ある朝、青天に霹靂を生ずる④
「さっきも言いましたよね? そちらの魔王様が昨夜と違う女性をお連れになったので確認させていただきに来たんすよって」
「え? あ、ああ」
そうでした、と私は慌てて頷いた。
どうしてという問いは、彼が私の所に来た理由として受け取られたらしい。確かに昨夜はいなかったはずのクローディアを伴って王に会いに行けば、何事かと確認したくもなるものだろう。
「クローディア様でしたっけ、あの女性。アルセニオ様は既知でらっしゃったようで、随分親し気にお話しになってましたが」
「ヴェンディ様の領地における辺境伯のご令嬢です。騎士団長クローゼ様の妹君ですので、昔からご存知なのでしょう」
公式の身分、立場でいえばクローディアはアルセニオ王の戴冠式に出席していてもおかしくない身の上だ。私がこの世界に来るまでは、なんだかんだといってヴェンディのパートナー役を買って出ていたらしいし。
そういや、昨日も彼女と比べて貧相だのなんだのって言われたっけ。ヴェンディとまたいとことかいうアルセニオにとっても、よく見知った間柄なんだろう。にやにやと品定めするアルセニオの目つきを思い出し腹立たしさがぶり返した私は、その怒りを逃すべく無理やり口角を吊り上げる。
「ああ、なるほど」
「昨夜遅くにこちらへ到着されたとのことです。こちらからご連絡を入れず申し訳ござ」
「あの方がヴェンディ卿の御婚約者様かあ。そりゃ同族っていうか何つーか、お似合いなわけだ」
「はい?」
思わず素っ頓狂な声をあげた私を、遠山さんは目を丸くして振り返った。
「違うんですか? 以前、王にはそのように伺っていたんですけど……?」
私の表情が固まっていたんだろう。やっべ、という声が聞こえそうな、気まずい表情を浮かべた遠山さんの語尾が小さくなる。私はぶんぶんと首を横に振った。
「違います! いや、違いませんっていうのもあれですけど! クローディア様は! その!」
「いや、でも昨晩はヴェンディ卿のお相手は貴女だっていう話を……あれ? え?」
「遠山さん!」
「……あー」
視線を彷徨わせた遠山さんの眉がゆっくりと下がっていく。同時に叱られた子犬のように肩と首を落とした。上目遣いでこちらを伺うその様子は、書類を突き返した時のそれと全く一緒だった。
変わらない。あの時と。前世の会社でやり取りした遠山さんの姿が蘇る。
小さなミスは日常茶飯事。時折決定的なミスをしているのに、なぜか大きな仕事もモノにしてくることも多かった。人懐こい笑顔で憎めない年下の同僚だった彼。私みたいに持病があったわけでもないだろうに、健康そうだった彼がどうしてここに転生などしてきたんだろう。
何があったんだろう。あの後――前世の私が死んでしまったその後に。
「……すいません、今のこれ、俺の失言っすね」
「いえ、クローディア様は、その……」
「デリカシーなくてすいません。でも俺ちょっと嬉しいかもしれません」
思いもかけない展開に、え、という私の呟きは声にならずに喉の奥でとどまった。
「昔から、逢坂さんが気になってたんです。逢坂さんが、その、ヴェンディ卿の恋人だと思ったから昨晩は黙ってましたけど……そうじゃないなら、ヴェンディ卿のお相手が別にいるんなら、俺と……」
言い淀む彼の様子に、いくら鈍感な私でもぴんとくる。これはこのまま聞いていてはいけない。早く立ち去らなくては。耳の奥で警報が鳴っていた。
しかしまずいとは思うもののはにかむような笑顔を浮かべた遠山さんから目を離せない。
動けないままの私の脳裏に、昨夜のヴェンディの悲し気な表情が浮かんだ。