ある昼、金がモノをいう世界を知る③
うちなら、どうだろう。
地産地消といえば聞こえはいいが、よその土地のものを気軽に手に入れられるマーケットも少なく輸送に手間暇がかかるから、城への納品以外は割とその土地で消費しているのではなかったか。
「――すっごい、栄えてるのね……」
思わずぽつりと口から出た言葉に、ナナカはそうですねとだけ応えた。
これだけ豊かな国を運営するには、土地の豊かさ以外にも王の腕がよほどのものである必要がある。その執事、なのか企画運営のお手伝いなのかは不明だけれど、それを務める遠山さんが言っていた「やりがい」がこれか。
きらきらした彼の笑顔を思い出し、なるほどと納得できた。少しでも政治や会社運営などに興味があれば、確かに腕が鳴るだろう。
「リナさま、あちらのお店をのぞいてみませんか?」
「え、ええ。行こうか」
「ネリガさんもそうですけど、コボルトのイーツさんが最近工房で作業していると背中が冷えるとおっしゃってましたし、毛か羽のひざ掛けは重宝されると思いますよ」
「あー、イーツさんねぇ……。そういえば、奥さんに家を追い出されたって?」
コボルトのイーツさんは、城内で噂になっていた厨房のアイリーンとの不倫が奥さんにバレて大騒ぎになったらしい。城の武器や防具の調整、加工などを請け負っている装備課でぼんやりと座り込むイーツさんの小さい背中は、確かに冷え冷えしてたっけ。
「あの年で工房に寝泊まりじゃ、確かに寒そうだわ」
困ったように眉を下げたナナカと笑いあう。そして目の前にあった雑貨店でネリガとイーツさんに薄い羽毛のひざ掛けを見繕った。大したものは買っていないのに何度もアラクネ族の店主にお辞儀をされ、なんだか妙に気恥ずかしくなる。
店先に出てきてまでお辞儀をしようとする店主に恐縮し、足早に通りへ出ると視界の端に黒いものが横切った。
ちらりとナナカを伺えば、素知らぬ顔で次の店を物色している。ということはそういうことなんだろう。
そういえば庶務課や厨房の皆にも買っていきたい。人数が多いから小分けになったお菓子でも、と私もお土産が並んだ菓子屋をのぞきこんだ。
色とりどりの包装紙に包まれたそれは、果実を使わないのに果実風味がするという不思議な焼き菓子だった。鼻を近づけてみればかすかにりんごっぽい香りがする。ほら、とナナカを呼ぶと、彼女は小さな鼻をひくつかせながら小さな声でつぶやいた。
「……先程の、お気づきに?」
「……ええ。物騒だね」
「こちらに危害を、というわけではないようです。知らぬ顔で、お買い物を」
目を伏せるだけで返事をし、私はワゴンのお菓子を手に取った。これを人数分、と指を折りながら考えていると店の間の小さな路地から茶色い子犬のようなものが飛び出してきた。
どすん、とその子犬のようなものが私の腹に追突する。転ぶ――と身構えるが、私の身体はそれほど大きく揺らがなかった。
スピードの割にぶつかってきたものの重さがなく、思ったほどの衝撃じゃなかったからだ。子犬のようなもの――小柄な種族であるコボルトの中でもさらに小さい子コボルトのほうが逆に尻もちをついている。
薄汚れた服を着たその子は、私と目が合うとマズイっと肩を竦める。いや、逆に君の方が大丈夫か、とその子を引き起こすため手を伸ばした時だった。
「浮浪者だ! 万引きだ!」
通りにいた客の一人が叫んだ。周囲のざわめきが一瞬にしてぴたりと止まり、嘘のような静寂が広がる。え、と思ったときには私の目の前、子コボルトの背後に黒いマント姿の兵らしき男が姿を現した。
いや、男と言って良いかもわからない。金属が軋む音を立てながら剣を振りかぶるその兜のなかには、むき出しの頭蓋骨だったから。