待たずに紙の下部に長い爪を滑らせた。
そこまでに書いてあるものはとりあえず読み飛ばし、爪の指し示す場所を見ればそこには――。
「それは、アルセニオ様のご署名……?」
四日ほど前に受け取った戴冠式の招待状に記されていたのを見たから覚えている。ちょっと癖があるけど勢いのある筆致で、彼の顔を見たときになるほどと納得した記憶があった。
日付は二ヶ月ほど前、そして内容は、軍を連れて、薬を持ってと――これはなんだ、援軍の依頼か? いや、更に視線を動かして私は息を飲んだ。
「……これって、いや、でも」
「あら。ちゃんと読めましたのね。我が国ではあまり使われない雅な言葉と文字ですけど、読解できたようで安心しましたわ」
「そ、そりゃ読めますけど、でも……これはその、単なるクローディア様への出撃依頼でなく……!」
「そうよ」
――このクローディア・スラフに寝返れと。
背筋が凍るほどに底冷えした魔女の声が書簡の内容を簡潔に告げた。