ある朝、食卓に鉄槌を下す
「困ったもんです……」
「どうしましょうねぇ……」
その日、私は城の厨房へ材料費のことについて打ち合わせに行っていた。厨房長から今年の穀物の値段が上がっている、と申告があったからだ。
厨房の作業台にいくつか並べられた穀物の袋には、どれも生前(?)日本で見たことのあるものに似た粒が入っていて、単位量あたりの値段がメモされている。白くてちょっと半透明なコメに似た粒はキロ3000ギル。まだ皮に包まれていて粒の先に細長いとげのようなものが伸びているのは、いわゆる小麦にあたるのだろうか。これはキロ1500ギル。
うーん、と私は記憶を手繰り寄せる。
日本にいたとき食べていたコメは、白米の状態で1袋2キログラムのものを買っていた。その値段はおよそ1000円。また小麦粉は粉の状態でいくらだっただろう。スーパーに並んだ小麦粉の値段、あれはたぶん1キログラムだろうけど1000円したっけ?
貨幣価値がここと日本では異なることは分っているけど、少し、いや、かなり高い気がする。
「この白いスイラは精製しないで買ってもいいんですが、それでも2000ギルはします。こっちのトウィは粒のまま買ってますが、こねてパンにするには粉の方がありがたいんで。でもそうするとキロあたり2000ギルとなって結構高額なんですよ」
「去年に比べても高くなってます?」
「ええ、今年は気温のせいですかね、穀類が不作らしいんで……」
「なるほど……」
思案顔の厨房長の懸念は分る。
実をいうと、この魔王城の主であるヴェンディは無類のパンや焼き菓子好きなのだ。食事は必ず香ばしく焼き上げたパンが供されるし、執務の合間のおやつはクッキーやマフィンのような甘い焼き菓子を好む。パン自体も固いけれど甘く味付けされているものの方が好きらしい。
それはなぜか。
ここで出される食事というものが、微妙に、いや、絶妙に、マズいからだ。
塩や胡椒の類で味を付けられる肉や魚はまだマシで、焼き加減にさえ注意すればちゃんと食べられる代物が出来上がる。生食できる果物も私的には問題ない。
問題は野菜に関する料理である。
この世界の調味料に難があるのか、世界観的な問題なのか、野菜料理についてはほぼ「煮る」という調理法が適用される。この「煮る」という調理法は煮物を想像してはいけない。「煮る」のだ。ただひたすら「煮る」。
ちょっと腕のある料理人ならこの煮る課程で灰汁をとったり、香草で風味をつけ足したりするけどそれだけで劇的に味が変わるわけではない。ひたすら煮込んだ野菜はぐずぐずのスープ状になるか、それとも形だけは保ったまま肉などの付け合わせとして皿に乗せられるかのどちらかになる。
塩胡椒をぶっかけて食うには食えるけど、塩胡椒味の何か、の域を出ないことが多いのだ。
それほど好き嫌いのない私はなんとか、マズいけど、健康のためと思えば食べられないことは無い。たまにお醤油や味噌が恋しくなるのは、まあ元が日本人だからしょうがないと思う。
けど我儘いっぱいおぼっちゃま育ちのヴェンディは好き嫌いも多く、野菜はほとんど食べない。幼いころからずっとこういう料理で育っているのだから食べられそうなものだけれど、調理したものはおろか生の野菜も食べない。食卓の色どりに使われる果物をちょっと食べる程度だった。
ヴェンディの大好物でほぼ唯一といっていい食材が高騰するということは、財政的にもちょっといただけない状況なのだ。
「どうしましょうねぇ。少々割高でも購入しましょうか」
「必要であれば多少値段が高くても買わないといけませんけど、今年は不作なんですよね。とすると、次の収穫期まではこの値段が続くかもしくはさらに値上がりする可能性もありますよ」
「そこがねぇ、困りましたねぇ……」
うーん、とまた二人で腕を組んで唸ってしまう。
「城主さまの穀類の消費が今の半分くらいになって、他の食材の料理も召し上がってくだされば少しはいいんですけどねぇ……」
「そこですね……おやつを少し減らして、食事をちゃんと摂ってもらう方法を考えれば……」
とはいえヴェンディの野菜嫌いは結構手ごわい。今のままでは多分、のらりくらりと避けて食べないだろうなあということは想像できる。どうにか、今までの物ではなく目新しいもので気を引かないと。
何かないか、と私は厨房の中を見渡した。
「厨房長、これ、鳥のお肉ですか?」
私が指差したのは、保存食がぶら下がっているスペースの一角にある肉置き場だ。そこには日本ではクリスマスシーズンでよくお目にかかる姿をした鳥っぽい肉が引っかかっている。
「鳥のお肉はよく出てきますよね。卵って、あります?」
「ああ、あるよ。ちょっと小屋に行って取ってこないといけないけど」
「んー、じゃああと酸っぱい、めちゃくちゃ酸っぱい柑橘の果汁あります? それと、ヤギかウシの乳」
「果物を絞ればあるけど、乳なんて子ヤギや子ウシが飲んじまうよ」
「絞って持ってきてください」
「何するんですか、そんなもの」
肉は食うけど乳は使わないのか。この世界の不思議な習慣にちょっとびっくりしたけど、私は「考えがあるんです」とだけ告げて、頭のなかでむかーーーし覚えたレシピを引っ張り出していた。
次回、明朝七時更新予定です。
ちなみに、作者、ナマヤサイはウサギの食べ物と思ってます。。。