ある夕方、旧交を温める②
その笑顔にはなんのけれんみもない。招待状が三日前なんて非常識だとか、くっそ急がせたせいで贈答品を吟味する時間もなかったんだから気に入らなくても我慢しろとか、そんな皮肉めいたことを我が主は考えない。
そりゃそうだ。
だってヴェンディ自身は稟議を右から左へにこやかに受け流し準備されたものを着用したり運ばせただけで、その尻ぬぐいはほぼ私や魔王城の総務部が一丸となって捌いたのだから。
今目の前にいる新王に嫌味や皮肉を言ってやりたいのは、我ら側近、いや魔王城の職員一同である。ここにネリガさんが居たらきっと小さな声ではあるが過剰なほど慇懃無礼にお招きのお礼を申し上げていたことだろう。
「おお、ヴェンディ。久方ぶりだな。招きに応じてくれて感謝する」
「君の招待であれば何を置いても駆けつけるさ」
艶やかな黒髪に燭台の灯りを反射させるヴェンディは、着用している祭礼用のスーツのおかげかいつもより二割増しで、そして必要以上にきらびやかだ。堂々とした体躯を強調するアルセニオとは対照的に、細身のその体に添うように作らせたスーツはヴェンディのしなやかさをよく表していた。
「お父君の件は知らなかったこととはいえ失礼したね。幼い頃には大変良くしていただいた」
「なに、気にするな。随分長いこと臥せっておったのだ。むしろ良くここまで永らえたものよ」
「君のような後継を持ってさぞ安心して逝かれただろう。遅れた詫びといってはなんだが、お父君宛にも心ばかりの品を届けさせたよ」
ねえリナ、と振り返られれば頷くしかない。用意したこっちの苦労を軽く見積もらないでほしいものだけれど、それを口にするのは野暮だろう。まあ、本当に「心ばかりの品」ではあるが。
「おう、リナというのか。方々から噂は聞いているが、本当に人間の女なのだな」
「そういえば紹介がまだだったね。これはリナ。やっと手に入れた私の大切な伴侶――」
「違います」
突然の宣言に思わず食い気味に否定の言葉を口にする。こんな魔族だらけの披露宴中で、人間の女を伴侶とか軽率に言わないでほしい。自分の立場を考えた事があるのか、いや、ないだろうな。
あの夜以来、何かにつけてベッドを共にしているとはいえ「伴侶」はさすがに気が早すぎる。ええ、と形の良い眉を思い切り下げたヴェンディを無視し、私はアルセニオに一礼をした。
「ヴェンディ様の城で会計や雑事を取り仕切らせていただいております。オウサカ・リナと申します。アルセニオ様、この度はご即位おめでとうございます」
「……オウサカリナ?」
「リナとお呼び下さい」
ほう、とアルセニオが顎に手をやった。