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ある昼、金がモノをいう世界を知る①

 なんでここにいるの、という言葉は口から出てはこなかった。彼女の目線の先いるのが私ではなく、遠山さんだったのだ。

 お急ぎになられた方がよろしいかと、とガラスの扉からナナカが半身退いた。一見つつましく微笑んだ彼女に一瞬きょとんとした表情を浮かべた遠山さんも、すぐさま人懐こい笑顔を浮かべて立ち上がる。


「それは急がないとマズいですね。すいません、逢坂さん。またお話させてください」

「ええ」

「こんなカワイイ侍女さんがいるなんて、ヴェンディ卿のお城はいいなあ。いっそ僕がそっちに転職したくなるくらいですよー」


 それってある種のセクハラでは? という言葉は飲み込んだ。私に向かって言われれば多少は反撃したかもしれないが、言われたほうのナナカが鉄壁の笑顔を張り付けたまま表情を微動だにさせなかったから。

 この表情、ちょっと怒ってるときのあれだ。完璧なる侍女である彼女は日ごろ感情を露わにすることはほとんどないけれど、こっちの世界にきてからずっと毎日一緒に過ごしていると些細な表情筋の違和感に気付いてしまうものなのだろうか。

 ではではと挨拶もそこそこに、遠山さんはテラスを後にする。その後姿を見送りながら、私はナナカに駆け寄った。


「ナナカ、どうしてここへ? 今回は留守居だって言ってたのに。なんでそんなに怒って――」


 ふう、と彼女が細く息を吐いたのに気が付くのは、この至近距離だからだろう。しかしその吐息も、彼女の完璧な笑顔を崩すことはない。そしてそのまま、こちらを一瞥もせずにナナカが口を開いた。


「リナさま、またお怪我を?」

「いや、これはちょっとした擦り傷で……って、それはそうとして」

「クローディアさまの予想、大当たりでしたね……」


 クローディアが? 何?

 その名を聞くと自分の眉根にしわが寄ったのが分かる。でもナナカはトーヤとお使いが廊下の向こうに消えていったのを見届けて、ようやくその鉄壁の微笑みを引っ込めた。

 すうっと口角が下がり、普段はアーモンドの様にくりっとしている瞳が細められる。背は私よりちょっと小さいけど、いざその細められた瞳に見上げられれば首が竦むほど緊張するだろう。齢百歳を超えたダークエルフの貫禄に、私の背に冷たいものが走った。


「昨夜遅くにクローディアさまがいらしてお供を仰せつかったんですよ」


 廊下の向こうを冷たい目で見つめながらナナカが切り出した。


「クローディアが?」

「ええ、気になることがあるから、と」

「あの人、そんなことひとことも言ってなかったけど、なにがあったの?」


 朝っぱらからヴェンディの部屋から出てきて、今日は自分がお供をするって言っただけだったよね。しかも人のこと怠け者扱いして、めっちゃ勝ち誇った目つきしてなかったっけ。

 魔王の華奢な腕に自身の腕と豊満な肉体を絡ませ、あっちへ行っていろといったクローディアの姿は記憶に新しすぎる。はて、と私が首を傾げていると、振り返ったナナカの表情がころりと変わった。


「いえ、それよりリナさまは随分おつかれですねー」

「いや、割とよく寝たし疲れはかなり取れたかな、とは思うんだけど……」

「まあ、それはようございました。城主さまとクローディアさまはお仕事ですし、朝食がてらネリガさんや城の皆さんにお土産でも買いに行きません? 領内の視察も、お供しますよー」

「え? 待っていきなりなに? 話変わってない?」

「ささ、お仕度なさってくださいな」

「え? え?」


 さっきまでの緊張感はどこへやら、である。にっこにっこのナナカは私の背後に回り込むと、急きたてるように肩を押した。なにがどうした、どういう理由だ。突然やってきたクローディアと、そしてナナカが何を考えているのか、全く分からない。

 しかしそのまま私は部屋へ押し込められた。持って来ていた街歩き用の普段着をナナカが引っ張りだして、さあと言われてしまえば否とは言えない。結局着せ替えられ、私とナナカは連れ立って城外へいくことになったのだった。


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