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ある夜、戮力すれど協心せず①

 昼食、夕食ともに部屋でナナカと一緒にとり、結局この日は一度もヴェンディに呼ばれないまま夜となってしまった。城下の様子を報告しようとしたけど、クローディアを伴ってアルセニオとどこかに出かけてしまっていたらしい。

 食後のお茶を淹れてくれたナナカが部屋から下がり、一人になったタイミングで私は深く息を吐いた。あたたかいお茶のカップから立ち上る湯気がふんわりと揺れ、甘い桃の香りが薄く顔を覆う。いつもであればほっと落ち着くひと時なのに、今日はささくれた心にこの甘い香りすらちくちく刺さるようだ。

 昨日今日と、情報が多すぎて自分自身が混乱しているのは分かってる。遠山さんのこと、ヴェンディの態度、クローディアの思惑、そして豊かな城下町とその裏側のこと。いや、城下のことは正直いってこの国の王であるアルセニオの管轄なのでそこまで考えなくていい。考えなくてもいいはずなのに、なぜかあの子コボルトの小枝のような手足が気になった。


「こんなに豊かな国でも、やっぱり貧富の差ってあるんだなぁ……」


 頭では分かっていたつもりでも、何とも言えずに心が塞ぐ。

 そりゃ、うちだって決して裕福じゃない。いやむしろここに比べれば貧乏な国だったりするけど、逆に言えばここほどの差はない。どんぶり勘定のヴェンディが様々な要求や請求に対していいよいいよと言った結果、城や城下に多くの財がたまらない代わりに業者さんや農家さんには少ないながらもお金が回っているからだろう。

 この国は城や城下の大商人たちは潤っているようだけど、それは一か所に財を集めているからなのかな。もちろん、うちより農耕にも適した土地だし、交通の要所で交易も盛んってこともあるんだろうから、一般市民はうちの平均層より裕福なんだとは思う。思いたい。

 表向きの華やかな街、厳重な警備、多数の浮浪民。うちの国の運営の参考にと思いながら考えるけれど、もやもやが晴れない。その国の王と、それに連れ立って行ってしまったヴェンディと、そしてクローディアの姿が浮かんでは消える。

お人好しのヴェンディが無茶ぶりをされているのではという心配もあれば、やっぱりヒトでは高貴な魔族の会談にはふさわしくないと思われているのかという悔しさ、ヴェンディからの信頼を失ったかもしれないという恐怖など、次々と胸に湧き上がる。

 ああ、これはダメな思考のループだ。考えるだけ無駄なやつ。

 私はお茶を一気に飲み干し、大きく伸びをした。もういっそ一回寝て、それから頭を整理しよう。そうしてしまおう。


「リナさま」


 ベッドに身を投げてしまおうと足を向けた時、夜間だからか控えめなノックとともにナナカがドアを開けた。


「お休み前に失礼致します。お客様がお見えです」

「お客様? えっと、身支度するから少し待っててもらって」

「いえ、内密のお話があるとのことですぐにと」


 そんな急に、という言葉は飲み込んだ。すっと扉の前からナナカが身体を避けると、その後ろから姿を現したのは漆黒のローブを被ったクローディアだったからだ。部屋に入った彼女がフードを脱ぐと、長い黒髪が蝶の羽の様にしなやかに広がる。


「……クローディア、さま……?」

「とぼけた顔ですこと。ナナカ、貴女も同席なさい」


 クローディアは部屋の主よろしく、私がたった今お茶を飲んでいたテーブルに向って顎をしゃくった。ナナカもそれには異を唱えることもなく、ドアを閉めるとテーブルへと向かいさっと私のカップを片付ける。

 ちょっと、この部屋、私が借りてる私の部屋なんですが。なんなの、一体。ヴェンディのパートナーも、城やナナカの女主人も、自分だとでも言いに来たのか。

主を待たずに席に着いた二人を呆気にとられながら眺めていると、クローディアが細い眉を吊り上げた。


「早くお座りなさい。ヴェンさまを悲しませたあげくに無能なポンコツ秘書になったのかしら。それとももうあちらのニンゲンに懐柔されでもして?」

「は?」

「わたくしがこちらに来た理由」


――お前は知りたくないの?


 氷の様に整った顔の美女がそう囁く。そこでやっと気が付いた。クローディアからいつもの甘い香水の匂いが漂ってこないことに。むせ返らんばかりに駄々洩れていたフェロモンが鳴りを潜め、代わりにギラギラと燃える魔女の目になっている。


「お話、お伺いします」


 私は姿勢を正してテーブルについた。


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